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魔力ゼロですが、魔法はぜんぶコードなので問題ありません 〜前世プログラマーの少女、キーボードで異世界をデバッグする〜  作者: せい | 健康優良不良プログラマ
第1部 ⑥「世界が、見つける」

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209/211

第209話 くりかえしを、まとめる

熱、ひとやすみ。熱、ひとやすみ。


ゆうべ書きあげた手順書のうえを、筆の尻でたどった。


おなじ名前の組がはしからはしまでならんでいる。


数えて、十二。


夜番はひと晩に四へんか五へん唱えなおすのだと聞いた。


盤はもっとこまめに温められる。


さめきる前に、すこしずつ。


だから、十二へん。


こまめなぶん、湯はいちどもさめきらない。


さめきった水を温めなおすより、そのほうが力もすくなくて済む。


名前のおかげで、束だった紙は数枚になった。


この八日、湯殿のひと晩ぶんをすこしずつ布に写してきた。


のこりは、きょう書きあがる。


それでもひらいてみれば、このながめだ。


「読みあげるぞ。……熱。ひとやすみ。熱。ひとやすみ。熱——なあ」


ティオが紙から顔をあげた。


「これ、あと何回つづくんだ」


「あと九回」


ティオはわざとらしく机につっぷしてみせた。


「言わなくても分かるだろ、もう。おなじなんだから」


そのとおりだった。


言わなくても、分かる。


分かるのに、紙にはぜんぶ書いてある。


(——分かってるなら、書かなくていいはずだ)


母の織り機を思い出した。


おなじ模様のつづく帯を織るとき、母は模様をぜんぶ紙に写したりしない。


模様をひとつだけ描いて、あとは数でおぼえる。


とん、からり。あの音まで、いっしょによみがえった。


おなじ模様を六回で、ひと帯。


くりかえすものは、ひとつと数で足りていた。


(——ループだ)


前世の頭がさきに答えた。


世界の言葉に置くなら、くりかえし。


あたらしい紙に、書いてみた。


熱、ひとやすみ。


ふたつの名前をひとつの線でかこんで、わきに小さく書きそえた。


これを、十二回。


「できた」


「なにがだ」


のぞきこんだティオが目をすがめた。


「……それだけか? みじかいな」


「かこんだ塊を、わきの数だけくりかえす。そういう書き方にする」


「書くのは一回で、数はわきに置いとくのか」


「うん。読む人は、かこみと数を見れば十二回だと分かる」


ティオはゆうべまでの手順書をつまみあげて、くるくると巻いた。


それから、あたらしい紙のよこにことんと置いた。


「たたんだな。紙のうえで」


「……うん。たたんだ」


たたむ。いい言い方だと思った。


ひろげれば十二回、たたんでおけばひと組と数。


書きなおした手順書は、一枚の半分におさまった。


名前が紙の束を数枚にして、くりかえしがそれを半分の一枚にした。


みじかいだけじゃない。


どこでなにをするのか、ひと目で終わりまで追える。


まちがいさがしも、ひと組のなかだけで済む。


直すなら、ひと組を直せば十二回ぜんぶが直る。


写すときも、読みあげの声が迷わなくなった。


かこみをひとつ読んで、数を言うだけ。


「寒くなったら、どうすんだ。十二じゃ足りないだろ」


「数を書きかえるだけ。かこみのなかは、さわらなくていい」


「……なんか、ずるいな。それ」


ずるい、はたぶん、ほめ言葉だ。


(——読める言葉に、なってきた)


昼から、布の残りにかかった。


盤にかける布のほうは、たためない。


盤はかこみも数も知らない。


読むのは、穴だけ。


だから布には、十二回ぶんをそのままならべて写す。


ティオが紙を読みあげて、わたしが錐で穴をあけた。


「三回めの、かこみ。——熱」


「熱、きた」


塊のさかいめには墨で名前を書いておく。


おなじ塊のくりかえしだから、途中から手が並びをおぼえてしまう。


写しまちがいはかえってへって、半割探しの出番もなかった。


夕方、ひと晩ぶんの布がようやく書きあがった。


巻いてみると、腕にずしりとくる太さ。


かかえて立つと、あごの下までとどいた。


紙は、みじかくなった。


布は、長いまま。


(——書く言葉と、走る布がはなれていく)


はなれたぶんは、いまはわたしたちの手がつないでいる。


日が落ちてから、ふたりで湯殿へ運んだ。


夜のはじめの湯殿は、昼間より湯気が白い。


外の風が冷たくなったぶん、白さも濃い。


そばかすの子が湯かき棒をかかえたまま、とんできた。


「できたの?」


「できた。今夜、ためさせて」


「ひと晩、ぜんぶ?」


「ひと晩、ぜんぶ」


湯かき棒をにぎる手に、力がはいるのが見えた。


湯船のわきに台をすえて、盤を置いた。


熱の札をさして、蓄魔石をはめた。


「石はまんまんにしてある。三日はもつ」


ティオが台のあしを押さえながら言った。


送りには、ぜんまいを掛けてある。


取っ手を人がまわすかわりに、ばねがすこしずつ布を送っていく。


ただ、ぜんまいはひと晩もたない。


ゆるめば、布は止まる。


そこから先の夜を、ぜんぶ機械にあずける手はまだない。


だから、奥の毛布の夜番に頼んだ。


顔だけ出した上級生は、うさんくさそうに盤を見た。


「……おれは、なにをすればいい」


「目がさめたとき、ここがゆるんでいたら巻くだけ」


ぜんまいの持ち手をしめして、二回まわしてみせた。


じ、じ、と巻きあがる音がした。


「唱えなくて、いいのか」


「唱えなくていい。巻くだけ」


「寝ぼけてても、できるな」


「寝ぼけててもできるように、作ったから」


布の端を読みの口にかけて、ぜんまいを放した。


かち。かち。


針が落ちて、火花が走って、熱の札がはたらきはじめる。


湯船のふちに手をあてた。


ぬるさの底に、かすかなあたたかさ。


「動いたな」


「うん。あとは、朝まで」


しばらく見とどけてから、湯殿を出た。


ふりかえる。


白い湯気のむこうで、小さな音だけがつづいていた。


かち。かち。


その夜は、なかなか寝つけなかった。


体はくたくたなのに、頭のおくの前世だけが子どもみたいにはしゃいでいる。


朝いちばんに、湯殿へ走った。


戸をあけると、湯気が濃い。


そばかすの子が湯かき棒ごとふりむいて、大きな声をあげた。


「あったかい! 朝なのに、あったかいの!」


「ゆうべから、ずっと?」


「ずっと! さめる前に、盤がまた温めるの」


自分の仕掛けみたいに、胸を張って言った。


湯船に手を入れさせてもらう。


手首まで、ちゃんとあたたかい。


ひと晩じゅう、盤は温めて、待って、また温めた。


十二回のくりかえしを、布のとおりに。


だれも、唱えていない。


毛布をたたんでいた上級生がこっちを見た。


「夜なかに二へん巻いた。……寝ぼけてたから、二へんかどうかもあやしいが」


「じゅうぶんです」


「唱えなおすより、ずっとらくだった」


それだけ言って、目をそらした。


「……朝の湯がさめてないのは、ひさしぶりだ。助かった」


ぶっきらぼうで、たしかな声だった。


(——「唱える」が「巻く」になった)


巻くだけなら、だれにでもできる。


魔力がなくても、呪文を知らなくても。


湯かき棒はまだ要る。


かきまぜるのは人の仕事で、それでいいと思った。


作業場にもどって、机のうえに紙をひろげた。


札の番号を決めた紙。


名前の取り決めの紙。


かこみと数の、あたらしい手順書。


書き方のおぼえ書きが何枚も、そのあいだに散らばっていた。


ならべて見わたして、手が止まった。


番号で指す。名前で呼ぶ。かこみでたたむ。


ばらばらに生まれた工夫のはずなのに、ならべるとつながって見える。


番号がなければ、名前は書けなかった。


名前がなければ、かこみはただの線だった。


ひとつずつは小さいのに、かさなると、遠くまで来ている。


「なあ。かたづけないのか」


「ティオ。これ、見て」


「さっきから見てるけど。紙だろ」


うまく言う言葉を、すこしさがした。


「——ことば。これ、ぜんぶで一つのことばに、なりかけてるんだと思う」


ティオは散らかった机をもういちど見て、それから口笛のまねをした。


「ことば、ね。……なら、そのことばにも、名前が要るな」


机のうえで、朝の光が紙の白をゆっくりなでていた。


■あとがき・解説


第209話は、くりかえしを紙の上で畳む話です。そして、湯殿の子とのあの約束が、ようやく果たされる話でもあります。


■この話で出てきた言葉


■「くりかえし」——かこみと数


熱、ひとやすみ。おなじ組を十二回書くかわりに、ふたつの名前を線でかこんで、わきに数をそえる。書くのは一回、あとは数。母の織り模様とおなじで、くりかえすものはひとつと数で足ります。現実のプログラミングでいう、ループのいちばん素朴な形です。


■「たたむ」——ティオの言い方


ひろげれば十二回、たたんでおけばひと組と数。紙の上の話なのに、布をたたむのと言い方がぴったり重なります。数を書きかえるだけで回数を変えられて、かこみのなかはさわらなくていい。ずるい、はたぶん、ほめ言葉でした。


■「展開」——紙は短く、布は長いまま


盤はかこみも数も知りません。読むのは穴だけ。だから布に写すときは、十二回ぶんをそのままならべます。紙の言葉はどんどん人に近づくのに、布の言葉は盤のそばを離れない。はなれたあいだをつなぐのは、いまはまだ人の手です。この距離が、ずっと先の話の種になります。


■「巻くだけ」——夜番の仕事の変わり方


送りのぜんまいはひと晩もちません。だから夜番の仕事がひとつだけ残ります。目がさめたとき、ゆるんでいたら巻く。唱えなおしとちがって、寝ぼけていてもできて、魔力も呪文も要りません。完全にひとりでに、ではなく、人の仕事がうんと軽くなる。今回はそこまでで、それでじゅうぶんあたたかい朝が来ました。


■「一つのことば」——散らばった工夫のゆくえ


番号で指す。名前で呼ぶ。かこみでたたむ。ばらばらに生まれた工夫が、ならべるとつながって見える。ティオの言うとおり、そのことばにはまだ名前がありません。つぎの話は、そこからはじまります。


次の話もお楽しみに。


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