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魔力ゼロですが、魔法はぜんぶコードなので問題ありません 〜前世プログラマーの少女、キーボードで異世界をデバッグする〜  作者: せい | 健康優良不良プログラマ
第1部 ⑥「世界が、見つける」

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205/211

第205話 盤が、読む

木の枠に、銅の針が四本ならんでいる。


針のしたには布をとおす細い口。わきには布を一列ずつ送る小さな歯車。


削りたての木くずと油のにおいのなかで、それは朝の光を鈍く受けていた。


符号語の布を作った夕方から、六日。


その六日を、ぜんぶこれに使った。


といっても、新しいことはほとんどしていない。


穴なら針が落ちる。穴がなければ落ちない。


(——読みとる針と、おなじ)


村の機械で、布はとうに読めていた。


布を歯車で一列ずつ進めるのも、ぜんまいの血筋だ。


はじめてなのは、ひとつだけ。


落ちた針の組み合わせで、火花のとおる銅の道が切りかわるところ。


(——水門の切りかえと、おなじ)


流す先を、テコでえらぶ。


それだけのことに、六日かかった。


手つだいは、この六日もずっとティオだった。


銅の道を敷く役と、押さえて留める役。


夕方の鐘が鳴っても、ふたりともなかなか腰を上げなかった。


「——で、そこの妙なテコはなんだ」


戸口からティオの声。


きょうは「おはようが先」と言うひまもなかった。指がもう枠のなかをさしている。


「選び分けのテコ」


「えらびわけ?」


「針の落ち方で、火花のとおる道がかわるの」


わたしは盤のうえの二枚の札をさした。


灯りの陣板と、水の陣板。


「火花のもとはひとつだけ。ためる器も関も、いままでとおなじ」


「道だけが分かれてるのか」


「そう。どの道をひらくかを、布の穴が決める」


ティオはしばらく枠のなかをのぞきこんでいた。


「つまり——盤が布を読んで、どの札を起こすかえらぶ、と」


「そういうこと」


「言うのはかんたんだな」


「組むのに六日かかった」


新しい仕掛けは、ほんとうにテコひとつ。


あとはぜんぶ、もうどこかで動いているものの寄せあつめだ。


例の布を、口にとおす。


灯り。待ち。水。待ち。灯り。


五つの列を刻んだ、手のひらはばの布きれ。


蓄魔石をたしかめ、ぜんまいを巻く。


正直に言えば、指はすこし冷えていた。


六日ぶんの答え合わせがこの一回にのっている。


「通すよ」


取っ手を引いた。


かち。


布が一列すすんで——


なにも起きない。


かち。かち。


布は列をすすんでいく。


灯りの札は暗いまま。水の札も乾いたまま。


さいごの列まで送られて、布のはしがぺらりと垂れた。


「……おい」


「うん」


「なにも起きなかったぞ」


「うん。起きなかった」


ふしぎとあわてはしなかった。


一度めから通るなんて、機械のほうがめずらしい。


(——急がない。ひとつずつ)


あやしいところを、順に消していく。いつもの手つきだ。


「石から見る。それから布、針、送り」


「切り分けか」


「そう」


まずは石。


蓄魔石はゆうべ満たしたばかりで、持つとほのかにあたたかい。


器と関も、指でたどったかぎりいつもの座りだ。


「石じゃない」


「じゃあ、布か」


つぎは布。


窓の光にすかして、穴をひとつずつあらためた。


「……これだ」


穴のふちに、細かい毛羽が立っている。


錐でとおしただけの穴は、ふちの糸がちぎれきらずに残っていた。


指のはらでなでると、穴の目がなかば閉じてしまう。


「針の重さだと、これを押しのけられない」


「落ちないのか」


「落ちても、テコを押すまでとどかない」


錐で穴をひとまわり広げて、ふちの糸を爪で押し固めた。


派手さのかけらもない直し。


でも、機械の止まる理由なんて、たいていこういう顔をしている。


「二度め、通すよ」


かち。


いちばん端の札に、ぽうと灯り。


「ついた!」


ティオの声にかぶせて、かちかちっとみじかい音。


水——と思うより先に、水の札のうえに小さなつぶがふくらんだ。


「……はやい」


灯りと水のあいだに、待ちをひとつ書いたはずだ。


一拍あるはずの間が、ない。


そして布は、さいごの灯りを起こさないまま口から抜けおちた。


「順番が飛んでるぞ」


「うん。列をとばしてる」


送りの歯車を、指でゆっくりまわしてみた。


爪の掛かりが浅い。


勢いがつくと、爪は一列のつもりで二列を送っていた。


「二列いっぺんだ」


「読む前につぎへ行っちゃうのか」


「そう。読むほうは正しいの。送るほうがせっかちなだけ」


「おれみたいだな」


ふたりで笑って、爪の受けを深く削りなおした。


留めの板のすきまは、おとなの指では入らない細さだ。


十三の細い指がこういうときだけは頼りになる。


「その手、便利だな」


「使えるものは、使うの」


「三度め」


取っ手に手をかけて、いちど息を吸った。


「通すよ」


かち。


端の札に、ぽう。


灯りがともる。


かち。


こんどは、なにも起きない列。


一拍。


盤はちゃんと待った。


穴のない一列がひと呼吸ぶんの間になっている。


かち。


水の札に、ちいさなつぶ。


つぶはふるえながら、朝の光をまるく返した。


一拍。


かち。


もういちど、灯り。


布のさいごの列が送られて、歯車が止まった。


灯り。待ち。水。待ち。灯り。


書いたとおりの順番で、書いたとおりのものが起きた。


作業場の音が遠くなっていた。


夏の朝のざわめきも、廊下をゆく生徒の声も。


耳にのこっているのは、かちという歯車の音だけ。


背すじを、ぞくりと熱がのぼってくる。


(——読んだ)


盤が。ほんとうに、じぶんで。


わたしは読まなかった。ティオも読まなかった。


だれも目で追わず、声に出さず、指でえらんでもいない。


布の穴を盤がじぶんで読んで、じぶんでえらんだ。


(——プログラムが走った)


前世の言葉がのぼってきて、口のなかで言いかえる。


符号語を、通した。


書いた順番を、走らせた。


灯りひとつなら、この盤はとっくにともせた。


でも、きょうのはちがう。


順番を——手順そのものを、人の手からはなして渡せたのだ。


わたしたちの書く手順は、いままで人が読むためのものだった。


きょうから、布のむこうに読み手がもうひとりいる。


ティオはまだ札から目を離さずにいた。


「……書いたとおりに、動く」


ぽつりと言う。


「紙に書いて、布にあけて、通したら——書いたとおりに、動くんだ」


「うん」


「すごさの言い方が見つからん」


わたしもだ。


すごい、では足りない。


かといって、それ以上のことばはまだない。


ティオがふいに顔をあげた。


「なあ。こいつ、なんて呼ぶんだ」


「え?」


「盤、じゃもう足りないだろ。読むんだぞ、こいつ」


名前。


言われて、すこし口ごもった。


考えていなかったわけじゃない。ずっと頭の隅にあった。


唱えない。


魔力もいらない。


紙に書いて、布にあけて、通す。それだけで、詠唱とおなじ働きをする。


詠唱は、口でとなえるもの。


この盤は、なにもとなえない。となえるかわりに——読む。


「……唱えないのに、詠唱の代わりをする盤だから」


一拍おいて、口に出した。


「詠唱盤」


「えいしょうばん」


ティオがくり返す。


「唱えないのにか」


「唱えないから、だよ」


「……変な名前だ」


そう言って、笑った。


「でも、合ってる」


名前がつくと、木の枠と針のあつまりはきゅうに一人前の顔になった。


それから、ティオは急に真顔になる。


「あと九回だな」


「なに?」


「十ためして十おなじなら、はじめて信じていい。きみの口ぐせだろ」


言うようになった。


わたしは布を口から抜いて、穴の列を指でなでた。


そのとき、視線に気づいた。


作業場の奥。


カーン先生がこちらを見ていた。


手のなかの道具は、さっきからずっと止まったままらしい。


目が合うと、先生はなにも言わずに手もとへもどった。


でも、いまの一瞬の目は——仕組みを見る、いつものあの目だった。


ティオは気づいていない。


「もう一回だ」


布をつまんで、ひらひらと——振りかけて、やめた。


「もう一回、走らせよう。詠唱盤を」


「うん」


布を、はじめの列まで巻きもどす。


取っ手に手をかける。


わたしたちが書いて、盤が読む。


きょうから、そういう順番だ。


■あとがき・解説


第205話は、盤が布を「読む」話です。人間用だった紙と布の世界に、はじめて人でない読み手が加わりました。そして、盤に名前がつきました。


今回は、「選び分けのテコ」「走らせる」「詠唱盤」について、ゆるく書いていきます。


■この話で出てきた言葉


■「選び分けのテコ」——火花の元はひとつ、道が分かれる


読みの口の中身は、ほとんどが出来合いの寄せあつめです。穴なら針が落ちる仕掛けは、村で布を読ませたときとおなじ。布を一列ずつ送る歯車も、ぜんまいの血筋。あたらしいのはテコひとつだけで、落ちた針の組み合わせにあわせて、火花のとおる銅の道を切りかえます。水門で水の流れる先をえらんだのとおなじ発想です。火花を出す器と関はひとそろいのまま、行き先の道だけが分かれる——だから盤は、多くの陣をかかえこまずに「えらぶ」ことができます。


■「走らせる」——書いた順番が、そのまま順番になる


三度めの通しで、灯り、待ち、水、待ち、灯り、と布に書いた順番のとおりにものが起きました。だれの目も声も指も通さず、盤がじぶんで読んで、じぶんでえらぶ。灯りひとつをともすだけなら、この盤はとっくにできていました。今回のちがいは「順番」です。手順そのものを人の手からはなして渡せた——リナたちはこれを「通す」「走らせる」と呼びはじめます。ちなみに一度めは穴の縁の毛羽で針が落ちず、二度めは送りの爪がせっかちで列を飛ばしました。機械の止まる理由は、たいてい地味な顔をしています。


■「詠唱盤」——唱えないのに、詠唱の代わりをする盤


ティオに「なんて呼ぶんだ」と聞かれて、リナがつけた名前です。唱えない。魔力もいらない。紙に書いて、布にあけて、通すだけで、詠唱とおなじ働きをする。だから、詠唱盤。唱えないのに詠唱の名を持つ、すこしあまのじゃくな名前ですが、名前がつくと道具はきゅうに一人前の顔になります。この朝の出来事を、作業場の奥からずっと見ていた目がひとつありました。二人だけの驚きで終わるかどうかは、また次の話で。


次の話もお楽しみに。


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