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魔力ゼロですが、魔法はぜんぶコードなので問題ありません 〜前世プログラマーの少女、キーボードで異世界をデバッグする〜  作者: せい | 健康優良不良プログラマ
第1部 ⑥「世界が、見つける」

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204/211

第204話 記号で書く

「で、どんなしるしにするんだ」


朝いちばんのティオの声は、あいさつより先にそれだった。


作業場の借りた隅。


台のうえには紙のたばと、削りたての炭。


窓から入る朝の光が紙の白をまぶしくしている。


「おはよう、が先」


「おはよう。で、どんなしるしだ」


せっかちな友だちだ。


でも、気もちはわかる。


しるしを決める——数日まえにそう言ってから、わたしの頭のなかもずっとそれだけだった。


「候補はふたつ。ひとつめは、形のしるし」


わたしは紙を一枚ひきよせて、炭を走らせた。


小さな炎のかたち。水のうねり。ともる灯りのまる。


「火には火の形。水には水の形。見れば、なんの陣かすぐわかる」


「紋章みたいだな」


ティオの目がすこし明るくなる。


「うちの紋もそうだ。見れば、どこの家かひと目でわかる」


「そう。それがいいところ。——で、こっちが、だめだったところ」


わたしはもう一枚の紙をならべた。


この数日、ひとりでためした紙だ。


おなじ炎のしるしを、右手で、左手で、急いで、ゆっくり。なんども描いた。


「……ぜんぶ、ちがう形に見えるな」


「でしょう」


うまい人が描けばそろう。


へたな人が描けば、炎だか草だかわからなくなる。


「描き手でしるしがゆがむの。それだと、だれの手でも、にならない」


「ふたつめは?」


「番号」


紙のまんなかに、一、二、三、と書いた。


「……ずいぶん、そっけないな」


「そっけないのがいいの」


数字なら、くずれた字でも数字に見える。


子どもの一も、老人の一も、一は一だ。


それに、番号ならもう使っている。


手順の覚え書き——記法の紙で、順番にふった番号。あれとおなじ地つづきだ。


(——新しい字は、いらない)


ある字を、使いまわす。


「じゃあ、火が一番だな」


ティオがあっさり言った。


「え?」


「魔導のはじまりは火だって、じいさまがよく言ってた。一番目は火がふさわしい」


「灯りが一番だよ。この盤の最初の陣は、灯りだった」


「人の歴史では火が先だろ」


「この盤の歴史では、灯りが先」


にらみあって、それからどちらからともなくふきだした。


ばかみたいな言い合いだ。


だって、ほんとうは——どっちでもいいのだ。


「……どっちでもいいのに、なんでもめるんだ、おれたち」


「どっちでもいいのに、決めなきゃいけないからだよ」


言いながら、自分の言葉にひっかかった。


どっちでもいい。なんでもいい。


でも、いちど決めたら——そこから先は、もうなんでもよくない。


灯りを一と決めたら、一は灯りの意味になる。


紙のうえのただの字がここにない陣を指すようになる。


(——決めごとが意味を作る)


なんでもいいものを、ふたりでひとつに決める。


決めたものだけがことばになる。


「わかった。灯りが一番でいい。そのかわり火は二番だ。水より前」


「うん。火は二番」


「水が三番。音が四番。熱が五番」


わたしは新しい紙に表を書いた。


一が灯り。二が火。三が水。四が音。五が熱。


たった五行の、小さな取り決め。


でも、この一枚があれば、わたしとティオのあいだでは「二」と書くだけで火の陣の意味になる。


おなじ表をもう一枚写して、一枚をティオにわたした。


「約束の紙だ」


ティオが折り目をつけて、胸元にしまう。


「二番は、おれの火だからな」


昼は、中庭の木かげでパンをかじった。


祝祭の月の中庭は、行きかう生徒の足どりまでどこかうきうきしている。


「なあ、さっきの番号だけどさ」


ティオがかじりかけのパンで、わたしのひざの紙を指す。


「一が灯りで、二が火だろ。じゃあ——一、二、って続けて書いたら、どうなるんだ」


指が止まった。


続けて、書いたら。


「……灯りを起こして、つぎに火を起こす」


「三、一、なら?」


「水を起こして、つぎに灯り」


言いながら、うでに鳥はだが立った。


ひざの紙に、番号をならべて書いてみる。


一。二。三。一。


たった四つの字の列。


でも、これは手順だ。


どの陣板を、どの順で起こすか。


きのうまで口で説明するしかなかったことが一列のならびで書けてしまう。


(——アセンブリだ)


前世の言葉が浮かんで、すぐに言いなおす。


符号の、ならび。


機械にわたす、いちばん底のことば。


「ティオ。これ、ことばだよ」


「は?」


「どの陣板を、どの順で。それだけを言うための、すごくみじかいことば。符号をならべて作る——符号語」


魔導符号語。


口のなかでころがしてみると、思ったよりしっくりきた。


「符号語、ねえ」


ティオがくり返して、パンのさいごをのみこんだ。


「きみのことばは、いつも紙のうえだな」


「紙は、ゆれないから」


午後の作業場で、こんどはその列とにらめっこになった。


一。二。三。一。


人が読むなら、これでいい。


でも、この列をほんとうに読ませたい相手は、人ではない。


盤だ。


盤に目はない。字も数字も読めない。


(——じゃあ、機械にものをつたえるかたちは)


考えるまでもなかった。


穴だ。


穴のあるところと、ないところ。


母さんの織機は、穴のあいた布で模様をえらんでいた。


演算塔は、穿孔布で動いた。


(——穴のあるなしで、機械にものをつたえる。母さんの布と、おなじ)


はじめてのやり方じゃない。


うちの台所のとなりで、ずっと鳴っていたやり方だ。


「布に、写す」


「布?」


「番号を、穴のあるなしに置きかえるの」


新しい紙に、横ならびの点を四つ描いた。


「一列に、穴の場所を四つ。あけるか、あけないか。四つの組み合わせで、十六とおり」


「じゅうろく……そんなに出るのか、四つで」


「出るの。煙の符号とおなじ勘定だよ。短いと長いのふたつだって、ならべればことばになった」


「番号が五つに、もうひとつ足しても、まだあまる」


「もうひとつ?」


「待つ、の符号」


「待つ?」


「どの陣板も起こさないで、一拍だけ待つしるし。列はあるのに、穴はひとつもあいてない」


ティオが眉を寄せた。


「なにもしないのに、符号なのか」


「なにもしない、も手順のうちだよ。灯りをつけて、ひと呼吸おいてから水を起こしたい」


わたしは穴のない列を指でおさえた。


「そういうときの、そのひと呼吸を書いておく場所がいる」


(——前世にも、なにもしない命令があった)


なにもしないことまで書けて、はじめてことばだ。


古布をもらってきて、台にひろげた。


定規をあてて、列の線をひく。


錐のとがった先が布のうえで小さく光る。


「あけるのはわたし。ティオは、読みあげて」


「よし。——一番」


「灯り。いちばん端に、ひとつ」


ぷつ、と錐が布をとおる。


「つぎ、待ち」


「穴はなし。一列ぶん、あけておく」


「三番」


「水。端のふたつ」


ぷつ。ぷつ。


頭のなかではもう列の先まで走っているのに、手はひと穴ずつしか進まない。


十三の手は、まだ頭においつかない。


「……できた」


できあがったのは、手のひらはばの、みじかい布きれ。


穴の列が五つ。


灯り。待ち。水。待ち。灯り。


わたしたちの、最初の符号語だ。


ティオが布をつまみあげて、ひらひらと振った。


「振らないで。のびる」


「わるい」


それから窓の光にすかして、目を細めた。


「で——これ、どうやって盤に読ませるんだ」


きた。


つぎの壁は、そこだ。


紙の字から、布の穴へ。ここまでは写せた。


でも、いまの盤にこの布を差しこむ口はない。


穴を穴として受けとる仕掛けは、まだどこにもない。


「……まだ、読ませられない」


「書けたのにか」


「書けたのに。書くほうが、先にできちゃった」


ティオが布と盤を見くらべた。


「手紙はあるのに、読める相手がいないってことか」


「……そう。そういうこと」


うまいことを言う。


穴の列は、もう手のなかにある。


盤は、目のまえにある。


たりないのは、そのあいだだ。


「これを、盤が自分で読めたら」


口に出すと、指のさきがふるえた。


こわさじゃない。


わたしはティオの手から布を受けとって、夕方の窓にかざした。


ちいさな穴の列のむこうに、台のうえの盤が見える。


いちばん端の穴がちょうど盤のうえに重なった。


ぷつりとあいた、まるい小さなのぞき窓。


そのむこうの盤を、わたしはながいあいだ見ていた。


■あとがき・解説


第204話は、しるしを「決める」話です。決めてならべてみたら、それはもう小さなことばでした。


今回は、「番号」「魔導符号語」「待つ、の符号」について、ゆるく書いていきます。


■この話で出てきた言葉


■「番号」——なんでもいいのに、決めたら意味になる


灯りが一番か、火が一番か。ほんとうはどちらでもいいのです。でも、どちらでもいいからこそ、決めないことにはことばになりません。いちど「一は灯り」と決めてしまえば、紙のうえのただの字が、ここにない陣を指すようになる。形のしるしは描き手でゆがみますが、番号ならだれが書いても一は一。手順の覚え書きでさんざん使ってきた字を、そのまま使いまわせるのもいいところです。ふたりで写した約束の紙が二枚——ことばの生まれる場所は、いつだってこういう小さな取り決めです。


■「魔導符号語」——どの陣板を、どの順で


一が灯りで、二が火なら、「一、二」とならべれば「灯りを起こして、つぎに火」。番号をならべただけで、手順そのものが一列で書けてしまう。どの陣板を、どの順で起こすか——それだけを言うための、すごくみじかいことば。リナはこれを符号語と呼ぶことにしました。人にはそっけない字の列ですが、読ませたい相手は人ではなく盤のほう。だから紙の字のままでは終われず、穴のあるなしへ写すところまでが今回の一歩です。母の織機も、王都の演算塔も、穴のあいた布で動いてきました。その血筋のうえに、この小さな布きれもならびます。


■「待つ、の符号」——なにもしない、も手順のうち


符号のなかにひとつだけ、どの陣板も起こさないしるしがあります。穴のひとつもあいていない、まっさらな一列。灯りをつけて、ひと呼吸おいてから水を起こしたい——そういうときの「ひと呼吸」を書いておく場所です。なにもしないことまで書けて、はじめてことばになる。ただし、書けた布を盤に読ませる口は、まだどこにもありません。手紙はあるのに、読める相手がいない。次の壁は、そこです。


次の話もお楽しみに。


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