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魔力ゼロですが、魔法はぜんぶコードなので問題ありません 〜前世プログラマーの少女、キーボードで異世界をデバッグする〜  作者: せい | 健康優良不良プログラマ
第1部 ⑥「世界が、見つける」

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203/211

第203話 多くの陣を

かちり、と関の外れる音がした。


それきり。


台にのせた水の陣はしんとしている。


ぽう、とも言わない。


開けた窓から、あつい風がゆっくり入ってきた。


「……今日もだめか」


となりでティオが息をはいた。


「だめ」


わたしは盤から手をひいた。


昼さがりの作業場は夏のにおいがする。


あたためられた木と、油と、奥の炉のかすかな火。


借りた隅の台のうえに、わたしの盤と、よそから来た水の陣がならんでいる。


布をめくって、銅の道の継ぎ目をたしかめた。


ゆるみはない。焦げもない。


指のはらでなぞっても、どこもちゃんとしている。


(——こわれたんじゃない)


あわないのだ。


きのうは火の陣でためした。実技室から借りてきた、練習用の古い札。


火花は飛んだのに、陣は目をさまさなかった。


今日の水の陣も、おなじ。


理由なら、わかっている。


この盤の器の深さも関の重さも、あの灯りの陣ひとつにあわせて作ったからだ。


灯りのための火花は、灯りにしかちょうどよくない。


「じゃあ、器を深くしたら?」


「そうしたら、水は起きるかもしれない。でも、こんどは灯りがつかなくなる」


「あっちを立てれば、こっちが立たず、か」


ティオが腕を組んでうなった。


「灯りなら、ちゃんとつくんだよな」


ティオが布ごしに盤のはしをつついた。


「つく。十たびやって、十たび」


「じゃあ、盤がこわれたわけじゃないのか」


「うん。この盤はね——灯りの専用なの」


口に出してから、自分の言葉にすこしおどろいた。


専用。


作っているあいだは、そんなつもりはなかった。


できあがってみれば、これはあの灯りのためだけの盤だった。


そもそもは、しるしの話だったのだ。


多くの陣を、だれの手でも書けることばにする。


そのために、まずしるしを決める。数日まえに、そう決めた。


それで、しるしを考えはじめて、すぐに手が止まった。


しるしが指す先は、陣だ。


なら、この盤はほかの陣をほんとうに起こせるのか——先にそれをたしかめたくなった。


ためして、この音だ。


かちり、と鳴って、それきり。


ことばのまえに、物の側に壁があった。


夕食の鐘が鳴って、いったん手じまいにした。


食堂は湯気と話し声でいっぱいだった。


豆のスープ。かたいパン。


梁には祝祭の飾り紐がまだ下がっている。


「で、どうするんだ」


向かいの席で、ティオがパンをちぎる。


「陣ごとに、盤を作るのか。灯り用、水用って」


「それを、いまかんがえてる」


「灯りで一台だろ」


ティオが皿のわきに豆をひとつぶ置いた。


「火で一台。水で一台」


ひとつぶ、またひとつぶ。


「音で一台。熱で一台」


皿のわきに、豆の列がのびていく。


「十の陣なら、十台か」


「そうなるね」


「置くとこあるのか。あの隅、いまの一台でもういっぱいだぞ」


「……ない」


「百の陣なら?」


「百台」


「寝るところがなくなるな」


豆の列を見おろしてまじめな顔で言うから、ふきだしてしまった。


となりの卓で上級生たちがどっと笑い声を立てた。


祝祭の週の食堂は、どこもすこしうきうきしていた。


ティオが数えおわった豆をひとつつまんで口に入れる。


「あ」


「腹がへってるんだ」


十台の列がひとつぶ短くなった。


でも、笑いごとではないのだ。


(——作るたびに、部屋がひとつ埋まっていく)


ためる器をすえ、満ちたら外れる関をつけて、銅の道を引いて。


あの盤ひとつに、半月かかった。


百台なら——かぞえる気にもならない。


道は、そっちにはない。


前世の計算機を思い出す。


あの四角い箱は、一台でいくつもの仕事をした。


文を書くのも、絵を出すのも、数をかぞえるのも、おなじ一台。


仕事ごとに箱を買いなおす人はいなかった。


この世界の言い方をするなら——ひとつの盤で、多くの陣を。


「おい、スープさめるぞ」


「……食べる」


木の匙はわたしの手にすこし大きい。


頭のなかは前世の机のまえのままなのに、手のほうはまだ十三だった。


もどった作業場は、夕方の色になっていた。


窓の光が台のうえでななめにかたむいている。


わたしは盤をながめた。


蓄魔石の座。ためる器。関。銅の道。


そして、すみに置いた借り物の水の陣。


……ちがうのは、どこだろう。


灯りの盤と、火の盤と、水の盤。


かりに百台ならべたとして、その百台はほとんどおなじ物のはずだ。


力をおくる役はおなじ。ためて、はじく仕掛けもおなじ。


ちがうのは——陣、だけ。


(——なら、盤ごと作りなおすことはない)


かわるところと、かわらないところを分ける。


かわらないところはぜんぶ一台に持たせて、かわるところだけをとりかえられるようにすればいい。


前世でさんざんやった手だ。おなじところを、そとへくくり出す。


この世界の言い方なら——共通の台を、ひとつ。


息をすいこむ。


炭をにぎりなおして、わたしは顔をあげた。


「ティオ」


「ん?」


「陣を、札にする」


「札?」


「小さな陣を彫った、うすい札。灯りの札、火の札、水の札。それを盤にならべるの」


わたしは紙に描いた。


四角い盤。そのうえにならぶ、小さな四角の列。


「名づけるなら——陣板、かな」


じんばん、とティオが口のなかでくり返す。


「盤は一台のまま。陣板をならべて、どれを起こすかえらべるようにする」


「札がだめになったら?」


「その札だけ、さしかえる」


「へえ……」


ティオの声がすこし高くなる。


「それ、いいな。一枚こわれても、ぜんぶは死なない」


言ってから、気づいた。


(——塔とおなじだ)


散らばっていたものを棚にならべて、ひとつの機械にした。


あのやり方の、つぎの一歩。


はじめての思いつきなんかじゃない。ずっとやってきたことの、つづきだ。


「その札、どこで手に入れるんだ」


「ありふれた陣なら、彫った物がもうそこらにある。実技室の台も、灯り具のなかの板も、みんなそう」


「……たしかに」


ティオが紙の四角をゆびさきでなぞった。


それから、顔をあげた。


「でもさ。どれを起こすかは、だれがえらぶんだ」


「え?」


「札が十まいならんでるんだろ。火がほしいとき、だれかが火の札まで手をのばして、なにかするんだろ。それって、けっきょく人の手じゃないか」


言葉につまった。


そのとおりだ。


ならべた札から人が手でえらぶなら、手の早いおそいがそのまま陣の早いおそいになる。


まちがえもする。


十の陣を順にとなえる魔導士と、十の札を順に手でつつくだれか。


ならびが変わっただけで、なにも変わらない。


「だれの手でも、なんだろ。きみのめざすのは」


「……うん」


だれの手でも。


手のうまいへたが出てはいけない。


なら、えらぶのは人の手ではだめだ。


どれを、どの順で起こすか。


それを、人にではなく——盤のほうに、つたえる。


手のなかで、炭が止まった。


つたえる。


しるしを決める、と数日まえに言った。


あのときのしるしは、人が読むための、紙のうえのしるしのつもりだった。


でも。


(——しるしは、人が読むためだけのものじゃない)


書いたしるしが指す。


どの札を、どの順で起こすかを。


手のかわりに。声のかわりに。


「しるしで、指せばいい」


「は?」


「陣板をならべた盤に、しるしでつたえるの。どれを、どの順で。人の手じゃなくて、書いたしるしが指す」


ティオがまばたきをした。


「……しるしって、きみが決めるって言ってた、あれか」


「そう。決めることが、ひとつ大きくなった」


夕方の光が紙の白いところをうすい橙にそめていた。


紙を手もとにひきよせる。


人が読んで、盤を指せることば。


どんなしるしなら、それができるのか。


まだ、なにひとつわからない。


わからないのに、指のさきがあたたかい。


「決めよう。しるしを——ほんものの、しるしを」


■あとがき・解説


第203話は、ことば作りの初日に、ことばより先に見つかってしまった「物の側の壁」の話です。しるしを決めるつもりが、決めることがひとつ大きくなりました。


今回は、「専用」「陣板」「しるしで、指す」について、ゆるく書いていきます。


■この話で出てきた言葉


■「専用」——あの灯りのためだけの盤


リナの盤は、たしかに動きます。十たびやって、十たび灯る。でもそれは「あの灯りの陣」だけの話でした。器の深さも関の重さも、ひとつの陣にあわせて作ってあるからです。道具というのは、うまく作れば作るほど、その用事の専用になっていきます。よくできた専用の道具を前にして「これで、なんでもやりたい」と思ってしまったのが、今回のリナです。陣ごとに盤を一台ずつ——豆を皿のわきにならべて数えれば、その道がないことはすぐわかります。


■「陣板」——かわるところだけ、札にする


百台の盤をならべても、その百台はほとんどおなじ物のはず。力をおくる役も、ためてはじく仕掛けもおなじで、ちがうのは陣だけ。それなら、かわらないところを一台に持たせて、かわるところだけをとりかえられる札にすればいい——それが陣板じんばんです。ありふれた陣を彫った札なら、実技室の台にも灯り具のなかにも、もうそこらじゅうにあります。散らばったものをならべて一つの機械にするやり方は、リナが王都でさんざんやってきたことの、つぎの一歩でもあります。


■「しるしで、指す」——人が読むためだけのものじゃない


ティオの問いは、まっすぐでした。ならべた札から、どれを起こすかは、だれがえらぶのか。人が手でえらぶなら、手の早いおそいがそのまま陣の早いおそいになって、「だれの手でも」から遠ざかります。だから、えらぶ役を人の手からしるしへ渡す。しるしは人が読むためだけのものではなく、盤を指すためのものになる——数日まえに決めた「しるしを決める」が、ここでひとまわり大きな宿題になりました。どんなしるしなら盤を指せるのか。それは次の話で。


次の話もお楽しみに。


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