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魔力ゼロですが、魔法はぜんぶコードなので問題ありません 〜前世プログラマーの少女、キーボードで異世界をデバッグする〜  作者: せい | 健康優良不良プログラマ
第1部 ⑥「世界が、見つける」

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202/211

第202話 次は、言葉に

紙が三枚、机の上にならんでいる。


どれも、わたしの字。


どれも、陣を起こす順番を書いた紙。


朝の作業場は涼しくて、奥のほうで金物のこすれる音がしている。


隅の台では、布をかぶせた盤がしずかに休んでいた。


一枚めは、灯りの陣の紙。


番号と矢じるし。だれが読んでもまよわないように、ふつかかけて言葉をえらび直した紙だ。


これは、できた。


机のはしには、消し損じの黒い粉がたまっている。


できたから、きのうはべつの陣でためしてみた。


水をよぶ、ありふれた陣。写しを見ながら、起こす順番をおなじように書き出していく。


書けた、と思った。


ゆうべ寝る前に、もう一枚。


そして今朝、三枚をならべて読みくらべて——手が止まった。


おなじ「つなぐ」ところなのに、一枚めは「みちを先にひらく」、二枚めは「線をつないでから」。


三枚めは、また別の言い方をしている。


書いたのは、ぜんぶわたしなのに。


だれが読んでもまよわないための紙で、書くわたしが毎回まよっている。


(——たりないのは、ことばだ)


人とはなすことばは、ゆれる。


おなじことを言うのにも、十人いれば十とおりの言い方がある。


それでも人どうしなら通じる。わからなければ、たずね返せるから。


紙は、たずね返せない。


紙のむこうの読み手は、書いたわたしにたしかめられない。


だから、ゆれないことばが要る。


だれが書いても、おなじ意味にしかならないことば。


(——前世では、それを作った人たちがいた)


計算機にわたすための、決まった書き方。プログラミング言語。


わたしはあれを、使う側だった。


この世界のことばで言いなおすなら——みんなでつかう、書き方のきまり。


思いつき、というのともちがう。


穿孔布は、穴のあるなしで機械にものをつたえた。


読み札は、光の符号を人のことばにもどした。


順番の覚え書きは、手の段取りを紙にのせた。


ぜんぶ、その血筋。こんどは、そのつぎの一歩だ。


一つの陣は、起こせた。


じゃあ、十の陣なら。百なら。


そのたびに、こんなまよう紙を一枚ずつ書くのか。


(——次は、ことばだ)


多くの陣を、だれの手でも書けることばに。


「おはよ。……なんだよ、その顔」


戸口にティオ。朝から蓄魔石のかごを抱えている。


「顔って」


「なにかたくらんでる顔」


かごを台に置いて、ティオは紙をのぞきこんだ。


「水の陣のやつか。できたんじゃなかったのか」


「できて、こまってる」


「なんだそれ」


わたしは三枚をならべ直した。


「読みくらべて」


ティオの目が紙のあいだを行き来する。


やがて眉が寄った。


「……言い方、そろってないな。おなじことをしてるところなのに」


「でしょう」


「そろえて書き直せばいいだろ」


「そろえるための、もとのきまりがないの」


わたしは炭を置いた。


「人とはなすことばだと、どうしてもゆれる。だから——作ろうと思う」


「なにを」


「陣を書きつけるための、ことば」


ティオがまばたきをした。


「ことば? ことばなら、いま使ってるだろ」


「人とはなすことばじゃなくて。書いたら、だれが読んでもひとつの意味にしかならないことば」


「…………」


「十人が書いてもおなじになる。百人が読んでもまよわない。そういう、きまりごとのことば」


ティオはしばらくだまって、かごの石をひとつ手の中でころがした。


かごのなかで、のこりの石がこつんと鳴る。


「……きみの言うことは、ときどきでかすぎてわからん」


「うん」


「わからんけど。この紙が三枚ともばらばらなのは、わかった」


石がことりとかごへもどる。


「で、おれはなにをすれば」


「……え?」


「一緒に作るんだろ、それ。おれの火も、まだ要るだろ」


あたりまえの顔で言うから、返事がいっしゅん遅れた。


「……うん。要る」


「よし」


それだけで、この話は決まってしまった。


昼まえ、水をくみに中庭へ出た。


陽の月の光はもうまぶしくて、祝祭のかざりが遠くの棟の窓のあたりでゆれている。


もどる途中の廊下のさきに、見おぼえのある姿があった。


きっちり結った髪。地味だけれど、仕立てのいい外套。


ミラ・カイザーさん。


近づくと、乾いた紙のにおいがうすくした。長く本のそばにいる人のにおい。


「お元気そうで、なによりです」


一語ずつ卓に置くような、しずかな話し方。この人はいつも、いそがない。


「……おひさしぶりです」


「品評のお話は、うかがいました」


ミラさんの目がわたしの抱えた水差しへやわらかく落ちる。


「いえ。聞かない日が、ないくらいです」


「そんなに、ですか」


「そんなに、です」


こまったふうの言い方なのに、声はすこしも困っていなかった。


「あの話は、学院の外にも届いているようですよ」


「外……」


「商人の方々の口にも。……それから、神殿の方にも」


神殿。


ふだんのくらしでは、祭りの日くらいしか思い出さないところ。


その名前がどうしてここに出てくるのか、うまくつながらなかった。


「古いおつとめの方々の耳にも、あたらしい音は入るものです」


(——音)


うすいものが首すじをとおっていった。


なにがこわいのか、自分でも言えない。ただ、ほんのすこし寒い。


「それは……よくないこと、ですか」


ミラさんは首をふらなかった。うなずきもしなかった。


「ここは、古い場所です」


まえにも一度、聞いたことのある言い方だった。


「古い建物のなかでは、あたらしい音は遠くまでひびきます。……それだけの話です」


それだけ、と置かれた言葉のおくに、もう一枚なにかがたたまれている気がした。


でも、聞けなかった。


聞いても、たぶんそれ以上はかえってこない。


「あなたは、あなたの手をうごかしていてください」


ミラさんはそう言って、わずかにほほえんだ。


「まわりの声を数えるのは、あなたの仕事ではありませんから」


外套のすそがしずかに遠ざかっていく。


水差しのなかで、水がちいさくゆれてしずまった。


午後の光が床にのびるころ、机にもどった。


窪みのない空の机にすわった日から、だれの手もふれない灯りがともった日まで、ひと月あまり。


そして、ここから先の道のほうがずっと長い。


泥くさい、と言ったあの声を思い出す。


値ぶみするような目も、退屈そうなまぶたも。


……泥で、いい。


だれでも歩ける道は、たぶん泥の道から始まる。


きれいな石だたみを敷くのは、道が道になったあとでいい。


「なあ。ことばを作るって、どこから手をつけるんだ」


銅線をまきなおしながら、ティオが言う。


わたしは新しい紙をひろげた。


なにも書いていない紙は、ひろげたときがいちばん広い。


前世のわたしは、ことばを使う側だった。


作った人たちの手もとを、見たことはない。


それでも、どのことばもおなじところから始まったはずだ。


いちばん小さい、粒のところから。


炭をつまむ。


前世でことばを打っていた手より、この指はずっと小さい。


なのに、やろうとしていることはあのころ習ったどのことばよりも遠い。


その落差に、われながら笑えた。


「まず、しるしを決める」


「しるし?」


「ならべる書き方も、折り重ねる書き方も、そのさきの話」


炭のさきで、まっさらな紙のまんなかを軽くさした。


「どっちで書くにしても——さいしょに要るのは、みんなでつかうしるしだから」


「決めるって、なにから」


「それを、いまから考えるの」


ティオは銅線を置いて、椅子ごととなりへ来た。


まっさらな紙を、二人のあいだに置きなおす。


白いところだらけのその紙は、これから決めることの多さそのものに見えた。


ティオがかごから蓄魔石をひとつ出して、紙のすみに文鎮がわりに置く。


ことり。


「飛んでかないようにな」


はじまりの紙に、さいしょの重しがのった。


■あとがき・解説


第202話は、学院に入ってからの最初のまとまり——「魔力なしで、魔法を動かす」までの日々に、ひと区切りがつく話です。そして次のまとまりの扉が、静かにひらきます。


今回は、「ゆれることば」「一緒に作る」「あたらしい音」について、ゆるく書いていきます。


■この話で出てきた言葉


■「ゆれることば」——紙は、たずね返せない


同じ人が同じことを書いたのに、三枚の紙で言い回しがばらばら。リナが今回ぶつかったのは、じつはとても現代的な壁です。人と人のあいだのことばは、ゆれても通じます。わからなければ聞き返せるからです。でも紙の読み手は、書き手に聞き返せません。だから「だれが書いても、おなじ意味にしかならないことば」が要る——手順を書きつけるための、きまりごとのことば。リナの前世には、それを作った人たちがいました。彼女はずっと使う側でしたが、今度は自分が作る側に回ろうとしています。


■「一緒に作る」——おれの火も、まだ要るだろ


ことばを作る、という途方もない話を聞いたティオの返事は、「で、おれはなにをすれば」でした。わからんけど、紙が三枚ばらばらなのはわかった。この距離感がティオのよいところです。ぜんぶをわかってから手を貸すのではなく、わかったところから手を貸す。ここから先の長い道は、ふたりで歩くことになります。


■「あたらしい音」——古い建物は、よくひびく


ミラ・カイザーさんが置いていったのは、たったふたつのことです。あの立証の話が学院の外——神殿にまで届いていること。そして「ここは、古い場所です」。彼女はそれ以上を言いませんし、リナも聞けませんでした。古い建物のなかでは、あたらしい音は遠くまでひびく。その響きがどこで、だれの耳に触れたのか。それはもうすこし先の話です。


机の上には、まっさらな紙と、文鎮がわりの蓄魔石。まず、しるしを決める——ことば作りの最初の一歩が、次の話から始まります。


次の話もお楽しみに。


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