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魔力ゼロですが、魔法はぜんぶコードなので問題ありません 〜前世プログラマーの少女、キーボードで異世界をデバッグする〜  作者: せい | 健康優良不良プログラマ
第1部 ⑥「世界が、見つける」

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第195話 火花の仕掛け

ねじを巻いておけば、父さんの鐘時計は決まった刻にひとりでに鐘を打つ。


ぜんまいがためた力を、歯車が決まった拍で止め金からはじき放すからだ。


打つ手は、どこにもない。


あの「ぱちん」を見た日から、ずっとそのことを考えていた。


ゆうべも、そのまえの夜も、ねむる前の頭のなかで、ぜんまいが巻かれてははじけた。


ティオの指。おしつけて、ためて、一気にはじける音。


あれとおなじ仕事を、人の指じゃなく物にやらせればいい。


(——火打ち石と、おなじ)


打ち金をはじいて、火花を散らす。あの手つきの、からくり版。


夕暮れまえの作業場には、低い陽がさしこんでいた。


けずり台の木肌が橙にそまっていた。


カーン先生はきょうは先にお帰りで、奥のやすりの音もない。


台の上には、このよっかでかき集めたものをならべてある。


ティオの練習用の蓄魔石。


棚のすみで眠っていた、てのひらに載るちいさな銅の器。


こわれた錠前からはずしたばね。巻いてためるぜんまい。それから、指のはらほどの歯車がひとつ。


「で、どれがどうなるんだ」


ティオが台に身をのりだした。


「石の力を、いったんこの器にためるの。すこしずつ、いっぱいになるまで」


「ためて?」


「歯車がまわって、決まったところで止め金をはじく。ためた力が、一気にとぶ」


「とんだら?」


「火花になる。……なるはず。長い押しじゃなくて、するどいひと突きに」


だらだらした流れのままでは、陣は目を覚まさない。


このあいだ、いやというほどたしかめたことだ。


でも、いったんためて、せきを切るように放てたら。


「ふうん。鐘の時計と、火打ち石か」


ティオがばねを指でつついた。


「きみの頭のなか、へんなものばっかり入ってるな」


「ほめてる?」


「半分な」


◇◇◇


組むのには、思ったより手間がかかった。


ばねは張るそばからはねて、ちいさな金物が台のむこうへとんでいく。


二度はティオが拾い、一度はわたしが机の下にもぐった。


銅の道を石から器の口へ。器のわきにばねを張り、歯車の軸をすえる。


器の口と陣の入り口のあいだには、はじき爪をひとつ。


ぜんまいを巻けば歯車がすすみ、決まったところで止め金の尻を押す。


止め金がはずれ、ばねがはねて、爪がためた力を陣の入り口へ一気にわたす。


——絵のうえでは、そうなるはずだった。


一へんめ。


ちり、と爪の先でちいさな光が散った。


それだけ。陣の入り口は暗いまま。


「……いまの、火花か?」


「火花。……でも、弱い」


手はもう、あちこちをいじりたがっていた。


ばねもあやしい。器もあやしい。歯車の拍もあやしい。


ぜんぶいっぺんに変えたくなって、その手を、とめた。


(——かえるのは、いちどに、ひとつ)


いっぺんにふたつ変えると、うまくいってもしくじっても、どっちのせいか分からなくなる。


これも前世の机で、さんざん身にしみた決めごとだった。


まず、ばねだけ。


張りをひと巻きぶん強くして、ほかはさわらない。


ちり。


火花はすこし太った。まだ、届かない。


つぎは、器だけ。


ためられる量がふえるように、ひとまわり深いものへ据えかえる。


「こんどこそ、だな」


ぜんまいを巻いて、待つ。こと、こと、と歯車がすすみ——ぱちん。


……すか。


火花はかえって痩せた。


「なんでだ。ためるところを大きくしたんだろ。強くなるんじゃないのか」


「……わたしも、そう思ってた」


深くした器をにらむ。


変えたのは、これひとつ。だから、弱くなったわけもこれひとつのなかにある。


深い器は、満ちるのがおそい。


なのに歯車の拍は、まえのまま。


(——満ちるまえに、はじいてる)


汲みかけの桶を、途中でひっくり返しているようなものだ。


「器はわるくないの。拍が、合わなくなっただけ」


「拍?」


「深い器は満ちるのがおそいの。なのに、はじく間がまえのまま。……たまりきるまえに、はじいてた」


「じゃあ、浅いのにもどすのか」


「もどさない。はじくほうを、おそくする」


やすりを借りて、歯車の歯をひとつけずり落とした。


ひと歯ぶん、はじくまでの間がのびる。器が満ちてから、はじくように。


父さんの鐘時計が時をたがえないのは、歯の一枚一枚がきちんと噛んでいるからだ。


たった一枚けずるだけの仕事に、腕がじんとしびれた。


頭のなかの手順はとっくに先へ行っているのに、十三の手はまだ追いつかない。


「なあ。なんできみ、こういうこと思いつくんだ」


「……時計屋の娘だから」


うそじゃない。ぜんぶでも、ないけれど。


◇◇◇


ぜんまいを、巻いた。


それから両手を、膝の上へおろす。


「さわらないのか」


「さわらない。さわったら、きょうのは、だめなの」


ティオも、のばしかけた手をひっこめて、うしろに組んだ。


こと。


こと。


歯車のすすむ音だけが橙の光のなかへ落ちていった。


となりでティオが息をつめる気配がした。


ゆれる光のなか、ほこりがゆっくりまわっていた。


長い。一枚けずったぶん、まえよりも長い。


こと。


——ぱちん。


爪の先で、火花がするどく散った。


陣の入り口がほのかに白む。


明るさが線をわたり、はしのちいさな灯りがぽうとともった。


声は、出なかった。


歓声のかわりに、息がとまった。


わたしの手は膝の上。


ティオの手は、うしろに組まれたまま。


だれの指も、どこにもふれていない。


(——ついた)


胸のおくで、なにかがことりと落ちた。


狼煙の仕掛けでも王都の塔でも、火だけはいつも人の手だった。


それがいま、ばねと歯車のさきで、ひとりでに灯っている。


夕陽のなかでは、たよりないくらい薄い灯りだ。


それでも、目がはなせなかった。


「……きみ」


ティオの声はへんにかすれていた。


「いま、おれ、なにもしてないぞ」


「うん」


「魔力、ぜんぶ要らないのか」


「うん。……ぜんぶ、いらなかった」


ティオはしばらく灯りとばねを見くらべて、それから、まじめな顔で自分の指を鳴らした。


ぱちん。


「おれのこれと、おなじことを……この金物がやったのか」


「そう。ティオの指が、お手本」


「……そうか。おれの指、えらいんだな」


えらい、とわたしも思う。


◇◇◇


「もういっぺんだ。なあ、もういっぺん見たい」


わたしだって、見たい。


灯りが引くのを待って、もういちどぜんまいを巻いた。


手を膝へ。こと、こと。……ぱちん。


火花はちらついた。


それだけ。陣は暗いままだった。


「……つかないぞ」


「……うん」


三へんめは、火花さえまばらだった。


四へんめは、はじく音だけが乾いてひびいた。


ばねの張りは巻くたびにびみょうにちがった。


器のたまりぐあいも、そのつどゆれた。


火のするどさは、そのせいでふらついていた。


さっきのは、ためる量とはじく強さと拍と、みっつがたまたまそろった一度だった。


「なんだよ。こわれたのか」


「こわれてない。……そろわないだけ」


「そろわない?」


「みっつがそろったときだけ、つくの。さっきは、そろった」


「きみの言い方だと、いまのはまぐれか」


「まぐれじゃない。まぐれみたいにしか、まだ出せないの」


ティオがうなって、台につっぷした。


でも、と思う。


一度は、散ったのだ。


だれの手もないところで火花はたしかに散って、陣はたしかに灯った。


できないことと、まだそろわないことは、ちがう。


(——次は、毎回)


いつもおなじだけためて、いつもおなじ強さで放てたら。


そうしたら、いつでも、なんどでも灯る。


かたむいた陽が台の上の金物をぜんぶあかがね色にしていた。


ティオが顔を上げて、また指を鳴らした。


ぱちん。


「これのちゃんとしたやつができたら、きみ、ほんとに独りで、なんでも動かせるな」


「……なんでもは、まだ」


「じゃ、そのうちな」


窓の橙がすこし赤みを足した。


かたづけの手を止めて、ためる器にてのひらをかぶせる。


ちいさな銅の器は、まだほんのりあたたかかった。


■あとがき・解説


第195話は、機械点火の壁がついに破れる回です。ティオの指の「ぱちん」から四日。リナは父さんの鐘時計——ねじを巻いておけば、決まった刻にひとりでに鐘を打つ——を思い出し、「ためて、はじく」を物にやらせる仕掛けを組みます。蓄魔石の力をちいさな銅の器にため、歯車が決まった拍で止め金をはじき、ばねがためた力を一気に放つ。だれの指もふれていないのに、火花が散って、陣が灯る。歓声ではなく、息がとまる。狼煙の仕掛けでも王都の塔でも、火だけはずっと人の手だったのですから。


ただし、灯ったのは一度きり。もういちど巻いても、火花はちらつくだけです。


今回は、「火花の仕掛け」「いちどに、ひとつ」「そろわないだけ」について、ゆるく書いていきます。


■この話で出てきた言葉


■「火花の仕掛け」——鐘時計と、火打ち石


長い押しをいくら細くしぼっても、するどいひと突きにはならない。それが前回の壁でした。今回の答えは、力そのものを変えるのではなく、いったんためて、せきを切るように放つこと。お手本はふたつあります。ひとつは火打ち石——打ち金をはじいて火花を散らす、あの手つき。もうひとつは父さんの鐘時計——ぜんまいがためた力を、歯車が決まった拍で止め金からはじき放す、あのからくり。石の力を器にためて、ばねと歯車ではじく。使ったものはぜんぶ、リナがこれまでに通ってきた道の上にあるものばかりです。


■「いちどに、ひとつ」——変える場所をまちがえないために


最初の火花は弱すぎました。こういうとき、手はばねも器も歯車もいっぺんにいじりたがります。でもリナはその手を止めて、いちどにひとつだけ変える。ばねだけ強くする——すこし太った。器だけ深くする——なぜか痩せた。変えたのがひとつだから、弱くなったわけもそのひとつのなかにある。深い器は満ちるのがおそいのに、はじく拍がまえのままだから、たまりきるまえにはじいていたのです。だから直すのは器ではなく拍のほう。歯車の歯をひとつけずって、間をのばす。前回の「ひとつずつ消す」とならぶ、前世の机でおぼえた決めごとです。


■「そろわないだけ」——一度きりの成功と、次は毎回


はじめて人の手なしで灯ったのに、二へんめはちらつくだけ。こわれたのではありません。ばねの張りは巻くたびにびみょうにちがい、器のたまりぐあいもそのつどゆれる。ためる量と、はじく強さと、拍。みっつがそろったときだけ火はするどくなり、さっきはそれがたまたまそろった——まぐれではなく、まぐれみたいにしかまだ出せない、というのがリナの言い分です。できないことと、まだそろわないことは、ちがう。いつもおなじだけためて、いつもおなじ強さで放てたら。「次は、毎回」が、次回の宿題になります。


次の話もお楽しみに。


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