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魔力ゼロですが、魔法はぜんぶコードなので問題ありません 〜前世プログラマーの少女、キーボードで異世界をデバッグする〜  作者: せい | 健康優良不良プログラマ
第1部 ⑥「世界が、見つける」

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191/211

第191話 点火と動力

ぽき、と木炭の先が折れた。


折れたかけらがひざの紙をすべって、芝のなかへ飛んでいく。


力の入れすぎだ。


頭の速さに、指が追いつかない。


(——工房にいたころと、おなじ手だ)


短くなった炭を持ちなおして、紙のつづきに線を引いた。


放課後の中庭に、人かげはもうまばらだった。


刈ったばかりの草の、青いにおい。


夕方に入りかけの日ざしで、紙が白くまぶしい。


石の腰かけは大人の寸法で、すわると足はつま先しか届かなかった。


ひざの上には、写しの書き損じをもらった反故紙の束。


この数日で見てきたものを、ぜんぶ紙の上にならべてみたかった。


だれかに言われたのではない。


気がついたら、手が炭をにぎっていた。


このごろは、屋根の下ばかりだった。


墨のにおいの教室。石と焦げの実技の部屋。鉄と油の作業室。


屋根の下で見てきたものを、きょうは屋根のない場所でひろげてみたかった。


◇◇◇


紙のまんなかに、まず手のひらをひとつ描いた。


実技の台でも、灯り具でも、はじまりはいつもここだった。


石にふれる、だれかの手。


実技の子たちの手。灯り具の使い手の手。


かたちはちがっても、やっていることはひとつだった。


その手は、ふたつの仕事をいっぺんにしていた。


何日もながめて、やっとそこまで見えた。


ひとつは、火をつける仕事。


「今、走れ」と陣を起こす、鋭いひと突き。


ほんのひと粒でいい。そのかわり、鋭くないといけない。


もうひとつは、力をおくる仕事。


走りだした陣を、端から端まで駆けさせつづける長い押し。


こちらはひと粒ではまるで足りない。明るさのぶんだけ、いくらでも要る。


鋭いひと突きと、長い押し。


まるでちがう仕事なのに、みんなはひとつの手のひらからいっぺんに流してしまう。


息を吸うのと吐くのを、わざわざ分けて考える人がいないのとおなじ。


流せる人には、分ける用がないのだ。


(——だから、だれも分けてこなかった)


わたしは手のひらの絵の上に、ばつをひとつ重ねた。


それから紙の左右に、あたらしい丸をふたつ。


左の丸に、火をつける役。


右の丸に、力をおくる役。


ひとつの手のひらがやっていたことを、紙の上でふたつに引きはなす。


引きはなせば、べつべつに考えられる。


前世で、こみいった仕事をほぐすときにいつもやった手だ。


大きなかたまりのままでは、持ち上がらない。


小さく切れば、ひとつずつ運べる。


◇◇◇


先に埋まったのは、右の丸だった。


力をおくる役なら、ためた石にまかせられる。


王都の塔でも、あの大きな仕掛けを駆けさせつづけたのは人の魔力ではなく、ためておいた石の力だった。


(——右は、もう済んでる)


一度たしかめてあることは、強い。


右の丸のなかに「石」と書きこむ。


炭の先がまた折れそうになって、こんどは手前で力をゆるめた。


それから、左の丸を見た。


火をつける役。


人の指から来る、はじまりのひと突き。


灯り具のふたの外から来ていた、あの一点。


紙の上でなら、こう問える。


この丸に入るものは、ほんとうに「人」でなくてはいけないのか。


要るのは鋭いひと突きで、指のやわらかさでも、ぬくもりでもない。


荷車の車止めを、つま先でこつんと蹴り外すような。


樋にためた水の堰を、すとんと落とすような。


そういう、はじく仕掛け。放す仕掛け。落ちる重り。


かたちは、まだひとつも決まらない。


でも——左の丸に「人」と書かずに済むのなら。


(——道が見えた)


火をつける役に、なにかの仕掛け。


力をおくる役に、ためた石。


そうならべたとき、この紙の上のどこにも、人の魔力の入る場所がない。


つまり。


魔力のないわたしでも、陣を動かせる。


(——ほんとうに?)


ほんとうに、だ。


紙の上を何度たどりなおしても、途切れる場所がない。


石の腰かけの下で、つま先が勝手にはねた。


すわったままでいるのが、むずかしい。


まだ、紙の上の線だ。それは分かっている。


でも、きのうまでの「どうにかならないか」とは、もうちがう。


どこを埋めれば届くのか、埋める場所の数がかぞえられる。


問いが道になった。


行き着けるかどうかは、まだ分からない。


でも、道なら歩ける。


歩ける場所があるというだけで、足はこんなに軽くなる。


◇◇◇


「——きみ、まだいたのか」


紙の上に、影がさした。


ティオだった。かばんを肩にかけたまま、上からのぞきこんでくる。


「忘れ物をとりにもどったら、きみが見えたから。なに描いてるんだ、それ」


答えるより先に、ひょいと紙を取り上げられた。


(——あ、破れる)


破れなかった。すれすれのところで。


「丸がふたつ。……なんの陣だ?」


「陣じゃないよ」


「なんだ」


すこしつまらなそうに言って、それでも紙は返してくれない。


見られて困る線は、一本も引いていない。


引いてあるのは、だれの目にも見えることのならべ直しだけ。


呑みこむのはいつも、なぜそれを思いつくのか、の底のほうだ。


わたしは腰かけの上で、すこしティオのほうへ体を向けた。


「石が灯るときって、ふたつのことが起きてるの」


「ふたつ?」


「はじめの、ひと突き。それから、灯りつづけさせる力」


紙のなかの左右の丸を、炭の先でとん、とんと指した。


「みんなは、それをひとつの手からいっぺんに流してる。だから、ひとつに見えるけど」


「……考えたこと、なかったな」


ティオは紙を目の高さに上げて、首をかしげた。


「流せば、灯る。それでおしまいだと思ってた」


そうなのだ。使う人は、中を問わない。


問う用が、ないから。


「分けると、どうなるんだ」


「力のほうは、ためた石にまかせられる。そういう使い方は、もうあるから」


「うん」


「だったら、のこるのは、はじめのひと突きだけ。……それを、人の指じゃなくて、仕掛けにやらせたら」


ティオの目が紙とわたしのあいだを二度、往復した。


「……手が、いらなくなる」


「うん」


「魔力も、いらない」


「どこにも、いらない」


ティオはしばらく黙って、それからゆっくり言った。


「それって……きみでも、灯せるってことか」


「そういうこと」


声に出してみると、じぶんの言葉なのに、まだすこし遠い。


でも、嘘ではなかった。紙の上では、もうつながっている。


中庭の風が紙の端をめくろうとして、あきらめた。


「できるのか、そんなこと」


「やってみないと、わからない」


言ってから、自分でちいさくおどろいた。


できます、とは言えない。


でも、できません、と言う理由もまだひとつも見つかっていない。


やってみないと分からないことは——やってみられる、ということだ。


ティオがふいにしゃがみこんで、紙をわたしのひざに返した。


「その、火の役ってやつ。なにを置くんだ」


「まだ、決めてない」


「決めてないのか」


「うん。はじく仕掛けか、落ちる重りか。そこから考える」


「ふうん」


がっかりした声ではなかった。


前のめりの、おもしろがっている声。


◇◇◇


「やってみるんだろ、それ」


ティオが立ち上がって、かばんをかけなおした。


「なら、場所がいるな。紙の上じゃ、灯らないぞ」


「……そうだね」


「灯すのは、おれがやるよ。まだ、手がいるなら」


まだ、のところでにっと笑う。


いつかは要らなくなる、と自分で言っているのに、いやな顔がすこしもない。


「うん。——いまは、まだ」


自分で言った「まだ」がたのもしく聞こえるのは、はじめてだった。


わたしは紙を四つにたたんで、胸もとにしまった。


折り目の下で、左右の丸がならんだまま畳まれている。


腰かけを降りると、のびはじめた影がふたつ、芝の上にならんだ。


「ほら。さっき飛んでったやつ」


ティオが芝のなかから、折れた木炭のかけらをつまみ上げてよこす。


てのひらに受けとると、まだすこしあたたかい気がした。


「で、はじく仕掛けって、たとえばなんだ」


「だから、まだ決めてないってば」


「早く決めろよ。おれ、見たいんだから」


回廊のむこうへ、ふたりで歩きだした。


■あとがき・解説


第191話は、この数日の「見てきたもの」が、はじめてリナの手の側から形になる回です。教室、実技の部屋、作業室——ずっと屋根の下で観察する側だったリナが、放課後の中庭で、だれに言われたのでもなく紙と木炭をひろげる。石にふれる手のひらがいっぺんにやっているふたつの仕事を、「火をつける役」と「力をおくる役」として紙の左右に引きはなす。それだけのことが、この世界では千年、だれにも要らなかった分け方でした。


力をおくる役のほうは、もう答えが出ています。王都の塔が、ためた石の力で動いたから。だから残るのは左の丸——はじまりのひと突きだけ。そこに「人」と書かなくていいのなら、紙の上のどこにも魔力の入る場所がなくなる。魔力のないリナでも、陣を動かせる。「どうにかならないか」だった問いが、埋める場所をかぞえられる道に変わる瞬間です。


後半は、帰りそびれたティオが紙をのぞきこみます。「流せば、灯る。それでおしまいだと思ってた」——流せる側は、中を問う用がない。それでもティオは、この紙の理屈を聞いておもしろがるほうへ行きます。「できるのか、そんなこと」「やってみないと、わからない」。そして「灯すのは、おれがやるよ。まだ、手がいるなら」。この「まだ」が、ふたりの合言葉になっていきます。


今回は、「点火と動力」「分ける、ということ」「まだ、のたのもしさ」について、ゆるく書いていきます。


■この話で出てきた言葉


■「点火と動力」——手のひらのなかのふたつの仕事


石が灯るとき、手のひらはふたつのことをいっぺんにやっています。ひとつは「今、走れ」と陣を起こす鋭いひと突き。ほんのひと粒でいいけれど、鋭くないといけない。もうひとつは、走りだした陣を端から端まで駆けさせつづける長い押し。こちらは明るさのぶんだけいくらでも要る。まるでちがう仕事なのに、流せる人はいっぺんに流してしまうので、ひとつにしか見えません。息を吸うのと吐くのを分けて考える人がいないのとおなじで、分ける用のある人——流せない人——だけが、この境目に気づけます。


■「分ける、ということ」——紙の上でなら問える


リナが紙の上でやったのは、大きなかたまりをふたつに切っただけです。でも切ってしまえば、べつべつに考えられる。右の丸(力をおくる役)には、もう答えがあります。ためた石にまかせるやり方は、王都の塔でたしかめてある。だから問いは左の丸ひとつに絞られます——はじまりのひと突きは、ほんとうに人の指でなくてはいけないのか。荷車の車止めを蹴り外すような、堰を落とすような、はじく仕掛けではだめなのか。かたちはまだ何も決まっていません。決まっていないのに道に見えるのは、埋める場所の数がかぞえられるようになったからです。


■「まだ、のたのもしさ」——ふたりで歩きだす


ティオの「灯すのは、おれがやるよ。まだ、手がいるなら」は、よく聞くと不思議な申し出です。この紙の理屈がほんとうなら、いつかティオの手は要らなくなる。それを分かったうえで、いやな顔ひとつせず「まだ」と言って笑う。リナが自分の口から出た「まだ」をたのもしく感じたのは、これがはじめてでした。紙を四つにたたんで、折れた木炭のかけらを受けとって、回廊のむこうへふたりで歩きだす——中庭の明るさのまま終わる、この章のなかでいちばん足どりの軽い幕切れです。


次の話もお楽しみに。


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