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魔力ゼロですが、魔法はぜんぶコードなので問題ありません 〜前世プログラマーの少女、キーボードで異世界をデバッグする〜  作者: せい | 健康優良不良プログラマ
第1部 ⑥「世界が、見つける」

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188/211

第188話 空の窪み

扉のむこうで、小さな歓声がはじけた。


「灯った、灯った」


「見ろよ、青だ」


押しあけた扉のすきまから、子どもの声と、かすかにあまい香のにおいがこぼれてくる。


ここがわたしの教室。


天井の高い部屋だった。


背の高い窓がならんで、夏のはじめの光が床に長い四角を落としている。


石の壁。木の床。


インクと、香と、新しい服のにおい。


敷居をまたぐと、いくつかの声がふっと低くなった。


(——見られている)


朝の広間とおなじ目だ。


それでも、うつむかない。


それだけはもう決めてある。


わたしは荷を抱えなおして、足を前に出した。


◇◇◇


教室には、黒っぽい木の机が並んでいた。


よく磨かれた、古い机。


天板のまんなかに、こぶし半分ほどの丸い窪みが彫りこんである。


浅くて、なめらかな窪み。


新入生たちはその窪みに、めいめいの魔石を据えていた。


親指の先ほどの、磨いた石。


据えて短くとなえると、石の上に小さな印がぽっと浮かぶ。


赤い火の粉。青いしずく。みどりの葉のかたち。


自分の魔力の色を机の上に灯して、見せ合う。


「ぼくは火だ」


「わたしは水。おばあさまとおなじ」


灯りがひとつ増えるたび、小さな拍手と笑い声が起きた。


名のるより先に、色を見せる。


それがこの教室の、最初のあいさつらしかった。


(——ああ、これは)


知っている形だ、と前世の頭が言う。


机のまんなかの、道具のための口。


会社の机にもあった。電気の差しこみ口。


道具はあそこから力をもらって、動いていた。


ここでは石を据えて、人が自分の力をながす。


それだけのちがいだ。


◇◇◇


席をさがして、通路を歩く。


教室のまんなかで、灯った印の見せ合いがいちばん明るい輪を作っていた。


その輪の中心に、ひときわ上等な服の女の子がいる。


絹の袖。胸には家紋を彫った札。


手には小さな扇。顎をすこし引いて、人を見る目。


その目がこちらへ動いて、わたしの旅装を上から下までゆっくりたどった。


なにも言わない。


ふい、と目をそらして、輪のなかへ戻っていく。


それだけだった。


わたしの席は、窓ぎわの列のいちばんうしろにあった。


机の角に、名前を書いた小さな板が置いてある。


家名のない、名前だけの板。


椅子を引くと、木の脚が床をこすって鳴った。


すわってみると、机はわたしにはすこし高い。


十三の足のさきは床にやっととどく。


抱えてきた荷を、机のわきにそっとおろした。


図面と、炭と、村の歯車の入った荷。


それだけで、すこし息がしやすくなった。


◇◇◇


戸口から、年かさの男の人が木箱を抱えて入ってきた。


箱のなかで、石と石がこすれて鳴っている。


「貸し石だ。なくすなよ」


まだ自分の魔石を持たない子のための、練習用の石らしい。


係の人は名簿を見ては、窪みにひとつずつ石を据えていく。


こつ、こつ、と石の音が近づいてくる。


わたしの机の前で、足が止まった。


係の人は名簿とわたしの顔を見くらべた。


それから、なんでもないことのように言った。


「あんたには、要らんだろう」


声に、悪気はなかった。


雨の日に傘を配って、晴れの日には配らない。


そういう、あたりまえの口ぶり。


言い終えるより先に、目はもう次の名簿の行へ落ちていた。


石は置かれなかった。


係の人は次の机へ移り、こつ、とまた石が据わった。


箱のなかの石の音がすこしずつ遠ざかっていった。


◇◇◇


まわりの机は、淡く光っている。


赤。青。ときどき、みどり。


夜の通りに灯りのならんだ窓を見るようだ。


そのなかで、わたしの机だけ、暗い。


窪みはからっぽのまま、ただの木の色をしていた。


浅い丸のなかに、午後の光がうっすらたまっているだけ。


(——据えるものすら、ない)


理屈は、わかっている。


点ける魔力のない者の手では、魔石はただの石ころだ。


だから配らないのは、いじわるですらない。


むだにしないための、ただの手まわし。


朝の広間で、灯らなかった手。


それが机の上では、からっぽの窪みという形になる。


わたしはひざの上で、その手をにぎった。


◇◇◇


ふいに、となりの席が明るくなった。


見ると、男の子が手のひらの上に光の玉を浮かべている。


こぶしほどの、白い玉。


火の粉でも、しずくでもない。


輪郭のそろった光が指の上でくるりと回った。


まわりの子の印とは、あきらかにできがちがう。


それを、片手間の顔でやっている。


栗色の髪の男の子だった。


男の子は玉をひょいと指ではじいた。


玉は宙でひとまわりして、くずれずに手のひらへ戻る。


「見たか、いまの。手をはなしても、くずれないんだぜ」


こちらに言ったのかと思って、口をひらきかけた。


ちがった。


男の子は自分の玉にひとつうなずいて、それで満足している。


それから、思い出したようにこちらへ顔を向けた。


「きみ、なんでここに?」


まっすぐな声だった。


ばかにする響きがない。


ほんとうに知りたい、というだけの声。


その目はわたしの旅装も、名前だけの板も、からっぽの窪みも、素通りしていった。


(——量られて、いない)


朝からずっと、量られてばかりだったのに。


「……入学、したの」


「そうじゃなくて」


男の子は玉をふっと消して、机にひじをついた。


「きみ、灯らないんだろ。朝の、あれ」


かくすことでもない。


わたしはうなずいた。


「ほんとに、ぜんぜん?」


「うん。ぜんぜん」


「ふうん」


感心とも、ただの相づちともつかない声。


それから男の子は、机に身をのりだした。


「なのに、来た。なんで?」


なんで。


ほんとうの答えは、のどの奥にある。


でもそれを言うには、見せられないものまで見せることになる。


だから、言えるところだけを言った。


「灯すのは……灯せる人が、やればいい」


「うん?」


「わたしは、ちがうやり方をする」


「ちがうやり方」


男の子はそのまま繰りかえした。


「なにそれ」


「……うまく、言えないけど」


男の子はしばらく、こちらを見ていた。


量る色は、最後まで浮かばなかった。


かわりに、栗色の髪を無造作にうしろへはらう。


「きみ、ちょっと、おもしろいな」


それから、わたしの机のからっぽの窪みをのぞきこんだ。


「きみの、からっぽだな」


「……うん」


「もったいないな。せっかく席があるのに」


もったいない。


その言いかたがすこしおかしかった。


かわいそう、ではなくて。


みじめ、でもなくて。


ただ席がむだになっている、という言いかた。


「おれ、ティオ。ティオ・レンフェルド」


名のる段になって、男の子は胸をはった。


近くの席の子がちらりとふりむく。


知られた家の名前、らしい。


「……リナ、です」


家名は、つけられなかった。


ティオは気にするふうもなくうなずいて、「リナ」と一度だけたしかめた。


それから自分の机へ向きなおり、また光の玉をひねりだして遊びはじめた。


◇◇◇


やがて、低い鐘が鳴った。


授業のはじまりを知らせる鐘だ。


石の壁のなかで、音がゆっくりひとまわりして消える。


教室のあちこちで、灯っていた印がひとつずつ消えていく。


窓の四角い光だけが床にのこった。


ティオの窪みには、深い青のじぶんの魔石が据わっている。


よく使いこまれた、角のまるい石。


わたしは、自分の机の窪みを見おろした。


からっぽの、暗い窪み。


据えるものを、わたしはまだ持っていない。


魔石を置いても、わたしの手では灯らない。


それも知っている。


(——でも)


塔を作りはじめたときだって、手のなかにはなにもなかった。


いつか、ここに置く。


魔石ではない、わたしのやり方の、なにかを。


灯せなくても——灯る仕組みを。


指の先で、窪みのふちをなぞった。


長いあいだ子どもたちの手にみがかれて、木のふちはまるく、すこしすり減っている。


(——ここで、わたしのやり方で、何かを据えてみせる)


窪みの底で、ちいさな木目がしずかに渦を巻いていた。


■あとがき・解説


第188話は、リナが自分の教室にはじめて足を踏み入れる回です。入学式の広間で「灯らない手」を何百もの目に晒されたその日の午後、こんどは教室が、もっと小さくて具体的な形でおなじことをリナに突きつけます。教室の机には、まんなかに丸い窪みが彫ってあります。新入生たちはそこにめいめいの魔石を据え、自分の魔力の色を灯して見せ合う——それがこの教室の、最初のあいさつです。


でも、リナの窪みには石が据わりません。練習用の貸し石を配ってまわる係の人は、名簿とリナの顔を見くらべて、「あんたには、要らんだろう」とだけ言って次の机へ移ります。声に悪気はありません。点ける魔力のない者の手では、魔石はただの石ころ。だから配らないのは、むだにしないためのあたりまえの手まわしです。悪意より、この「あたりまえ」のほうがずっと重い——まわりの机が淡く光るなか、リナの机だけが暗い。空の窪みは、「魔力なき者の机」の形そのものです。


そこに、となりの席から声がかかります。手のひらの上に光の玉を浮かべて遊んでいた栗色の髪の男の子。自分の技にひとりで満足してから、思い出したようにリナを見て、「きみ、なんでここに?」。ばかにする響きのない、ほんとうに知りたいだけの声です。朝からずっと量られてばかりだったリナにとって、旅装も家名のなさも空の窪みも素通りするこの目は、入学してはじめての「量らない目」でした。名乗りはたった一往復。「おれ、ティオ。ティオ・レンフェルド」「……リナ、です」。この男の子がこれからどうかかわってくるのかは、ゆっくり書いていきます。


授業の鐘が鳴って、リナは自分の空の窪みを見おろします。据えるものは、まだ手のなかにありません。それでも、塔を作りはじめたときだって手のなかにはなにもなかった。いつか、ここに、魔石ではないなにかを据える。指の先で窪みのふちをなぞって、リナは決めます。「(——ここで、わたしのやり方で、何かを据えてみせる)」。


今回は、「魔石の窪み」「貸し石」「ティオ・レンフェルド」について、ゆるく書いていきます。


■この話で出てきた言葉


■「魔石の窪み」——机のまんなかの丸いくぼみ


学院の机の天板には、こぶし半分ほどの丸い窪みが彫りこんであります。ここに魔石を据えて、自分の魔力をながして使う——学院の授業の基本のかまえです。リナの前世の頭は、これを見て「会社の机の電気の差しこみ口だ」と思います。道具に力を渡すための口。ちがうのは、ここでは据えた石に人が自分の力をながすこと。だからこそ、ながす力を持たないリナの窪みは、からっぽのままです。この空の窪みが、リナの学院生活の出発点になります。


■「貸し石」——学院が貸す練習用の魔石


まだ自分の魔石を持たない子のために、学院が貸し出す練習用の石です。係の人が木箱を抱えて教室をまわり、名簿を見ながらひとつずつ窪みに据えていきます。つまり学院は、石を持たない子がいることは織りこみずみなのです。それでもリナには配られない。石がないからではなく、据えても点ける魔力がないから。「貸しても、むだになる」——この線引きが、だれの悪意でもなく、ただの決まりごととして淡々と通っていくところに、この学院の「あたりまえ」の形があります。


■「ティオ・レンフェルド」——となりの席の男の子


リナのとなりの席に座る、栗色の髪の男の子です。名のったとき近くの席の子がふりむいたように、知られた家の子で、手のひらの上の光の玉ひとつとっても、まわりの子の印とはできがちがいます。おもしろいのは、それをじまんの種にするより先に、自分でうなずいて自分で満足しているところ。そして、灯らないリナを見る目に、量る色がないところです。「もったいないな。せっかく席があるのに」——かわいそうでも、みじめでもなく、ただ席がむだになっているという言いかた。この率直さが、これからのリナにとってどういう意味を持つのか。次回以降を、お楽しみに。


次の話もお楽しみに。


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