表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔力ゼロですが、魔法はぜんぶコードなので問題ありません 〜前世プログラマーの少女、キーボードで異世界をデバッグする〜  作者: せい | 健康優良不良プログラマ
第1部 ⑥「世界が、見つける」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
187/211

第187話 測りの儀

朝の早い光が灰色の石の門を白く照らしていた。


エルディンの石畳は、村の土とちがう。


踏むと、足の裏に固い音を返してくる。


門のむこうから、大勢の人いきれと、知らない香木のにおいが流れてきた。


学院の門は、見あげるほど高い。


両びらきの鉄の扉に、ひらいた本の形が彫りこんである。


招待状の蝋にあった、あの印だ。


街道を幾日も行き、昨日の夕暮れにはまだ、灰色の影でしかなかった。


その屋根の連なりがいまは目の前で、石とガラスのかたまりになっている。


(——着いた)


胸のなかで、そっと言った。


怖さは、まだ足の裏に残っている。


それでも、ここまで来てしまった。


◇◇◇


荷車を門のわきにとめて、父が手綱を置いた。


「ここまでだ」


短く、それだけ言った。


門の脇に、革鎧の門衛が二人立っている。


そのうちの一人がこちらを見て、口をひらいた。


「身分は」


「グレンフィールドのアルベルト。娘を、学院へ」


父が荷台から証書を出して見せると、門衛は一度うなずいた。


それから、父のほうへ手のひらを向けた。


「お子だけ、お通りを。平民の付き添いは、門の内には入れません」


知っていた。


王都で一度、父はおなじ言葉を聞いている。


平民は、門の内に入れない。


それでも、こうしてはっきりと言われると、胸の底がすこし冷えた。


父は表情を変えなかった。


「ふむ」


ただ、そう言った。


◇◇◇


父は荷台から、布でくるんだ荷をおろしてくれた。


図面。炭。替えの上着。


その底に、村の歯車がしまってある。


「忘れもんは、ないな」


「うん」


父は荷をわたしの腕に持たせると、大きな手をわたしの頭にひとつのせた。


工房で鉄を打つ、かたい手のひらだった。


「行ってこい」


それだけ。


「ありがとう」と言うのが、やっとだった。


声を長く出すと、足が村のほうへ戻りたがる。


それを、もう知っている。


わたしは前を向いて、門のほうへ一歩踏みだした。


うしろで荷車の車輪が小さくきしんだ。


ふりむかなかった。


◇◇◇


門の内がわに、一人の女の人が立っていた。


地味だけれど、仕立てのよい外套。


きっちりと結った髪。化粧の気配のない、まばたきの少ない目。


王都で一度会った、あの人だ。


「ミラ・カイザーです」と、その人は静かに言った。


「お久しぶりです、リナ。お待ちしていました」


王都の応接で会ったときとおなじ、一語ずつ卓に置くような話し方だった。


ミラは門のところまで来ると、父のほうへ軽く頭をさげた。


「ここから先は、わたくしがお預かりします」


父はミラの顔を、しばらく見ていた。


それから、もう一度わたしの頭に手をのせ、すぐに離した。


「娘を、よろしく」


「はい。たしかに」


ミラはそれだけ答えた。


余計なことを言わない人だ。


「ゆっくりで、かまいません」とミラは言った。


「あなたの足で、入ってきてください」


わたしはうなずいて、荷を抱えなおした。


門の敷居は、思ったより高い。


十三の足では、すこし大きくまたぐ。


敷居をまたぐとき、手首のノラの帯に、いちど触れた。


それから、前を見た。


◇◇◇


学院のいちばん大きな広間に、新入生が集められていた。


天井が高い。


色のついたガラスの窓から、午前の光が斜めに落ちている。


石の床に、わたしの足音がこつ、と響いた。


まわりはみんな、わたしより上等な服を着ている。


絹の上着。銀の留め金。家紋の入った肩布。


魔力を持つ家の子たち——選ばれた者たち。


そのなかで、わたしの旅装の上着は土のにおいがした。


(——場ちがいだ、わたしは)


頭では、わかっていた。


それでも、ここに立つと決めたのは、わたしだ。


帯を巻いた手首を、もう片方の手でそっと押さえた。


広間の正面に、低い壇がある。


壇の上に、こぶしほどの透明な結晶が台にのせてあった。


それを見たとたん、胸の奥がきゅっとなった。


おぼえがある。


むかし、村でもおなじことをした。


八つの春、祭司の前で、透明な石に両手をのせた。


あのときも、石はなにも返さなかった。


光はひとつも灯らなかった。


(——また、あれを)


◇◇◇


「測りの儀を、はじめる」


壇の上の老人が低い声で言った。


新入生が名を呼ばれた順に、壇へのぼっていく。


一人ずつ、結晶に手を触れる。


すると、結晶のなかに、淡い光がともる。


赤。青。みどり。


その子の持つ魔力の色が石のなかでゆっくりと回った。


広間のあちこちで、小さなどよめきが起きた。


「あの子、二色だ」


「名家の子はちがうな」


魔力の色が濃いほど、まわりの目が輝く。


それがこの場所のものさしだった。


魔力を持つこと。


濃い光を、石のなかに灯せること。


ここでは、それが値うちのすべてだった。


わたしの番が近づいてくる。


手のひらに、汗がにじんだ。


「リナ」


名を呼ばれた。


家名のない、ただの名前だ。


広間がすこしざわついた。


家名のない者がこの場にいることへの、ざわめき。


わたしは壇へのぼった。


結晶は近くで見ると、底のほうに小さな気泡を抱えていた。


ゆっくりと、両手をのせた。


つめたい。


村の石とおなじ、つめたさだった。


そして——なにも、起きなかった。


赤も、青も、みどりも。


結晶はただ透きとおったまま、午前の光をにぶく弾いていた。


広間がしんとした。


それから、ざわめきが波のように広がった。


「灯らない」


「魔力が、ないのか」


「魔力なき者が、なぜここに」


声はひそめられていたけれど、高い天井によく響いた。


わたしは結晶から手を離した。


手のひらに、石のつめたさだけが残った。


(——知っている)


灯らないことは、八つのときからずっと、知っている。


それでも、何百もの目が一度にこちらを向くと、足の裏が床から浮きそうになった。


肩がちぢこまりそうになった。


けれど、背すじはのばしたままでいた。


◇◇◇


壇のわきに、白髪の老人が立っていた。


藍色の長い衣。


膝のあいだに、一本の杖を立てている。


その杖の石突きが床を、とん、と突いた。


見おぼえのある、所作だった。


——あの人だ。


王都で、わたしの作った塔を、黙って見届けた人。


動くものを無用とは言えぬ、と言って、塔を壊さずに残してくれた人。


その人がいま、こちらを見ている。


低く、乾いた声が広間に落ちた。


「グレンフィールドの娘か」


「……はい」とわたしは答えた。


グランツ卿はわたしの顔を、しばらく見ていた。


それから、理事たちの並ぶほうへ、ゆっくりと向きなおった。


「異議がある」


声は大きくない。


けれど、広間のすみずみまで届いた。


「この学院は、魔力を磨き、受け継いだ技を使いこなすための場である」


杖がもう一度、とん、と鳴った。


「その場に、磨くべき魔力を持たぬ者が籍を置く。前例のない、逸脱だ」


ざわめきがぴたりとやんだ。


「操る魔力を持たぬ者が、ここで、何を学ぶ」


その問いは、わたしにまっすぐ向けられていた。


わたしは答えられなかった。


反論の言葉は、のどの奥まで出かかって、止まった。


——卿の言うことは、筋が通っている。


魔力を磨く場で、磨く魔力がない。


それはたしかにそのとおりだった。


王都の塔のときも、卿はおなじだった。


筋が通っているから、止める。


筋が通っているから、認める。


子どもだからとも、無能だからとも、卿は言わない。


ただ、決まりに照らして、逸脱だと言う。


だから、反論できない。


反論しようとすれば、ではお前に何ができる、と問われる。


そして、それに答えようとすれば——わたしのいちばん奥の、隠したものに、手が届いてしまう。


だから、わたしは黙っていた。


唇を結んで、ただ、卿の目を見かえした。


うつむきは、しなかった。


グランツ卿はわたしの目を、一度だけ受けとめた。


そして、ふっと、目をそらした。


言うべき筋を言い終えると、それ以上は何も言わなかった。


杖を支えに、ゆっくりと壇のわきへ退いていく。


白い髪がガラス窓の光のなかで、しずかに揺れた。


広間の奥のほうに、もう一人、こちらを見ている人がいた。


教師らしい、ずんぐりした体つきの男の人。


その目は、まわりの軽蔑とも、好奇ともちがった。


何かを、品定めするような目。


けれど、それが誰なのかは、まだわからなかった。


◇◇◇


広間のざわめきは、まだ消えなかった。


新入生たちの目がちらちらとこちらをうかがっている。


わたしは壇をおりた。


足がすこし震えていた。


ミラが壇のわきで待っていた。


わたしのとなりに来て、低い声で言った。


「よく、こらえました」


その一言で、こらえていたものが胸の奥でほどけそうになった。


「あの方は、正しいのです」とミラは言った。


「学院の決まりから見れば」


わたしはうなずいた。


そのとおりだと、わたしも思っていた。


「ですが」とミラは続けた。


「決まりが、すべてを言いあてているとは、かぎりません」


ミラの目は、まばたきが少なかった。


人を量る目でも、見くだす目でもない。


王都で会ったときとおなじ、本の一行を急がずたどるような、静かな目。


「あなたが何を見ているのか、わたくしには、まだ読めません」


ミラはそう言って、わたしの足もとに目を落とした。


震えていた足を、見られた気がした。


「でも、見えているものは、たしかにあるのでしょう」


その一言で、震えていた足が床にとまった。


◇◇◇


わたしは息を一つ、ゆっくり吐いた。


広間の高い天井を見あげた。


色のついたガラスから、午前の光がいくつもの色になって床に落ちている。


この場所の値うちは、魔力の濃さで決まる。


濃い光を、石のなかに灯せること。


わたしには、それがない。


八つのときから、ずっとない。


(——でも)


灯せないなら、灯せないままで、いい。


魔力で測られる場所に、魔力でない測りかたを、持ちこめばいい。


塔を作ったときも、そうだった。


魔力のないわたしが村のことばを、はるか遠くまで届かせた。


魔力でなく、仕組みで。


ここでも、おなじことができるはずだ。


(——ここで、作る)


何を、とはまだ言えない。


形も、仕組みも、まだ手のなかにない。


それでも、決めた。


魔力で灯らないこの石の前で、いつか、魔力でないやり方で、何かを動かしてみせる。


見えるところで。


◇◇◇


「教室へ、案内します」とミラが言った。


「あなたの席が、決まっています」


わたしは荷を抱えなおした。


ミラのうしろについて、広間を出る。


長い石の廊下を、午前の光が縞に区切っていた。


廊下のつきあたりに、一つの扉がある。


その扉のむこうに、わたしの教室がある。


まだ顔も知らない、誰かのとなりの席が。


扉の前で、わたしはいちど足をとめた。


手首の、ノラの織った帯に、指でそっと触れた。


ふぞろいの糸の、あたたかい手ざわりがした。


ここにも、村のにおいを連れてきている。


それだけで、息が一つ、深くなった。


扉の取っ手は、ひんやりと固い。


わたしは息を吸って、それに手をかけた。


そして、自分の教室の扉を、前へ押した。


■あとがき・解説


第187話は、リナが王立魔導技術学院の門をくぐり、入学式にのぞむ回です。前の回でエルディンの灰色の影を遠くに見たリナは、今回ついにその門にたどり着きます。けれど学院の門は、平民のお父さんを内には通しません。お父さんは門の前でリナの頭にひとつ手をのせ、「行ってこい」とだけ言って送り出します。門の内では、王都で一度会った世話役のミラ・カイザーが、「ここから先は、わたくしがお預かりします」と受け取り役にあらわれます。


入学式の核は、「測りの儀」です。新入生が一人ずつ、壇の上の透明な結晶に手を触れ、自分の魔力の色を石のなかに灯してみせる——この世界の通過儀礼です。赤、青、みどり。濃い光を灯せる子ほど、まわりの目が輝きます。けれど、リナの番が来て両手をのせても、結晶はなにも返しません。光は、ひとつも灯らない。広間がしんと静まり、それからざわめきが波のように広がります。「魔力なき者が、なぜここに」。


そこへ、白髪に藍色の長衣の老人——グランツ卿が、公式に異議を唱えます。卿は、王都でリナの作った塔を黙って見届け、「動くものを無用とは言えぬ」と言って塔を残してくれた、あの人です。卿は子どもだからとも無能だからとも言いません。ただ、決まりに照らして、「磨くべき魔力を持たぬ者が籍を置くのは、前例のない逸脱だ」と言う。筋が通っているからこそ、リナは反論できません。反論しようとすれば、いちばん奥に隠したものに手が届いてしまうから。リナは黙って、けれどうつむかず、卿の目を見かえします。


すべてを呑みこんだリナの足が震えるのを、ミラがそっととめます。「決まりが、すべてを言いあてているとは、かぎりません」「見えているものは、たしかにあるのでしょう」。リナは決めます。魔力で測られる場所に、魔力でない測りかたを持ちこむと。塔を作ったときと、おなじように。何を、どう作るのかは、まだ手のなかにありません。それでも——「(——ここで、作る)」。胸にそれだけを決めて、リナは自分の教室の扉を押します。


今回は、「測りの儀」「魔力なき者」「理事」について、ゆるく書いていきます。


■この話で出てきた言葉


■「測りの儀」——光で測られる場所


学院の入学式でおこなわれる、新入生の魔力を測る儀式です。透明な結晶に手を触れ、自分の魔力の色を石のなかに灯してみせる。じつはこれ、リナが八つのとき、村でも一度くぐった儀式とおなじ仕組みです。村では祭司が、八歳になった子の魔力量を測りました。あのときも、リナの手のひらの下で、石はなにも返しませんでした。だから今回、結晶が灯らないことを、リナは初めから知っています。知っていてなお、何百もの目が一度に向くのは、こわい。この世界では、濃い光を灯せることが値うちのすべて——その「ものさし」のうえに、リナだけが、灯らない手で立っています。


■「魔力なき者」——魔力を持たない人々


この世界の人の半分以上は、魔力をほとんど、あるいはまったく持たない「魔力なき者」です。社会的には下に見られ、自分の力で魔法を起こすことはできません。リナもこの階級です。学院は本来、魔力を持つ家の子——選ばれた者たちが、受け継いだ技を磨くための場所です。そこへ魔力なき者が籍を置くのは、たしかに前例のないこと。グランツ卿の異議は、意地悪ではなく、その「決まり」をまっすぐ口にしたものです。リナがこれから挑むのは、魔力という一本のものさしだけでは測れないものを、この最高学府の真ん中で示してみせることになります。


■「理事」——学院を運営する側の人


学院の運営にたずさわる、上の立場の人たちです。グランツ卿はその一人で、宮廷魔導士でもあり、古い決まりを重んじる保守派の中心にいます。リナにとって卿は、敵というより「筋の人」です。塔のときも、動くものを認めるところは認め、決まりに反するところは止めました。今回も、リナの席が決まりに反すると見れば、たとえ相手が子どもでも、式の場で正面から異議を唱えます。言うべき筋を言い終えると、それ以上はなにも言わず、ふっと目をそらして退いていく。この人とどう向きあっていくのかが、リナの学院生活のひとつの軸になります。


次の話もお楽しみに。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ