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魔力ゼロですが、魔法はぜんぶコードなので問題ありません 〜前世プログラマーの少女、キーボードで異世界をデバッグする〜  作者: せい | 健康優良不良プログラマ
第1部 ⑥「世界が、見つける」

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178/211

第178話 国王への報告

石の床が靴の裏からつめたかった。


磨きあげられた床は、高い窓からの光をぼんやりと返している。

香のにおいが天井のあたりで、うすくただよっていた。


謁見の間は、村の聖堂よりもずっと広かった。


足音ひとつが奥のほうまで届いて、長く消えていく。

その響きの長さで、部屋の大きさが知れた。


両わきには、太い石の柱がいくつもならんでいた。

柱と柱のあいだに、衛兵が身じろぎもせずに立っている。

だれひとり、ことばを発しない。


その静けさがかえって耳に痛いほどだった。

村の朝の、鳥や水の音のある静けさとは、まるでちがう。


(——息が浅い)


頭のほうは、落ちついていた。

これは報せの場だ。手みやげのような長い話はいらない。いる言葉だけを、まっすぐ置けばいい。


そう分かっているのに、足が床に張りついて動かなかった。

十三の身体は、この広さにすっかり気おされていた。


隣には、テオドール様が立っていた。


ここまで連れてきてくれた人だ。

わたしの肩のあたりに、そっと手を添えてくれている。


重い扉のむこうには、お父さんがいた。


平民は、この部屋には入れない。

だからお父さんは、閉じた扉のそとで待っている。

さっき別れぎわに、わたしの背を一度だけ、ぽんと叩いてくれた。


その手のあたたかさだけを、いまも背なかに覚えていた。


◇◇◇


奥の一段高いところに、その人は座っていた。


派手な冠も、きらきらした飾りもない。

濃い色の、地味な上着。

鬢には、白いものがまじっていた。


(——あの人が)


国王、ヴァルディオン三世。

この国でいちばん上に立つ人だと、聞かされていた。

そう聞いていたのに、思っていたよりもずっと静かな顔をしている。


テオドール様が一歩前へ出て、姿勢をただした。


「陛下。お連れいたしました」


低く、よく通る声だった。


「グレンフィールド村の鐘時計師、アルベルトの娘。リナにございます」


その名が高い天井のほうへ、ゆっくりとのぼっていった。


(——お父さんの仕事の名前だ)


鐘時計師、アルベルトの娘。

わたしの名は、お父さんの生業といっしょに呼ばれた。

村のちいさな工房の名がいま、王さまの部屋にのぼっている。


胸のおくがすこしあつくなった。


王の少し下手には、ヘルム様が立っていた。


塔のことを、国に対してまるごと引き受けている人だ。

責めを負うのは、ヘルム様。

図を引いたのは、わたし。


その役の分かれめは、もう何度も言いふくめられていた。

だからわたしは、ただ図を引いた者として、ここに立っていればよかった。


◇◇◇


王がこちらへ目を向けた。


塔のことでも、図のことでもない。

その前に立っているわたしのほうを、まっすぐ見ていた。


(——人を、見てる)


道の通りぐあいを見るグランツ様とは、目のつかいかたがちがう。

この人は、ものよりも先に、人を見る。

そう感じた。


「あの仕組みを」


みじかい声だった。


「どこで思いついた」


部屋がしんと静まった。


胸の底で、いくつもの言葉が一度に立ちあがった。

前世のこと。魔法のなかみが読める眼のこと。文字の底をたどる陣のこと。


どれも、口には出せない。


ここでひとつでも口にすれば、わたしはもう、ただの鐘時計師の娘ではいられなくなる。


(——見える言葉だけ)


そう、自分に言いきかせた。


喉のおくがからからに渇いていた。

膝のうらがこまかくふるえている。

それでも、出してよい言葉だけを、ひとつずつえらんだ。


「……村で、鐘を順に鳴らす仕掛けを、見ておりました」


声がすこし、ふるえた。


「ひとつ鳴ると、つぎが鳴る。決まった順に、鐘が鳴っていきます。あれをずっと見ていて」


王は口をはさまず、ただ聞いていた。


「正しいかどうかを、人ではなく、仕掛けのほうに確かめさせれば」

「とちゅうで間違えずに、最後まで届くのではないかと、思ったのです」


ほんとうの底は、ぜんぶ呑みこんだ。

それでも、嘘は言っていない。

村の鐘も、確かめる仕掛けも、たしかにこの目で見てきたものだった。


いちばん大事なところだけは、舌の裏にしまってある。

それは、だれにも渡せないものだった。


王は、しばらく黙っていた。


それから、ひとつだけうなずいた。


「鐘の音、か」


低い声だった。


「よう見ておった」


(——気づいてる)


指の先が、つめたくなった。

この人は、わたしが何かを呑みこんだことに、たぶん気づいている。


それでも、踏みこんでこなかった。

見えているところで、静かに立ちどまった。


◇◇◇


「リナ」


王がわたしの名を呼んだ。


「そなたの働きを、国として認める」


みじかい言葉だった。


官位をやる、とも。

褒美をとらせる、とも言わなかった。

ただ、認める、と言った。


(——認める、だけ)


塔を国じゅうで使う、という話ではなかった。

それを決めるのは、この部屋にはいない大勢の人たちだ。

貴族や、ギルドや、宮廷の人たち。

王ひとりの言葉で、何もかもが決まるわけではない。


それでも、「認める」の三文字は重かった。


紙だけが先にこの都を歩いていた。

十一の娘が示した筋道、という評判だけがわたしよりも先に王都へ着いていた。


その評判がいま、本人に追いついた。


王の口から、わたしの名が出た。

お父さんの生業の名といっしょに、国に名指しで認められた。


胸のおくがまた熱くなった。

村も、お父さんの工房も、ここまで届いたのだと思った。


鐘の音のする、あのちいさな工房。

油と鉄のにおいのする、お父さんの仕事場。

その名前がいま、王さまの口にのぼっていた。


——でも。


その熱のすぐ裏で、つめたいものがひとすじ流れた。


名指しで認められた、ということは。

名指しで、探せる娘になった、ということでもあった。


これまでは、紙だけが歩いていた。

これからは、顔のついたわたし一人を、たくさんの人が探せるようになる。


誇らしさと、そのつめたさが同じ胸のなかでうまく分かれてくれなかった。


どちらかひとつなら、楽だった。

うれしいだけ、か。こわいだけ、か。

そのどちらでもなく、ふたつは背中あわせのまま、胸に居すわっていた。


◇◇◇


部屋のはしに、もう一人いた。


杖をついた、年かさの人。

グランツ卿だった。


塔を壊そうとして、最後の最後に上申を引いた人だ。

きょうは、ただ列席しているだけだった。

ひとことも、わたしには話しかけてこない。


それでも、その人の横顔を見たとたん。


――世界の読み取りの層が揺らがねば、よいが。


塔が動いたあと、去りぎわにこぼした、あの独りごとがよみがえった。


背なかを、つめたいものが一度だけ走った。


(——なんでもない)


そう思おうとした。

グランツ卿は、こちらを見てもいない。


胸の底にひっかかったその一言を、わたしはそっと押しこめた。

いまは、口を閉じているしかなかった。


◇◇◇


謁見が終わると、テオドール様にうながされて、わたしは部屋を出た。


重い扉がうしろでゆっくりと閉まる。

ごと、と低い音がした。


廊下には、昼の光がさしていた。


高い窓から、白い光がまっすぐに落ちている。

謁見の間の、うすぐらい香のにおいとはちがう、かわいた明るさだった。


その光を浴びて、やっと肩から力がぬけた。

張りつめていた背すじがすこしだけゆるむ。


扉のわきに、お父さんが立っていた。


何があったのか、お父さんは何も聞かなかった。

わたしの顔をひとめ見て、ただ一度だけうなずく。


それだけで、よかった。


胸にかかえた帳面の角が手のひらに食いこんでいた。

気づくと、にぎった手がじっとりと汗ばんでいる。

王さまの前では、こわばって冷えきっていた手だった。


認められた。

それは、たしかにうれしいことだった。


うれしいのに、背なかのつめたさだけは、いつまでも消えてくれない。


胸の帳面を両うでですこし強くかかえなおす。

革靴の底が石の床をこつこつと打つ。

その音だけが長い廊下のさきへ、まっすぐにのびていった。


■あとがき・解説


第178話は、リナが国王ヴァルディオン三世に引き合わされる回でした。塔が動き、廃棄を免れ、家族へ第一報を送り——そこまで来てようやく、国が「グレンフィールド村の鐘時計師の娘」を正式に認めます。派手な栄誉の回ではありません。官位ももらわず、褒美ももらわず、塔が国じゅうで使われると決まったわけでもない。ただ「認める」と言われる。それだけの回です。


けれどリナにとって、この「それだけ」はとても大きく、そして少しだけこわいものでした。今回は「人を見る眼」「見える言葉だけ」「認める、だけ」について、ゆるく書いていきます。


■この話で出てきた言葉


■「人を見る眼」——国王ヴァルディオン三世


この国でいちばん上に立つ人が、はじめて本人として登場します。派手な冠も飾りもなく、濃い色の地味な上着、鬢には白いもの。思っていたよりずっと静かな顔をした人です。立憲君主なので、王の一存で何もかもが決まるわけではありません。塔を国じゅうで使うかどうかを決めるのは、この部屋にいない貴族やギルドや宮廷の人たち——それは、もっと先の話です。


この王の特徴は「人を見る眼」です。塔を壊そうとしたグランツ卿が「道(理)」を見る人だとすれば、王は、その前に立っている人そのものを見ます。だから問いも短い。「あの仕組みを、どこで思いついた」。たったそれだけで、リナはいちばん答えにくいところを突かれます。


■「見える言葉だけ」——呑みこんだ底


王の短い問いに、リナの胸の底ではいくつもの言葉が一度に立ちあがります。前世のこと。物のなかみが見える眼のこと。文字の底をたどる陣のこと。どれも、口には出せません。ひとつでも明かせば、リナはもう、ただの鐘時計師の娘ではいられなくなる。


だからリナは「見える言葉だけ」で答えます。村で鐘を順に鳴らす仕掛けを見ていたこと。正しいかどうかを、人ではなく仕掛けのほうに確かめさせれば、間違えずに最後まで届くと思ったこと。嘘は言っていません。村の鐘も、確かめる仕掛けも、たしかにこの目で見てきたものです。けれど、いちばん大事なところだけは、舌の裏にしまいました。


おもしろいのは、王がそれに気づくところです。「鐘の音、か。よう見ておった」。この人は、リナが何かを呑みこんだことに、たぶん気づいている。それでも踏みこんでこない。見えているところで、静かに立ちどまる。問いつめないことが、いちばんの威厳でした。


■「認める、だけ」——誇らしさと、うすい寒さ


王は「そなたの働きを、国として認める」と告げます。官位もない、褒美もない、全面採用でもない。けれど「認める」の三文字は重い。これまでは、リナの名と評判だけが、本人より先に王都を歩いていました。その評判が、いまやっと本人に追いつきます。お父さんの生業の名といっしょに、村の小さな工房の名が、王さまの口にのぼる。誇らしさで胸の奥が熱くなります。


ところが、その熱のすぐ裏で、つめたいものがひとすじ流れます。名指しで認められたということは、名指しで探せる娘になったということでもある。誇らしさとそのつめたさが、同じ胸のなかでうまく分かれてくれない——この「分かれてくれなさ」が、この先しばらくリナについて回ります。部屋のはしに黙って座っていたグランツ卿の、あの去りぎわの独りごとも、ふいに背なかをよぎります。認められた帰り道、リナの手のひらは、うれしいのにじっとり汗ばんでいました。


次の話もお楽しみに。


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