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魔力ゼロですが、魔法はぜんぶコードなので問題ありません 〜前世プログラマーの少女、キーボードで異世界をデバッグする〜  作者: せい | 健康優良不良プログラマ
第1部 ⑥「世界が、見つける」

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171/211

第171話 試運転失敗

武具蔵に、火が入った。


昨日まで落ちていた火が、今朝は棚の奥で灯っている。

焼けた石のにおいが朝から蔵にこもっていた。


(——今日は、火がある)


棚の前に、減った技師たちが集まっていた。

半分に減っても、今日のためにみな手を空けてきた。

誰も口をきかない。火の音と、布のこすれる音だけが蔵に満ちていた。


送りの口に、いちばん長い布を掛ける。

村への伝言の経路を、端から端まで一度で検める布だった。

まだ一度も通したことのない、ひと巻きまるごとの布。


わたしはその端を、両手で持ち上げた。

ゆうべ父と二人で、ひと穴ずつ空けた布だった。

十三になった腕で持っても、思っていたよりもずっと重かった。


◇◇◇


アディラが、入口の灯りの陣に火を入れた。


まっすぐな背のまま、迷いのない手で。

何百もの石が奥から順に灯っていく。蓄魔石から、力が道を伝って回りはじめた。


ヘルムが、低く言った。


「送れ」


送り爪が、かちりと布を噛んだ。

かち、かち、と布が一目ずつ進む。読み取りの目が穴を拾っていく。


足す石が灯る。較べる石が灯る。覚える石が、いちど灯って消える。

布が進むたびに、灯りの列が右から左へさざ波のように動いた。


(——進んでる)


布は長かった。

進んでも進んでも、まだ巻きの半分も送れていない。

誰も息をしない。手の甲に火ぶくれをこしらえた若い技師が布の端を見つめて、固唾を呑んでいた。


布が、終わりに近づく。

最後のひと目が読み取りの目を抜けた。

灯りの列がふっと、ひとつの形に落ち着いた。


「正しくない」の灯りだった。


◇◇◇


蔵が、しんとした。


(——違う)


その布の経路は、崩れていない。

村まで届く線を、わたしは知っている。一目ずつ、父と二人で空けた。正しい布だった。

それなのに、機械は「正しくない」と返した。


「……もう一度」


わたしは布を巻き戻した。

送り爪に掛け直し、同じ布を同じ順で送る。


かち、かち、と布が進む。

灯りの列がまた右から左へ波打って——終わりまで来て、止まった。


また、「正しくない」の灯りだった。


それも、さっきと寸分たがわない形で。

同じ石が、同じところで間違えていた。


(——同じだ)


同じ布だ。同じ順で送った。

だから同じ答えが返るのは、おかしくない。

おかしいのは、その同じ答えが間違っていることだった。


壊れているなら、まだいい。壊れているなら、走らせるたびにばらばらに転ぶ。

これは違う。何度送っても、寸分たがわず同じ一点で間違える。

正しく、間違えていた。


◇◇◇


そこから先は、長い昼だった。


布を崩して試した。わざと一目欠かした布を通すと、機械は律儀に「正しくない」と返す。

正しい布に戻すと、何度送っても、同じところで「正しくない」と返した。

壊れてはいない。壊れていれば、こうも律儀には間違えない。


わたしは灯りの陣を、一つずつ眼で覗いていった。

足す石の陣。較べる石の陣。覚える石の陣。

どの陣も、溝の一筋まで設計どおりに閉じていた。崩れた陣は、ひとつもない。


(——陣は、ぜんぶ正しい)


石も、一つずつ取り出して試した。

覚える石を一粒だけ動かすと、ちゃんと覚える。来たことを覚え、揺れたことを覚える。

一粒では、間違えない。


部分は、どれも正しかった。

それなのに、ぜんぶ繋いで長い布を通すと、機械は決まって同じところで何かを取りこぼす。

いつも、同じ一点で。


陣ではない。石でもない。

だとすれば、残るのは石と石のあいだ。力を渡す、道のほうだ。


◇◇◇


わたしは、道を指で辿りはじめた。


蓄魔石から出た力がどの石へ、どの順で渡るか。

棚の裏に回って、銅の道を一筋ずつ指でなぞる。陣のように、眼では読めない。読めないから、指で辿るしかなかった。


棚は高かった。

いちばん上の道に指を届かせるには、踏み台に乗って、背を伸ばさなければならない。

十三の身体はまだ棚を見上げる側だった。前世の頭はもう答えを掴んだ気でいるのに、手がそこへ届かない。


道は、数えきれなかった。

何百もの石を結ぶ道が棚の裏で網のように絡んでいる。

端から端まで辿るだけで、指がかじかんだ。一筋ごとに、どこにも切れも焦げも見つからない。


(——どこにある)


父が、棚のそばに白湯を置いた。


「替えは、いつでも出す」


焼けた覚える石を枠ごと引き出せるようにと、父が作った仕組みだった。

父はそれだけ言って、また棚の影へ戻っていった。

白い湯気が冷えた蔵に細く立っていた。


◇◇◇


日が暮れても、道は見つからなかった。


アディラは、何度めかの点火をしていた。

試すたびに陣の火は落ちる。落ちるたびに、この人が一つずつ入れ直す。論を張る場と、火を入れる場と、両方にこの人が立っていた。

幾度めかの詠唱で、その声がほんのわずかにかすれた。かすれても、アディラはまた次の火を入れた。


技師たちが一人、また一人と壁ぎわで腰を下ろした。

ニルスは、もう何も言わなかった。

ただ、間違えたままの灯りの列をじっと見ていた。


蔵の窓の外で、夜が更けていく。

わたしは踏み台の上で、まだ道を辿っていた。指の感覚が、とうに失せていた。


(——あと、もう少し辿れば)


ふいに、遠い昔の手つきが指に戻りかけた。

あと少し辿れば。あと一筋見れば。それで、見つかる。

そう思って手を止めなかった、前世の癖だった。


棚を見上げると、目の奥がじんと滲んだ。

道は、まだ半分も残っていた。


◇◇◇


ヘルムが、踏み台のそばに来た。


「降りろ」


太い声だった。

わたしが動かないでいると、ヘルムはもう一度低く言った。


「今夜は、もう道は見えん。お前の目は、夜のあいだに焼け切れるぞ」


わたしは踏み台を降りた。

膝が思ったより笑った。


ヘルムは間違えたままの灯りの列を、しばらく見ていた。

それから、太い手で顔を一度こすった。


「賭けだと言ったのは、俺だ。負けたぶんは、俺が背負う」


低い声だった。


「だが、これは——向こうの耳に入る。明日には、宮中も知る」


ヘルムは間違えた灯りから目を離さなかった。


「向こうは、これを待っていた。動いたうちは玩具と笑い、動かなくなれば、今度は要らぬと言う。——口実を、こちらが渡しちまった」


◇◇◇


蔵の火が、一つずつ落とされていく。


明日、また点けるために、いまは休ませる。

最後にアディラが、入口の陣の火を落とした。

何百もの灯りが奥から順に消えていった。


送りの口には、いちばん長い布が途中で止まったまま掛かっていた。

端から端まで、村への線を引いたはずの布だった。

その下で、間違えたままの灯りがひとつだけ、まだ赤く残っていた。


わたしは、その灯りに手を伸ばせなかった。

止まった布の端に、かじかんだ指でそっと触れた。

布に、間違いはない。間違えているのは、機械のほうだ。

それがどの道のせいなのかは、夜が更けても分からなかった。


■あとがき・解説


第171話は、いちばん長い穿孔布を端から端まで一度で通す「通し試運転」——ヘルムが張った賭けが、外れる回でした。部分はどれも正しいのに、通すと機械が答えを取りこぼす。原因が掴めないまま、夜が更けていきます。


今回は「正しいのに、正しくない」「正しく、間違えていた」「向こうは、これを待っていた」について、ゆるく書いていきます。


■この話で出てきた言葉


■「正しいのに、正しくない」——勝っていたはずの場所での躓き


村への伝言の経路を引いた、いちばん長い布。リナが父と二人で、ひと穴ずつ空けた布です。経路は崩れていない。リナはそれを知っている。それなのに、機械は終わりまで来て「正しくない」の灯りを返しました。


これまで塔は、正しいものを正しいと、間違ったものを間違いと、律儀に選り分けてきました。その律儀さこそがグランツとの戦いでリナが拠って立つ唯一の足場だった。だからこの一回の「正しくない」は、ただの不具合ではない。確かめられること——それだけがリナの武器だったのに、その武器がいちばん大事な一回で、自分でも理由の分からない答えを返したのです。


■「正しく、間違えていた」——壊れているより、たちが悪い


もう一度、同じ布を同じ順で送る。今度こそ、と思う。けれど灯りは、さっきと寸分たがわない形で、また「正しくない」を返しました。同じ石が、同じところで間違える。リナは、その灯りを喜べません。


壊れているなら、まだいい。壊れているなら、走らせるたびにばらばらに転ぶ。直すべき場所が、そのうち姿を現す。けれどこれは違う。何度送っても、寸分たがわず同じ一点で間違える。機械は気まぐれに壊れているのではなく、律儀に、正しく、間違えている。リナは陣を一つずつ眼で覗き、どれも設計どおりに閉じていることを確かめてしまう。石も一粒ずつ試すと、ちゃんと覚える。部分はどれも正しい。それなのに、ぜんぶ繋いで長い布を通すと、決まって同じ一点で何かを取りこぼす。陣でも石でもないなら、残るのは石と石のあいだ——力を渡す、道のほう。眼で読めるのは陣だけ。指で辿るしかない銅の道のどこか一本に、繋ぎ違えがある。リナはそこまで掴むのに、その一本が何百本のどれなのかは、まだ分かりません(その一点に気づくのは、もう少し先)。


■「向こうは、これを待っていた」——失敗が、口実になる


夜更け、踏み台を降りないリナに、ヘルムが「降りろ」と言います。賭けに負けたぶんは、おれが背負う、と。太い声でそう言ったあとで、ヘルムは間違えたままの灯りから目を離さずに続けます。「これは——向こうの耳に入る。明日には、宮中も知る」。


動いたうちは玩具と笑い、動かなくなれば、今度は要らぬと言う。グランツにとって、塔が止まったことは待ち望んだ報せでした。前話までは「正しく動く」ことそのものが反対の根拠にされていた。今度は「動かなくなった」ことが、解体の口実になる。どちらに転んでも刃が来る——その構図が、ヘルムの一言ではっきりします。村への線を引いたはずの長い布は、送りの途中で止まったまま掛かり、その下で間違えたままの灯りが、ひとつだけ赤く残っていました。この赤い灯りが、次の話でグランツ卿の「廃棄の上申」を呼び込みます。


次の話もお楽しみに。


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