↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔力ゼロですが、魔法はぜんぶコードなので問題ありません 〜前世プログラマーの少女、キーボードで異世界をデバッグする〜  作者: せい | 健康優良不良プログラマ
第1部 ⑥「世界が、見つける」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
165/211

第165話 部屋サイズの設計

三日めの朝。

窓の下の床が、まだ冷たい。

卓の上に、ふたつの石が並んでいる。


きのう、足りなさをこしらえた。

石が強すぎるなら、力のほうを細くすればいい。

動力を継ぐ銅の線を、針金ほどの細さに替えた。


(——分け合うぶんを、減らす)


ひとつの蓄魔石から流れる力を、わざと絞る。

ふたつの石が、それを奪い合うように。

強いほうが勝って、弱いほうは灯れない。村の屑石が、ひとりでにやっていたことだ。


アディラが、灯りの陣を浅く書き直してくれた。

わたしは陣には触れない。

炭を握って、銅の細さと窓の角度を、別の紙に控えるだけだ。


◇◇◇


アディラが点火した。

わたしは細い針で、右の石を押した。


ぽ、と右が灯る。

左は、暗いままだった。


針を離す。

右はそのまま灯っている。左は、ずっと暗い。


(——覚えてる)


押したのは右だと、石が保っていた。

もう一度。今度は左を押す。左が灯って、右が消えた。

押した形が、針を離しても残る。


「……立ちましたね」


アディラが覗き窓へ顔を寄せた。

墨のついた指が、灯ったほうの縁を、そっとなぞる。


「足りないほうが、よかった」


きのうのわたしの言葉を、なぞるように言った。


年かさの技師が、秤の手を止めて覗きにきた。

ごつい指で、卓のふちを軽く叩く。


「これが、覚えるのか」

「片方だけ。押したほうを」


低くうなって、技師はまた秤へ戻った。


◇◇◇


うれしさは、長くもたなかった。


覚える石、ひとつ。

それは、灯りひとつぶん。点いたか、消えたか。それだけだ。

数にすれば、いちばん小さな桁の、半分にもならない。


わたしは木片を並べはじめた。

ひと桁を覚えるのに、石がいくつ要るか。

くり上がりを次へ送るのに、いくつ要るか。

ふた桁を数えたところで、もう指が足りなくなった。


(——足し算、ひとつ)


豆を置いていく。

ひと桁。ふた桁。み桁。

それを足して、答えを覚えて、次の桁へ送る。


数えるそばから、木片の山が崩れた。

ひと桁ぶんの覚える石を数えて、桁の数だけ重ねて、くり上がりの道を足して——


豆が、卓からこぼれて落ちた。


何百。

ううん、足し算ひとつでも、何百だ。

それを幾度もくり返す塔なら、すぐに千を超える。


(——部屋、ひとつぶん)


手のひらの石は、こんなに小さい。

親指の先ほどしかない。

それを千、積む。棚に積む。床から、天井まで。


わたしは背伸びをして、ありもしない天井を見上げた。

卓のへりに手をかけても、爪先立ちで、やっと天板が見える背丈なのに。

いちばん上の棚には、きっと、手が届かない。


そこまでの高さに、石を積むことになる。


◇◇◇


炭を握り直した。

紙のまんなかに、四角をひとつ。

これが、塔の胴になる。


まず、棚だ。


石を千も積むなら、置き場が要る。

父の工房の道具棚を、思い出した。

釘の大きさごと、刃の長さごとに、桝目が切ってある棚。あれを、もっと高く、もっと深く。


桝目ひとつに、覚える石をひと組。

段は、手の届く高さで区切る。

点検する人が梯子で登って、どの段のどの桝目かを言える。そういう棚。


(——どこが壊れたか、言えること)


次に、配線。


石と石を、銅の線で継ぐ。

力の通る道——魔力の経路だ。

覗き窓ごしに陣は読めても、銅の線そのものは、わたしの眼には読めない。


ここは、見て分かる場所じゃない。

指で、一本ずつ、たどるしかない。


見学した日の景色が、よみがえった。

計算を変えるたびに線を組み替えて、徹夜で倒れかけていた技師。

あの地獄を、もう一度くり返してはいけない。


だから——線は、ばらばらに這わせない。

桝目の脇に、決まった筋目を彫って、そこだけを通す。

こっちの道は赤い線、あっちの道は青い線。色と道筋を、はじめから決めておく。


(——迷子の線を、作らない)


一本が切れても、どの石とどの石のあいだかが、すぐ分かるように。

眼で読めないぶんを、指で読めるように、並べておく。


それから、入口と出口。


塔に「何をさせるか」を、教えてやらないといけない。

頭に浮かんだのは、母の織機だった。

布に穴をあけて、機械に読ませる、あの布。


家で織ったのは、手のひらに乗るほどの布だった。

塔には、それでは小さすぎる。

帯のように長くて、幅の広い布が要る。何百の命令を、いちどに送れる布が。


(——母さんの布を、大きくする)


出口は、灯りの列にしよう。

塔が出した答えを、覚える石の灯りで、ずらりと並べて見せる。

点いた、消えた、点いた——それを読み取り板で数に直す。


入口は、穴のあいた布。

出口は、灯りの列。

そのあいだに、棚と、配線。


四角の中に、三つを描き込んだ。

棚。配線。布と灯り。


(——これで、塔になる)


◇◇◇


戸口に、足音。

ヘルムが、図をのぞきこんだ。

腕を組んだまま、しばらく黙っている。


太い指が、四角のいちばん外の線を、とんと突いた。


「でかいな」


「……はい。部屋ひとつ、まるごと要ります」


ヘルムはふん、と短く鼻を鳴らした。

それから、窓の外へ目をやる。

宮殿の塔がいくつも、朝の光に立っていた。


「物が大きくなるとな」

低い声だった。

「どこに置くかで、人が揉める」


「……場所、ですか」


「この作業場じゃ、入らん。広間がいる。広間は、宮中のものだ」


腕を組んだまま、ヘルムはもう一度、塔のほうを見た。


「動くか動かんかの前に、どこに建てるかでひと悶着ある。覚えておけ」


それだけ言って、戻っていった。

廊下に、足音が遠ざかる。


(——どこに、建てるか)


図の上では、塔はもう立っている。

四角の中に、棚があって、線があって、布と灯りがある。

それなのに、この四角を本当に置く床は、まだどこにもなかった。


◇◇◇


日が高くなった。


卓の上には、図面が一枚。

そのわきに、覚える石が、ひと組。

朝に押した右の灯りが、まだ、消えずに点いている。


わたしは灯ったほうの縁を、指でそっと押さえた。

小さい。親指の先ほどだ。


これを、千。

床から、天井まで。


豆が一粒、卓の隅に転がったままだった。

わたしはそれを拾って、図面のまんなかの四角の上に、ことりと置いた。


■あとがき・解説


第165話は、覚える石がついに立ち、その喜びもつかのま、リナが「これは部屋ひとつぶんになる」と気づく回でした。


今回は「足りなさを、こしらえる」「部屋ひとつぶん」「迷子の線を作らない」について、ゆるく書いていきます。


■この話で出てきた言葉


■「足りなさを、こしらえる」——立った覚える石


前話の発見は、貧しさ(奪い合い)が記憶を生む、というものでした。


ならば、わざと足りなくすればいい。動力を継ぐ銅の線を針金ほどに細くして、ふたつの石が分け合う力を絞る。強いほうが勝ち、弱いほうは灯れない。村の屑石がひとりでにやっていたことを、設計で作り出す。三日めの朝、押した形が針を離しても残る——覚える石が、王都の素材でようやく立ちました。「足りないほうが、よかった」というアディラの言葉に、この回の逆説を込めています。


■「部屋ひとつぶん」——規模に潰されかける


けれど喜びは長くもちません。覚える石ひとつは、灯りひとつぶん。点いたか消えたか、それだけ。


豆と木片で桁を数えはじめると、ふた桁で指が足りなくなる。足し算ひとつでも石が何百。それをくり返す塔なら、すぐに千を超える。親指の先ほどの石を、床から天井まで積む——爪先立ちでやっと天板が見える背丈のリナが、ありもしない天井を見上げる。発明の正しさが、そのまま「部屋ひとつぶん」という重さになって返ってくる場面です。


■「迷子の線を作らない」——あの地獄をくり返さない


塔の物理設計を、リナは三本柱で詰めます。棚(父の工房の道具棚)、配線(魔力の経路)、入口と出口(母の織機の布を大きくしたものと、灯りの列)。


配線で思い出すのは、計算を変えるたびに線を組み替え、徹夜で倒れかけていた技師の姿(配線差し替えの地獄)。だから線はばらばらに這わせず、決まった筋目に色と道筋を先に決めて通す。一本切れても、どの石とどの石のあいだかがすぐ分かるように。眼で読めない銅線を、指で読めるように並べておく。そして最後に、ヘルムが「物が大きくなると、どこに置くかで人が揉める」と前振りします。図の上では塔はもう立っているのに、それを本当に置く床は、まだどこにもない。建造編へ向けて、技術の壁の次に「場所の壁」を立てたところで閉じました。


次の話もお楽しみに。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。