表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔力ゼロですが、魔法はぜんぶコードなので問題ありません 〜前世プログラマーの少女、キーボードで異世界をデバッグする〜  作者: せい | 健康優良不良プログラマ
第1部 ⑥「世界が、見つける」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
164/211

第164話 真空管/フリップフロップ

ゆうべは、宿の窓から王都の灯りが見えた。

村の夜は真っ暗だったのに、ここは夜通し灯りが絶えない。父は何も言わず、冷めたパンを半分こにして寄越した。


覚える石がひとつ立てば、塔は手順を覚える。

村まで引いた線も、いつか機械のほうで正しさを確かめられるようになる。

ノラはいつも便りで訊く。「とうは、たちましたか」。いつかその問いに、立ったよ、と返せる。それが、この石の先にあった。


(——だから、これは、ただの作りものじゃない)


萌の月の朝、開けた窓から風が入ってきた。


まだ床は冷たい。

卓の上に、石がいくつか並んでいる。

王都の石。芯まで詰まった、つやのあるやつだ。


手のひらにひとつ、のせてみた。

重い。

(——上等だ)


村の屑石とは、まるでちがう。

あれは軽くて欠けやすく、灯りもふらついた。

この石は握っただけで分かる。中身が、みっちり詰まっている。


「これなら、ふらつきません」


アディラが言った。

筆の先に墨を含ませて、石の面へ細い陣を引いていく。

迷いのない手だった。


わたしは陣には触れない。

触れないと決めている。

炭を握って、別の紙に図を描くだけだ。


ふたつの石。あいだを継ぐ、銅の線。灯りを覗く、小さな窓。


◇◇◇


まず、ひとつめ。

押せば灯り、離せば消える。

それだけの石だ。


アディラが陣を書いた石を、銅の窓にはめた。

蓄魔石を継ぐ。

わたしは細い針で、石の縁をそっと押した。


ぽ、と灯った。

針を離す。

すっと消えた。


もう一度。押す。灯る。離す。消える。

きれいだった。


(——村では、こうはいかなかった)


家の棚で組んだときは、屑石がいちいちぐずった。

押しても灯らない。離しても、しばらく赤いままだった。

ここの石は、素直に応える。


「いい石ですね」


わたしが言うと、年かさの技師がうなずいた。

秤の皿に石をのせ、釣り合うふたつを選り分けている。

ごつい指の先が、意外なほど細かく動いた。


わたしの手では、石をふたつ、一度には持てない。

両手でひとつ抱えるのがやっとだ。

技師は片方の手で、ひょいと三つも掬った。


◇◇◇


ふたつめ。

これが、本番だった。


押された形を、覚える石。

ふたつの灯りを銅の線で継いで、ひとつの蓄魔石を分け合わせる。

片方を押せば、その片方だけが灯って——そのまま、覚えている。はずだった。


アディラが点火した。

わたしは針で、右の石を押した。


ふたつとも、灯った。


(——おかしい)


押したのは右だけだ。

なのに左も、平気な顔で灯っている。

針を離しても、ふたつとも灯ったままだった。


覚えない。

どちらが押されたのか、石は何も保っていなかった。


「分け合って……いませんね」


アディラが覗き窓へ顔を寄せた。

墨のついた指で、銅の線をたどる。


「両方に、行き渡ってしまう」


◇◇◇


動力を絞った。

蓄魔石を、小さいのに替える。

それでも、ふたつとも灯った。


陣を浅く書き直してもらった。

覗き窓の角度を、爪の先ほど削った。

銅の線を、細いのに継ぎ替えた。


何度やっても、ふたつとも灯る。

押した形は、どこにも残らなかった。


夕方の光が、床に長く伸びていた。


わたしは奥歯を噛んだ。

村でなら、できた。

あのとき、わたしは陣の隅に、小さな枝を一本足した。

片方が灯ったら、もう片方をそっと抑える、その枝を。


(——枝を、足せば)


指が、炭の上で動きかけた。

左の石の陣に、抑えの一画を——


止めた。


ここでは、書かない。

わたしが陣を書くことは、だれにも見せないと決めている。

炭を、紙の端へ置いた。


(——繋ぎ方で、代える)


枝に頼らず、線の継ぎ方だけで、同じことができないか。

やってみた。

立たなかった。


◇◇◇


戸口に、ヘルムが立っていた。

いつから見ていたのか、腕を組んでいる。


卓のふたつの灯りを、しばらく眺めた。


「立たんか」


低い声だった。


「……まだ」


わたしが答えると、太い指で覗き窓のふちを、とんと叩いた。


「焦るな。明日もある。明後日もだ」


それだけ言って、戻っていった。

廊下に、足音が遠ざかる。

上で何があろうと、ここの手は止めさせない——そういう背中だった。


◇◇◇


灯りが、ふたつ。

卓の上で、仲よく灯っている。

それが、わたしにはどうしてもおかしかった。


村のあれは、覚えた。

強くもない、欠けかけた屑石で、ちゃんと覚えた。

なのに、この上等な石が覚えない。


なぜ。


手のひらの石を、もう一度握った。

重い。みっちり、詰まっている。

村の屑石は、もっと軽かった。


軽くて、弱くて、足りなかった。


そこで、息が止まった。


(——足りなかったから、だ)


村の屑石は、どれも弱かった。

ひとつの蓄魔石を分け合うと、両方を灯すだけの力が、なかった。

だから、ふたつが奪い合った。

強いほうが勝って、弱いほうは、灯れなかった。


片方しか灯れない。

どちらが勝ったかを、石は覚えていられた。


(——貧しさが、覚えさせていた)


この石は、強すぎる。

ひとつの蓄魔石でも、ふたつとも余裕で灯る。

奪い合う必要が、ない。

だからどちらも譲らない。どちらも覚えない。


(——強すぎて、選べない)


豊かさが、記憶を壊していた。


◇◇◇


アディラが、筆を置いた。


「……どうかした。こわい顔」


わたしは灯ったままのふたつの石を、指した。


「強すぎるんです。この石は」


うまく言えるか分からないまま、続けた。


「ふたつが奪い合うくらいが、ちょうどいい。——勝ち負けがつかないと、覚えられない」


アディラが、目をしばたたいた。

それから覗き窓のふたつの灯りを、ゆっくり見た。


「……足りないほうが、よかった、と」


「足りなさを、こっちで作ります。明日」


窓の外は、もう暗い。

卓の上で、ふたつの石が、まだ譲らずに灯っていた。


わたしは蓄魔石を外した。

ふたつの灯りが、同時に消える。

あとには、墨と、焦げた魔石の匂いだけが残った。


■あとがき・解説


第164話は、王都の上等な素材で「覚える石」を組み直そうとして、なぜか動かない——その理由にリナが気づく回でした。


今回は「覚えない石」「貧しさが、覚えさせていた」「書かない枝」について、ゆるく書いていきます。


■この話で出てきた言葉


■「覚えない石」——豊かさが壊すもの


村では、欠けかけた屑石でも「覚える石」が立ちました。なのに、芯まで詰まった王都の上等な石で組むと、ふたつとも灯ったまま、どちらが押されたかを覚えない。


動力を絞り、石を選り分け、陣を浅く書き直し、覗き窓を削っても、結果は同じ。押した形は、どこにも残らない。技術の話を積み上げてきたリナが、はじめて「上等な材料ほど動かない」という逆説にぶつかります。


■「貧しさが、覚えさせていた」——核心の発見


リナが掴んだ答えは、直感に反するものでした。村の屑石は弱くて、ひとつの動力を分け合うと両方を灯すだけの力がなかった。だから、ふたつが奪い合う。強いほうが勝ち、弱いほうは灯れない。片方しか灯れないからこそ、どちらが勝ったかを石は覚えていられた——。


つまり、貧しさ(奪い合い=どちらか一方しか選べないこと)が、記憶を生んでいた。王都の石は強すぎて、奪い合う必要がない。だからどちらも譲らず、どちらも覚えない。豊かさが、記憶を壊していた。「足りなさを、こっちで作ります」——足りなさを設計で作り出す、という次への一手で閉じています。リナの「眼」は陣を彫った石の構造を読むだけで、銅線も覗き窓も蓄魔石も、指と秤と観察で扱っています。


■「書かない枝」——人前での自制


村でなら、リナは陣の隅に「片方が灯ったら、もう片方を抑える枝」を一本足して解いていました。ここでも、その枝を書きたくて、炭を持つ指が動きかけます。


けれど、止める。リナが自分で魔法陣を書くことは、誰にも見せないと決めている。だから枝に頼らず、線の継ぎ方だけで同じことをやろうとする(この日はまだ立ちませんが)。灯りの陣を書くのはアディラの手。リナは図と数だけを描く。設計の核を握りながら、その手つきを隠し続ける緊張を、一筆だけ残しました。


次の話もお楽しみに。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ