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魔力ゼロですが、魔法はぜんぶコードなので問題ありません 〜前世プログラマーの少女、キーボードで異世界をデバッグする〜  作者: せい | 健康優良不良プログラマ
第1部 ⑥「世界が、見つける」

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142/211

第142話 暗号文の癖

数える日が、三日続いた。


エマの手紙の写し。

ヤンさんの記録板の控え。

町の通信覚書。

ノラの練習の紙まで借りた。


「ねぇね、それ、あめ?」


棒線の並んだ紙を見て、ノラが聞いた。


「雨に見える?」


「ふってる」


そうか。

これは、この世界の言葉に降っている雨の量なのか。


ノラの言うことは、ときどき本に書いておきたくなる。


この世界の言葉で、どの音がよく出るか。


「い」が多い。

「の」と「に」と「し」が続く。

「を」は思ったより少ない。


かなの横に、棒線が並んでいく。

一画ずつ増えていく棒線は地味で退屈で、嘘をつかない。


(——表より長く使える道具)


(——この紙は、これから先もずっと働く)


押収された文は、机の真ん中に置いたままだった。


びっしりと詰まった、間のないかなの川。


数えた紙が育つまで、わたしはあの川に手をつけなかった。

道具なしで飛び込んで溺れるのは、前世で十分やった。


王都の書庫からは、まだ何も来ない。

あの図面の作者は、宙に浮いたままだ。


◇◇◇


四日目の朝、川を測ることから始めた。


全部で、百と十五字。


書き写しながら、おかしなことに気付いた。


癖で、わたしは五字ずつ写していた。

写し間違いを防ぐために、固まりで区切って写す。


その五字の区切りと、文のどこかが、妙に馴染む。


(——え?)


もう一度、最初から五字ずつ、薄い線で区切ってみる。


百十五字。

五字の束が、二十三。


割り切れた。


それだけなら、偶然でいい。


最後の束を見て、手が止まった。


最後の五字のうち、終わりの二字が同じ字だった。

その字は、文中でほかに一度も使われていない。


(——余りを、埋めてる)


言葉は、五で割り切れたりしない。

割り切れたのは、割り切れるように誰かが埋めたからだ。


背中に、薄い寒気が走った。


この文は、言葉の長さを隠しているだけじゃない。


意味の区切りを全部捨てて、同じ大きさの束に詰め直している。


(——言葉として書かれてない)


(——構造として、書かれてる)


◇◇◇


夕方、父が工房に入ってきた。


机の上の紙を見て、聞く。


「読めたか」


「まだ。でも、形が分かってきた」


わたしは五字の束を指した。


「言葉の切れ目じゃなくて、同じ長さで切ってある。余った場所は捨て字で埋めてある」


父は紙を見下ろした。


「歯車の歯数を揃えるのと同じだ」


「……うん」


そうだ。

父の言う通りだ。


歯車を作る人は、木目に合わせて歯を切らない。

決めた数で切る。

素材の都合より、噛み合わせの都合が先に来る。


この文を作った誰かは、言葉を素材としてしか見ていない。

先に来ているのは、束の大きさと、噛み合わせだ。


「職人だな」


父は短くそう言って、夕飯に呼びに来ただけの用件を思い出したように、戸口へ戻った。


職人。


その言葉が、夜まで机の上に残った。


◇◇◇


置き換えの表は、その夜に割れ始めた。


数えた紙が、働いた。


文の中でいちばん多い字を、この世界でいちばんよく出る音に仮置きする。

二番目を二番目に。

外れたら、入れ替える。


旧符牒の時のような芋づるではなかった。

一字ずつ、棒線の紙と突き合わせる地道な往復だった。


三度、仮置きを間違えた。

間違えるたびに最初へ戻り、入れ替えて、また数えた。


数える紙は、間違いを責めない。

ただ、合わない場所を黙って見せてくる。


割れた字を表に並べたところで、今度は別の寒気が来た。


割れた置き換えが、ばらばらじゃない。


あ、は、か。

か、は、さ。

さ、は、た。


五十音の表の上で、行がひとつずつ、ずれている。


定規で線を引いたような、ずれ方だった。


(——この表、配ってない)


(——作り方を、配ってる)


紙に書いた表は、盗まれる。

燃やし忘れる。

押収される。


でも「表をひとつずらして作れ」という決まりなら、紙は要らない。

頭の中に入れて、どこへでも運べる。

疑われたら、覚えたまま黙っていればいい。


わたしが卿に言った「取り替えられる表」の、さらに先だ。


表そのものを物として持たない。

規則だけを持つ。


(——鍵を、物にしていない)


膝の上で、手のひらが冷たくなっていた。


◇◇◇


夜更けに、文が開いた。


ほどけた言葉を、間を補いながら並べていく。


つぎのには、きたのみちをつかえ。

ひかりのとうのみえるみちを、とおるな。

しるしは、ふたつのいし。


荷の指図だった。


北の道を使え。

光の塔の見える道を、通るな。


二つの石。

それは、どこかの道端の目印だろう。

読めたのに、まだ場所の分からない言葉が、紙の上に残った。


読み終えて、わたしは窓の外を見た。


丘の上の、低い仮灯り台。

あの光が見える道を、誰かが避けて荷を動かしている。


塔は、ただ知らせを運んでいるだけじゃなかった。

立っているだけで、誰かの道を曲げていた。


息を一つ、吸って吐いた。


倒された朝の、折れた支柱を思い出す。

焦げた灯り箱と、泥のついた銅板。


(——網は、見張りにもなってる)


(——だから、壊しに来たんだ)


便利だから狙われた、だけじゃない。

見られたら困る誰かが、あの道の先にいる。


これは父とコルネリアさんと、卿に伝えなければならない。

荷の道が変わったなら、追う側の道も変えられる。


翌朝いちばんの通常伝言で、町へ「あいたい」とだけ送ろう、と決めた。


中身は、光に載せない。


解いたばかりのわたしが、誰より分かっている。

光は速くて、誰にでも見える。


でも。


報せの文をまとめながら、わたしの頭は別のところにいた。


◇◇◇


夜。


清書を終えた机の上で、解いた構造をもう一度並べてみた。


言葉の間を消す。

同じ長さの束で切る。

余りは捨て字で埋める。

表は配らず、作り方を配る。


ひとつひとつは、思いつける。


わたしだって、間を消すことは三日で思いついた。


これは、全部が揃っている。

最初から、ひとそろいの道具として設計されている。


入口で隠し、束で揃え、規則で配る。


(——言葉を守ろうとした人の形じゃない)


(——仕組みを組んだ人の形だ)


商会の頭目が、商いの合間に思いつく形ではない。

代々の符牒を少しずつ直してきた家の形でもない。


椅子の上で、足の裏がじわりと冷えた。


これは、外から来た設計だ。


誰かが、ひとそろいで作って、渡した。


この商会の中の、誰の頭でもない。


そこまで考えて——気付けば、息が浅くなっていた。


束で揃える。

規則で配る。

意味より構造。


その手つきを、わたしは知っている。


知っているどころではない。


前世のわたしは、毎日その手つきで物を作っていた。


そして——つい先日も、同じ手つきを見た。


入口で確かめ、中継を軽くして、比較の紙を分けた——あの古い図面。


椅子から立ち上がっていた。


棚の上に、わたしが自分で写した紙がある。

古い技師団図面の、左端だけの写し。


手が、勝手にそちらへ伸びていた。


■あとがき・解説


第142話は、押収された暗号文をリナが解き、その「作り」に何かを感じてしまう回でした。


今回は「束で切る」「埋め草」「規則を配る」についてゆるく書いていきます。


■この話で出てきた言葉


■「束で切る」——意味の単位ではなく、構造の単位


押収された文は、言葉の切れ目ではなく五字ずつの束で書かれていました。


実際の暗号の世界でも、文を決まった長さの組に区切って書く習慣があります。

言葉の長さという手がかりを消すためです。


意味の都合より、処理の都合を先に立てる。

これは「言葉を書く人」ではなく「仕組みを組む人」の発想です。


■「埋め草」——割り切れるのは、埋めたから


言葉は、都合よく五で割り切れたりしません。


最後の束の余りを捨て字で埋める——この一手間で、束の大きさが揃います。


リナが最初に寒気を覚えたのはここでした。

埋め草は、文ではなく構造を整えるためだけに存在する字だからです。


■「規則を配る」——鍵を物にしない


置き換えの表を紙で配れば、紙は盗まれ、押収されます。


でも「五十音の表をひとつずらして作れ」という規則なら、紙は要りません。


リナがヴェルメル卿に提案した「取り替えられる表」の、さらに一歩先。

鍵を物として持たず、頭の中の規則として持つ考え方です。


ひとつひとつは思いつけても、全部が最初から揃っている。


その「ひとそろいの設計」に、リナは見覚えのある手つきを感じてしまいました。


机の上には、あの古い図面の写しがあります。


次の話もお楽しみに。


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