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魔力ゼロですが、魔法はぜんぶコードなので問題ありません 〜前世プログラマーの少女、キーボードで異世界をデバッグする〜  作者: せい | 健康優良不良プログラマ
第1部 ⑥「世界が、見つける」

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136/211

第136話 戻す前に決めること

青の月二十五日の朝、台所の机にノラの紙が置かれていた。


紙の上には、ゆがんだ字が三つ並んでいる。


おにい。


そこまで書いて、ノラは指を止めていた。


「お兄ちゃんに書くの?」


わたしが聞くと、ノラは紙を胸に抱えた。


「おにぃちゃんだけ」


その言い方は、思ったより強かった。


エマの手が、鉄板の上で少し止まる。


「光で送ると、塔の人が読むことになるよ」


わたしが言うと、ノラはすぐに首を横に振った。


「じゃあ、だめ」


それだけだった。


光は速い。

けれど、空へ出す。


空へ出した言葉は、家の戸口で小さく渡す言葉とは違う。


ノラは紙を胸に抱えたまま、台所の隅へ行ってしまった。


小さな引っかかりが残った。

でも、今日はそこへ進む日ではない。


父が工房から顔を出した。


「町へ行く。仮灯り台の扱いを決める」


わたしはノラの紙から目を離した。


「はい」


今、止まっている線がある。

先に、そちらを戻さなければならない。


◇◇◇


町役所の机には、昨日より紙が増えていた。


仮灯り台の確認札。

責任者名簿の写し。

街道の丘の破壊記録。

布時計の小箱に貼る予定だった封紙。


コルネリアさんはそれらを一列に並べ、筆を置いた。


「通常伝言を再開するかどうかを決めます」


部屋の空気が少し固くなる。


ヤンさんは壁際に立っていた。

ダンとニコは、いつものように記録板を抱えている。

でも、二人とも今日は手を動かしていない。


「急報は」


父が聞いた。


「町役所の許可を通す条件を続けます」


コルネリアさんは迷わず答えた。


「通常伝言は、商人ギルドから再開を求められています。宿屋や荷車、薬屋からもです」


それは分かる。


塔が壊れた翌朝、光が止まったせいで遅れたものがあった。

薬の確認。

北の道の返事。

荷の回り道。


全部が火事やけが人ではない。

けれど、止まると生活が詰まる。


ヤンさんが腕を組んだ。


「低い台はもう立ってる。光も見える」


「見えるだけでは戻せません」


わたしは言った。


ヤンさんの眉が動く。

怒ったのではない。

続きを待つ顔だった。


わたしは机の上の紙を見た。


「塔を直しただけだと、前と同じになります」


「前と同じじゃだめか」


ダンが小さく聞いた。


その声には、早く戻したい気持ちが混じっていた。


「同じだと、同じところを狙われます」


父が引き取った。


ダンは口を閉じた。


◇◇◇


わたしは紙の端に、丸を四つ描いた。


一つ目。


「誰が出すか」


二つ目。


「塔が触られていないか」


三つ目。


「布時計を誰が動かすか」


四つ目。


「誰が止めるか」


コルネリアさんが、わたしの紙を覗き込む。


「発信者確認と封印確認。それから起動記録と停止役」


町役所の言葉にすると、急に硬くなる。


でも、必要なのは難しい言葉ではない。


光を出す前に見るものを、間違えないことだ。


「発信者確認は、偽急報のあとで決めました」


コルネリアさんが言った。


「急報は責任者名簿と印を見る。中継塔では止めない」


「通常伝言は?」


わたしが聞くと、コルネリアさんの筆が止まった。


通常伝言は急報ほど重くない。

だから、つい緩くなる。


でも、偽の通常伝言でも荷は動く。

薬屋は返事を待つ。

宿屋は客へ伝える。


速い線は、軽い嘘も遠くへ運ぶ。


「通常伝言も、最初の塔で名を残します」


コルネリアさんはそう言って、紙に書いた。


「ただし急報のように責任者限定にはしない。出した者の名、受け取った塔番の名、時刻」


ニコが顔を上げた。


「俺が書くところですか」


「読める者が書く」


父が言った。


「だからお前の仕事だ」


ニコの喉が、小さく動いた。


「はい」


◇◇◇


次は封印だった。


父が布時計の小箱を机の中央に置いた。


小箱の角には、昨日つけた傷が残っている。

破壊された塔から拾ったものではない。

仮灯り台へ戻すために、新しく作り直した箱だ。


「封紙を貼る」


父は言った。


「でも、紙なら破れます」


ダンが言う。


「破れたことが分かる」


父はそう返した。


それで十分な時がある。


壊されないこと。

それが一番いい。


でも、全部は守れない。

なら、触られたことが分かる形にする。


「朝番が封紙を見る。破れていたら布時計を使わない」


わたしは言った。


「光は?」


ヤンさんが聞く。


「手動なら、点検してから短い試験だけ」


父が答えた。


「布時計は載せない」


ヤンさんは顎をかいた。


「面倒だな」


「面倒にします」


わたしは言った。


「触られているかもしれないのに、簡単に動かせる方が怖いです」


ヤンさんは少しだけ笑った。


「まあ、そうだな」


◇◇◇


昼を回った頃、わたしたちは街道の丘へ上がった。


仮灯り台は、低いまま風を受けていた。


支え綱は昨日より張っている。

引き腕の横には止め板がつき、手を離せば遮蔽板が閉じる。

布時計の小箱は、まだ空の台の横に置かれていた。


ダンが小箱を持ち上げる。


「これを戻せば、また半分は勝手に動くんですよね」


「勝手には動かない」


ニコが横から言った。


「誰かが布を入れて、誰かが起こして、誰かが終わりを見る」


ダンは小箱を見た。


「そうか」


初めて布時計で通常伝言を送った夜、ダンは起動と停止をした。

ニコは間と返答待ちを見た。


布時計は、人を消す道具ではない。

人の手を、同じ拍へ寄せる道具だ。


「戻すなら、二人でやります」


ニコが言った。


「一人が起こす。もう一人が止め板に手を置く」


「俺が止める方か」


ダンが聞く。


「日によって替える」


ヤンさんが言った。


「止める手も仕事だ。片方だけが覚えるな」


父が止め板を押した。


木が小さく鳴る。


「これが最後だ」


「最後?」


「おかしいと思ったら、ここを押す。送ることより止めることを優先する」


木の鳴りが、止んだあとも耳に残った。


送ることより、止めること。


前なら、光が届くかばかり見ていた。

今は、届かせてはいけない時を見なければならない。


◇◇◇


試験は、伝言を載せずに行った。


空の布。

空の記録欄。

空の光。


ダンが布時計の横に立つ。

ニコが止め板に手を置く。

ヤンさんは少し離れて、丘の下の道を見る。


「起動」


ダンが言った。


布時計の歯が、こつ、と鳴る。


遮蔽板は動かない。


今日は布に穴を開けていない。

だから光は出ない。


ただ、拍だけが進む。


ニコは最後まで止め板に手を置いていた。


終わりの間を数え、記録板に書く。


『空試験。光なし。封紙異常なし。停止役ニコ。起動役ダン』


コルネリアさんがそれを見て、頷いた。


「通常伝言の再開は、明日の朝から。最初の三日は、空試験を先に行う。封紙が破れていた日は布時計を使わない」


ヤンさんが言った。


「急報は」


「町役所許可のまま」


コルネリアさんは即答した。


「通常伝言と同じに戻しません」


ダンが息を吐いた。


ニコは記録板を抱え直した。


わたしは丘の上から、まだ低い仮灯り台を見た。


光は戻る。


でも、ただ戻すのではない。


光を出す前に見るものがある。


人の名。

塔の封。

布時計の名。

止める手。


その四つを、わたしは記録板の端にもう一度書いた。


書きながら、ふと朝の台所を思い出した。


おにい。


三文字で止まったままの、ノラの紙。


人の名を残し、封を確かめ、止める手を決めれば、光は戻せる。


でも、あの三文字を「おにぃちゃんだけ」に届ける方法は、この四つのどこにもない。


壊れた塔は、まだ完全には直っていない。


けれど、戻す前に決めることは見え始めていた。


そして、戻した後に考えることも。


■あとがき・解説


第136話は、壊れた信号塔を「ただ戻す」前に条件を決める回でした。


今回は「復旧条件」「封印確認」「停止役」についてゆるく書いていきます。


■この話で出てきた言葉


■「復旧条件」——直しただけでは戻さない


壊れた塔は、部品を直せば終わりではありません。


同じ形に戻すだけだと、同じ弱点も戻ってしまいます。


だから今回は、通常伝言を再開する前に「何を確認したら戻してよいか」を決めました。


■「封印確認」——触られたか分かるようにする


封紙は、壊されないための守りではありません。


破れていたら、誰かが触った可能性があると分かるための印です。


完全に防ぐのではなく、異常を見つけられる形にする。

信号塔を社会の道具に戻すには、こういう地味な確認が必要になります。


■「停止役」——送ることより止めること


布時計は便利ですが、勝手に責任を取ってくれる道具ではありません。


起動する人、終わりを見る人、おかしい時に止める人が必要です。


今回は、半自動化を捨てたのではなく、半自動化を安全に戻すための手順を作っています。


次の話もお楽しみに。


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