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魔力ゼロですが、魔法はぜんぶコードなので問題ありません 〜前世プログラマーの少女、キーボードで異世界をデバッグする〜  作者: せい | 健康優良不良プログラマ
第1部 ⑥「世界が、見つける」

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137/211

第137話 作者不明の図面

青の月二十六日の朝、町役所の机は紙でいっぱいだった。


乾いた風が入るたび、薄い紙の端がいっせいに持ち上がる。


コルネリアさんは紙の角に小石を置いた。


「飛ばれると困ります」


廊下の奥では、さっきから書記が誰かと話している。

王都、という言葉が一度だけ聞こえた。


「昨日より増えましたね」


わたしが言うと、コルネリアさんは眉だけを動かした。


「増やしたのではありません。分けたのです」


机の上には、昨日決めた四つの項目が別々の紙になっていた。


出した人の名。

塔の封。

布時計を起こす人。

止める人。


その横に、父が描いた仮灯り台の図がある。


支柱。

灯り箱。

遮蔽板。

引き腕。

布時計をつなぐ小箱。


父の線は短くて迷いがない。

余計な飾りはなく、どこを削れば壊れるかが分かる線だった。


「これを、町の手順書にします」


コルネリアさんは筆を持った。


「塔番が読めるもの。役所が保管するもの。商人ギルドへ見せるもの。それぞれ分けます」


(——同じことを、三度書かない)


前世の頭が小さく動いた。


同じ内容を別々の紙へ書けば、いつかどれかだけ古くなる。

でも全部を一枚にまとめれば、塔番には重すぎる。


どこに同じ文を置き、どこを参照だけにするか。


それは前世でやっていた仕事に、少し似ていた。


◇◇◇


父が小箱の図へ爪を当てた。


「封紙はここだ」


「小箱のふたではなく、横ですか」


「ふたに貼ると、開ける時に毎回破る」


父は細い木片を取り、小箱の横を軽く叩いた。


「布時計をつなぐ腕に触れば、ここが動く。ふたを開けなくても跡が残る」


コルネリアさんが書き足す。


「封紙はふたではなく、接続腕側。破れていれば布時計を使わない」


筆の音が、さらさらと続いた。


そこへ、廊下から軽い足音が近づいてきた。


役所の若い書記が、細長く巻かれた紙包みを両手で抱えている。

紙を曲げずに運ぶための、ただの書類の包みだった。


「王都からの写しです」


コルネリアさんが受け取り、封蝋を見た。


「テオドール様からです」


父の手が止まる。

わたしも息を止めた。


テオドール様の名は、王都の重さを連れてくる。


でも、封を切ったコルネリアさんの顔は、驚きより先に困惑していた。


「古い技師団資料の写し、とあります」


「今の塔に関係するのですか」


「分かりません。添え書きには、信号塔復旧の参考になるかもしれない、と」


彼女は紙を広げた。


古い紙の写しは、線がかすれていた。

余白には王都の書庫番号があり、題名のところだけが黒く潰れている。


作者名はなかった。


◇◇◇


図面は、わたしたちの光信号塔とは違っていた。


灯り箱の形も違う。

支柱の足も違う。

銅板の角度も今のものとは合わない。


けれど、わたしの目はすぐに、中央ではなく端へ行った。


図面の左端。

小さな枠が三つ並んでいる。


一つ目には、発信地の印。

二つ目には、最初に受けた塔番の名。

三つ目には、時刻。


「……入口」


思わず声が漏れた。


父がこちらを見る。


「何だ」


「光を作るところじゃなくて、最初に受けるところを分けています」


わたしは指を伸ばした。


「ここです。中継の塔には、同じ枠がありません」


コルネリアさんが紙を覗き込む。


「中継塔は写すだけ、と読めますね」


「はい」


うなじの後ろが、すっと冷えた。


怖いのとは違う。

ただ、見覚えのある分け方だった。


最初の入口で確かめる。

中を通るものは、できるだけ単純にする。

止める手は、出口のそばに置く。


(——これ、誰が考えたの)


知らない世界の、古い紙なのに。


◇◇◇


父は図面を横へ向けた。


「塔の形は使えないな」


「そうですね」


わたしは頷いた。


支柱の組み方は今の材料に合わない。

灯り箱も、わたしたちのものより重すぎる。

布時計を載せる場所もない。


これはそのまま作れる図面ではない。


だからこそ、余計に気になった。


形ではなく、分け方だけが残っている。


「リナさん」


コルネリアさんが静かに呼んだ。


「この図面は、使えますか」


「使えるところと、使えないところがあります」


わたしは自分の紙を引き寄せた。


昨日の四つの丸の横に、古い図面の三つの枠を書き写す。


発信地の印。

受けた塔番。

時刻。


その下に、小さく線を引いた。


「入口で見るものは、同じです」


「同じ」


「でも、止める人の扱いが弱いです」


わたしは図面の右端を指した。


そこには止め具らしい記号があった。

わたしたちの塔の、止め板にあたる部分だろう。

けれど、人の名を書く欄はない。


「ここは、今のわたしたちの手順を優先した方がいいです」


父が短く頷いた。


「壊された後だからな」


「はい」


古い図面は、壊される前の設計だ。

わたしたちは、壊された後の設計をしている。


同じにはできない。


でも、似ているところはある。


「中継を簡単にする、という考え方は使えます」


わたしは言った。


「全部の塔で全部を確認すると、光が遅くなります。だから最初の塔で入口を見る。中継は同じ光を次へ送る」


コルネリアさんの筆が止まった。


「それは、今の通信覚書にも合います」


「はい」


言いながら、背中に小さな汗がにじんだ。


わたしがそう考えたのは、前世の記憶があるからだ。


全部の場所に複雑な判断を置くと、壊れやすい。

入口を揃え、途中を軽くする。

責任を一か所へ寄せすぎない。


それを、昔の誰かも紙に引いている。


◇◇◇


テオドール様の添え書きは短かった。


コルネリアさんが読み上げる。


「『王都技師団の旧蔵資料より写しを送る。作者名なし。実用記録なし。地方塔の標準案であった可能性あり。現行案と似る点があれば、危険も利点も比較されたい』」


実用記録なし。


つまり、この図面は作られなかったのかもしれない。


紙の上だけで終わった案。

誰かが考えて、誰かが棚にしまったもの。


それでも、線は残った。


「興味深い、と書いてありそうだな」


父がぽつりと言った。


テオドール様の声が、頭の中で勝手に再生された。


興味深い……実に興味深い。


少しだけ笑いそうになって、でも笑えなかった。


「作者は分からないんですね」


「今の写しでは分かりません」


コルネリアさんは封紙の裏も見た。


「書庫番号はあります。問い合わせは可能です」


「お願いします」


自分で言ってから、わたしは指先を握った。


聞いてどうするのかは分からない。


作者が分かっても、その人はもういないかもしれない。

ただの優秀な技師かもしれない。

わたしと似た考え方をしただけかもしれない。


でも、見なかったことにはできなかった。


◇◇◇


午前の終わりに、町の手順書は二枚になった。


塔番用。

町役所用。


古い技師団図面は、そのどちらにも直接は混ぜなかった。


混ぜてしまうと、古い案が今の決まりのように見える。

それは危ない。


だから、別紙にした。


「比較用」とだけ書いて、コルネリアさんが紙の右上に印を押す。


父は仮灯り台の図へ、止める人の名を書く小さな空欄を足した。


わたしはその横で、古い図面の左端だけをもう一度写していた。


発信地の印。

受けた塔番。

時刻。


その三つの枠の横に、わたしは小さな丸をつけた。


(——同じ形じゃない)


(——でも、同じ場所を見ている)


紙の上に、知らない誰かの手の跡がある。


それは声ではなかった。

手紙でもなかった。


けれどわたしには、遠いところから一度だけ机を叩かれたように感じられた。


ここを見ろ、と。


入口を。


そして、その先にいる誰かを。


■あとがき・解説


第137話は、信号塔の復旧手順を作る中で、作者不明の古い図面に出会う回でした。


今回は「入口で見る」「中継を軽くする」「比較用の図面」についてゆるく書いていきます。


■この話で出てきた言葉


■「入口で見る」——最初の場所で確かめる


今回の古い図面には、発信地の印、受けた塔番、時刻を書く枠がありました。


これは、すべての塔で毎回疑うのではなく、最初に光を出す場所で確認する考え方です。


現代の仕組みにたとえるなら、入口で最低限の確認をして、途中の処理を複雑にしすぎない設計に近いです。


■「中継を軽くする」——全部の場所に重い仕事を置かない


中継塔が毎回すべてを判断すると、通信は遅くなり、間違いも増えます。


だから中継塔は「同じ光を次へ渡す」ことに集中させる。


信号塔網を広げるほど、こうした役割分担が大事になります。


■「比較用の図面」——古い案をそのまま決まりにしない


作者不明の図面は、参考にはなります。


けれど、そのまま今の手順書に混ぜると、古い案が現在の規則のように見えてしまいます。


リナたちは、使える考え方だけを取り出し、壊された後の状況に合わせて作り直しました。


この話では答えを出していません。


ただ、リナが「自分と似た分け方をする誰か」の跡を初めて意識する入口になっています。


次の話もお楽しみに。


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