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魔力ゼロですが、魔法はぜんぶコードなので問題ありません 〜前世プログラマーの少女、キーボードで異世界をデバッグする〜  作者: せい | 健康優良不良プログラマ
第1部 ⑥「世界が、見つける」

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130/211

第130話 守りきれない

青の月の二十一日。


町役所の机の上には、地図と小石が並んでいた。


昨日よりも石が増えている。

街道の丘。

西側の道。

町の入口。

二番塔。

三番塔。


まだ何も起きていない場所にも、灰色の石が置かれていた。


「起きてから置くと、遅いですから」


コルネリアさんはそう言って、筆を置いた。

声はいつも通り静かだった。

けれど、目元の疲れは昨日より濃い。


わたしは椅子に座り、足先を横木に引っかけていた。

眠くはない。

でも、息が少し浅い。


(——見張ればいい)


(——増やせばいい)


(——本当に、それで足りる?)


昨日のダンの手が、頭から離れなかった。

木札を握りしめた手。

白くなった指の節。

薄い爪の跡。


地図の石より、そちらの方がずっと重かった。


◇◇◇


ベルマン氏が、細い棒で地図を指した。


「街道の丘に二人。西側の道に二人。町の入口に二人」


石が三つ動く。


「昨日の三点だけを見るなら、これで増やせます」


「それで足りるか」


父が聞いた。


ベルマン氏は、すぐには答えなかった。


代わりに、地図の外側へ小さな石をもう一つ置いた。


「次にこちらを狙われれば、足りません」


そこはヴェルデン道へ伸びる中継台だった。

前に火事のあった村へ続く道。

今はまだ何も起きていない場所。


「そこにも二人」


コルネリアさんが言う。


ベルマン氏は、さらに別の場所へ石を置いた。


「では、こちらにも」


「そこもですか」


「ここを傷つけられれば、南の荷道が止まります」


石が増える。


机の上で、かち、かちと乾いた音が重なった。


最初は小さかった石の列が、地図の上でだんだん太くなる。

守るための石なのに、見ていると地図が机へ沈んでいくようだった。


ヤンさんが腕を組んだまま言った。


「石は置ける」


「人は置けない、ですか」


わたしが聞くと、ヤンさんは頷いた。


「夜に立つ人間は、石じゃねぇ」


その言葉で、部屋が少し黙った。


◇◇◇


ダンとニコは、壁際に立っていた。


ダンの木札は腰に下がっている。

でも、昨日のように手では握っていない。

握っていないのに、指がときどき札の方へ動く。


ニコは読み札を胸の前で抱えていた。

肩の布は昨日と同じものだった。

押された場所を隠すように、少しだけ布の位置が高い。


「見張りが増えたら、俺たちは塔に上がらなくていいんですか」


ダンが聞いた。


声は乱暴ではなかった。

怒っているというより、答えを探している声だった。


ヤンさんが首を横に振る。


「塔に上がる奴は要る」


「でも、狙われるなら」


「狙われるから、要る」


ダンは口を閉じた。


その横で、ニコが小さく言った。


「見張る人が、見張られることもあります」


誰もすぐには返せなかった。


その通りだった。


塔を守る人を、誰が守るのか。

守る人を守る人を、さらに誰が守るのか。


(——再帰みたい)


そう思ってから、わたしはすぐに別の言葉へ直した。


(——見張りの見張りが、ずっと増えていく)


前世の言葉は、ここでは役に立たない。

でも、嫌な形だけは分かる。

守る対象を外側へ足していくと、終わりがない。


父が、机の端を指で一度叩いた。


「人は眠る」


短い言葉だった。


「夜に立てば、朝は鈍る。鈍れば見落とす。見落とせば、また人を増やしたくなる」


コルネリアさんが筆を止めた。


「それは、町の人員でも同じです」


ベルマン氏が頷く。


「商人ギルドの金でも同じです。払える額には限りがあります」


石はまだ机の上にあった。

誰も動かさない。


それでも、石が少しずつ足りなくなるのが分かった。


◇◇◇


コルネリアさんは、通信覚書の写しを開いた。


「では、当面は重要な塔だけを重点的に守ります」


「重要な塔」


わたしは地図を見る。


街道の丘。

西側塔。

町の入口。


線が集まる場所。

人が多い場所。

急報が通りやすい場所。


「重要ではない塔は、どうなりますか」


ニコが聞いた。


コルネリアさんは、少しだけ目を伏せた。


「見回りを減らします」


「そこを狙われたら」


「迂回できる場合は迂回します」


「できない場合は」


「馬を出します」


馬。


また、その言葉だった。


昨日も聞いた。

昔に戻るための言葉ではない。

でも、信号塔が止まった時に最後に残るものが、馬だった。


(——速い線を作ったのに)


(——守れないと、遅い道へ戻る)


それは悔しかった。


わたしは、手元の紙に小さな丸を描いた。

丸の中に、点を二つ打つ。

入口。

出口。


父がそれを見た。


「何を考えている」


「全部を見張るのは、無理だと思います」


自分で言って、胸が少し痛んだ。


でも、言わないと進まない。


「塔を隠すこともできません。光は見えるために出しています」


「そうだな」


父が頷いた。


「なら、見られても困らない形にしないといけない」


その言葉を出した瞬間、部屋の空気が少し変わった。


ベルマン氏が目を細める。

コルネリアさんの筆が止まる。

ヤンさんは黙ったまま、こちらを見た。


◇◇◇


「見られても困らない形、ですか」


コルネリアさんが聞いた。


「まだ、形にはなっていません」


わたしは慌てて首を横に振った。


「でも、昨日の妨害は三つありました。光を歪ませること。板の動きをずらすこと。人を怖がらせること」


「はい」


「それとは別に、前の偽急報があります」


赤い札。

空振りした応援。

正しく速く流れた嘘。


「あれは、誰が送ったか分からないことが問題でした」


父が短く言った。


「昨日は、正しい光が出る前に邪魔された」


「うん」


「偽急報は、正しい光で嘘を送った」


その整理で、頭の中の線が少しだけ分かれた。


正しい光を出すこと。

その光を誰が出したか分かること。

見られても、勝手に読まれないこと。


三つは同じではない。


(——壊されないこと)


(——なりすまされないこと)


(——盗み見されないこと)


言葉はまだ固かった。

でも、別々に置かないといけない気がした。


「リナさん」


コルネリアさんの声で、わたしは顔を上げた。


「今、何を分けましたか」


「えっと」


わたしは紙の丸を指で押さえた。


「塔を守ることと、送った人を確かめることと、読んでいい人だけが読むことです」


部屋の中が静かになった。


◇◇◇


ヤンさんが、ゆっくり息を吐いた。


「光は、隠せねぇ」


「はい」


「煙も隠せねぇ。鐘も隠せねぇ」


「はい」


「でも、誰の鐘かは分かる」


わたしは顔を上げた。


ヤンさんは窓の外を見ていた。


「村の鐘と、町の鐘は音が違う。火事の鐘と祭りの鐘も違う。間違えねぇように、鳴らし方がある」


「鳴らし方」


「ああ」


ヤンさんは、こちらを見た。


「光にも、そういうのが要るんじゃねぇか」


それは、答えではなかった。

でも、入り口だった。


誰かの鐘だと分かる鳴らし方。

勝手に真似しにくい形。

見えていても、意味を知らなければ読めない並び。


折った紙の端を、指が小さく押した。


まだ作れない。

今すぐ名前も付けられない。


けれど、道はそちらへ伸びている。


「今日、決められることではありません」


コルネリアさんが言った。


「ですが、次の課題として記録します」


筆が紙の上を走る。


塔の見張り。

発信者の確認。

読める相手の制限。


三つの言葉が、町役所の紙に並んだ。


◇◇◇


会議が終わる頃、窓の外の空は明るくなっていた。


青の月の朝の光が、役所の床に四角く落ちている。

地図の上の小石は、まだ片づけられていなかった。


ダンが、その一つを指でつついた。


「石は、俺たちの代わりにならねぇんだな」


「ならない」


ヤンさんが答える。


「でも、どこに立つかは教える」


ニコが小さく言った。


「立てない場所も、教えます」


その言葉で、わたしは地図を見直した。


守れる場所。

守れない場所。

見える光。

見えてはいけない意味。


全部が一枚の地図の上にあった。


わたしは、小さな丸を描いた紙を折った。


まだ答えではない。

ただの問いだ。


でも、その問いを持って帰らなければならない。


塔を全部は守れない。


なら、光の中に守りを入れなければならない。


その夜は、風が強かった。


屋根裏の窓から、街道の丘の方を見た。

夜番の灯りが、いつもと同じ場所で小さく揺れている。


いつもと同じ。


それを確かめてからでないと眠れなくなっている自分に、わたしは気付いた。


■あとがき・解説


第130話「守りきれない」でした。


今回は、見張りを増やすだけでは通信網を守りきれないと分かる回です。


人は石のように地図へ置けません。

夜に立つ人は眠り、疲れ、怖くもなります。

そして、見張る人をさらに見張る形にすると、守る範囲はどこまでも広がってしまいます。


リナはここで、塔を守ること、送った人を確かめること、読める相手を限ることを分け始めます。

本格的な仕組みはまだ先ですが、通信の守り方が次の段階へ進みます。


■この話で出てきた言葉


■「発信者の確認」——誰が送ったかを確かめること


偽急報の時に問題になった部分です。

光が正しく届いても、送った人が本物かどうか分からなければ、嘘も速く広がります。


■「読める相手の制限」——見えても意味を読ませないこと


光そのものは遠くから見える必要があります。

だから、光を隠すのではなく、意味を読める相手を限る発想が必要になります。


次の話もお楽しみに。


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