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魔力ゼロですが、魔法はぜんぶコードなので問題ありません 〜前世プログラマーの少女、キーボードで異世界をデバッグする〜  作者: せい | 健康優良不良プログラマ
第1部 ⑥「世界が、見つける」

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114/211

第114話 読める、ということ

集会所の机に、木札が一枚置かれていた。


昨日、コルネリアさんが押してくれた町の印だ。

墨はもう乾いているのに、わたしにはまだ少し湿って見えた。


その横に、父が符号表を広げる。

短い線。

長い線。

小さな間。

少し大きな間。


紙の上では、どれも静かだった。


(——光にすれば動く)


(——でも、人が読めなければ止まる)


町の仮許可は、塔だけを許したものではなかった。

送る人の名前。

記録する人の名前。

それがなければ、町の規則には載せられない。


父は紙の端を指で押さえた。


「村長が、人を呼ぶ」


「読み書きできる人ですか」


「まずは、そうだ」


まずは。


その言い方が、少しだけ引っかかった。


◇◇◇


朝の鐘が鳴ってしばらくすると、集会所に若い人たちが集まってきた。


村長ハインリヒは入口に立ち、一人ずつ名前を聞いていた。

手に持った板に、短く印をつけていく。


来たのは、全部で七人だった。


麦の帳面を手伝っている人。

教会で祭礼の札を読む人。

商人の荷札を読める人。

それから、字は少しだけなら分かるという人。


わたしは、その数を見て思った。


(——少ない)


村には若い人がもっといる。

でも、読み書きができるだけでは足りない。

昼に時間を空けられて、町の規則に名前を出していい人となると、急に少なくなる。


椅子に座った人たちも、どこか落ち着かなかった。

信号塔を動かす、と聞いて来たのに、机の上にあるのは光る道具ではなく紙ばかりだ。


ハインリヒが咳払いをした。


「今日は、塔を動かす話ではない」


七人の顔が、少しだけ残念そうになる。


「塔を動かす前に、読めるかどうかを見る」


村長の声は落ち着いていた。

でも、言われた方は余計に硬くなった。


読む。


その一言が、思ったより重い。


◇◇◇


父が、符号表を机の上に置いた。


「これは字ではない」


そう言ってから、少し考えて付け足す。


「だが、字の代わりに使う印だ」


一人の若者が手を上げた。


「普通の字を送るんじゃないんですか」


「そのまま送ると長い」


わたしが答えた。


「よく使う音を短くしています。短い光と長い光、それから間の大きさで読みます」


説明しながら、机の上の木片を取った。

ヤンさんに渡した読み札と同じ形のものだ。


浅い溝が短い線。

深い溝が長い線。

溝の間が、短い間と長い間に分かれている。


「目で読むだけじゃなくて、指でも追えます」


木片を一人ずつ回す。


最初の若者は、すぐに頷いた。

教会の札を読む人だ。


「これなら、印として覚えられそうです」


次の人も頷いた。


三人目は、溝を指でなぞりながら眉を寄せた。


「短いのと長いのは分かる。けど、間ってどれだ」


わたしは木片を指した。


「ここです。光が続くところと、光が切れるところを分けます」


「光が消えてる間も読むのか」


「はい」


その言葉で、何人かが黙った。


光っているところだけを見ると思っていたのかもしれない。


でも、符号は光だけではない。

消えている時間も、文字の一部だ。


(——空白も、意味を持つ)


前世で何度も見た。

同じ文字でも、区切る場所が違えば別の命令になる。

空白を一つ間違えただけで、思った通りに動かないことがある。


ここでも同じだった。


短い光。

長い光。

短い間。

文字の間。

言葉の間。


読める、というのは、光っているものを見るだけでは足りない。


◇◇◇


最初の練習は、「げんき」だった。


これはもう、村の丘から町へ送ったことがある。

父が灯り箱を持ち込むことはしなかったので、代わりに白く塗った薄い木片を机に置いた。

その前に、黒い板を一枚立てる。


板を横へずらすと、白い木片が見える。

戻すと、消える。


短く見せる。

長く見せる。

少し隠す。


父の手は、時計の振り子を扱う時と同じように一定だった。


「今のを、読んでください」


わたしが言うと、教会の札を読む人がすぐに答えた。


「げ」


「はい」


別の人が、次の光でつまずいた。


「……えっと、これは長いのが二つ?」


「一つ目は長いです。二つ目は、短いのが二つです」


「同じに見えた」


その言葉に、わたしは口を閉じた。


止まっていれば分かる。

紙に書けば分かる。


でも、動くと似ている。

丘の上で遠くから見れば、今よりもっと似る。


(——符号表を読めることと、現場で読めることは違う)


また一つ、机の上に足りないものが置かれた気がした。


「もう一度お願いします」


わたしが父に言うと、父は短く頷いた。


同じ速さで、同じ間で板を動かす。


今度は、二人が正しく読めた。

三人は途中で止まった。

一人は、最初から首を横に振った。


「無理だ。俺には、こういうのは向いてねぇ」


そう言ったのは、入口の近くに立っていた若者だった。


椅子には座っていなかった。

大きな肩をしていて、手には縄の跡がついている。

畑か荷運びの仕事をしている手だった。


ハインリヒが、その人を見た。


「ダン。お前は呼んでいないはずだ」


「手がいるって聞いたんで」


ダンと呼ばれた若者は、気まずそうに頭をかいた。


「塔を立てる方なら、手伝えるかと思って」


「今日は読む練習だ」


「だから、帰ろうとしてた」


ダンはそう言って、戸口の方へ一歩下がった。


その足が、なぜか重そうに見えた。


◇◇◇


「待ってください」


わたしは思わず声を出していた。


ダンがこちらを見る。


大人の男の人に近い体格なのに、視線だけ少し子供みたいだった。


「字は、読めますか」


聞いてから、言い方が悪かったと思った。


ダンの顔が、少し固くなる。


「自分の名前くらいなら」


「すみません」


わたしは頭を下げた。


「聞き方が悪かったです」


胸の奥が熱くなった。

恥ずかしさの熱だった。


わたしは、読み書きできる人を集める、と自然に考えていた。

でもそれは、読めない人を最初から外す考えでもあった。


(——違う)


(——符号は、文字全部じゃない)


わたしは読み札を手に取った。


「この溝は、分かりますか」


ダンは戸口から戻ってきた。

大きな指で木片を受け取る。


短い溝をなぞる。

長い溝をなぞる。


「これは短い」


「はい」


「こっちは長い」


「はい」


「間は……ここか」


「はい」


ダンは木片をしばらく見ていた。

それから、父の方を見た。


「もう一回、見せてくれますか」


父が黒い板を動かす。


白が短く見える。

長く見える。

隠れる。


ダンは木片の溝を指で追った。


「今のは、短い、長い。で、切れた」


「そうです」


「字は分からん。でも、これなら分かる」


集会所の中が、静かになった。


その静けさの中で、わたしは自分の手元の符号表を見た。


紙の上には、音がたくさん並んでいる。

全部覚えろと言われたら、たぶん怖い。

読めない人なら、なおさらだ。


でも一つずつなら。


短い。

長い。

切れる。


その三つから始められるなら。


「全部を一度に覚えなくていいです」


わたしは言った。


「今日は、一つだけでいいです」


ダンが眉を寄せた。


「一つ?」


「はい。最初の一つを、読めるようにします」


コルネリアさんの記録簿が頭に浮かんだ。

そこには、操作者の名前を書く欄があった。


名前を書ける人。

光を読める人。

記録できる人。


全部同じ人でなくてもいい。


でも、町に出す名前には、その人が何をできるのかを書かなければいけない。


「読める、って一つじゃない」


声に出すと、ハインリヒがこちらを見た。


わたしは、もう一度言った。


「字を読める。符号を読める。間を読める。記録を読める。分けられます」


父が小さく頷いた。


ハインリヒは少し考えてから、手元の板に何かを書き足した。


「では、今日の名簿は三つに分ける」


村長の声が、集会所に落ちた。


「記録を書ける者。符号を読める者。塔を動かす者」


ダンが、読み札を握ったまま立っていた。


「俺は」


言いかけて、少し口ごもる。


「俺は、どこに入る」


わたしはダンの手を見た。


太い指が、短い溝の上で止まっている。


「まだ、決めません」


そう答えると、ダンの顔が少し沈んだ。


慌てて付け足す。


「今日、一つ読めたら、符号を読める人の候補です」


ダンの指が、もう一度短い溝をなぞった。


「一つなら」


小さな声だった。


でも、はっきり聞こえた。


「一つなら、覚えられるかもしれねぇ」


窓の外から、春の風が入ってきた。

机の上の紙が少しだけ揺れる。


わたしは、その紙を手で押さえた。


光の道は、塔だけでは足りない。

でも、文字を全部知っている人だけのものにしなくてもいい。


最初の一つを読める手が、目の前にあった。


■あとがき・解説


第114話は、信号塔を動かす前に「人が読めるか」を確認する回でした。


前回、町から仮許可は出ました。

ただし、操作する人の名前を届ける必要があります。

そこで初めて、道具ではなく人の訓練が問題になります。


今回は「符号を読む」「ログを書く人と操作する人」「最小単位から覚える」についてゆるく書いていきます。


■この話で出てきた言葉


■「符号を読む」——文字そのものではなく決まりを読む


今回の光信号は、普通の文字をそのまま送っているわけではありません。

短い光、長い光、間の長さを組み合わせて音を表します。


そのため、文字を全部読めることと、符号を現場で読めることは少し違います。


紙の表なら読めても、実際の光や動きになると間違える。

逆に、文字は苦手でも短い・長い・切れ目なら覚えられる人もいます。


■「役割を分ける」——一人に全部を求めない


記録を書ける人。

符号を読める人。

塔を動かす人。


この三つは似ていますが、完全に同じ技能ではありません。


一人で全部できれば便利です。

でも最初からそれを求めると、参加できる人が少なくなります。


リナはここで、町の記録簿の条件を守りつつ、人の得意不得意に合わせて役割を分ける方向へ進み始めました。


■「一つずつ覚える」——学習の最小単位


ダンは字をほとんど読めません。

それでも、短い溝と長い溝の違いは指で追えました。


全部を一度に覚えるのではなく、まず一つ。

できたら次の一つ。


これは教育でも、プログラミングでも大事な考え方です。

大きな問題を小さく分けると、今できる一歩が見えます。


信号士という仕事は、ここから少しずつ形になっていきます。


次の話もお楽しみに。


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