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魔力ゼロですが、魔法はぜんぶコードなので問題ありません 〜前世プログラマーの少女、キーボードで異世界をデバッグする〜  作者: せい | 健康優良不良プログラマ
第1部 ⑥「世界が、見つける」

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112/211

第112話 同じ塔を、いくつも

工房の床に、昨夜の灯り箱が置かれていた。


箱の角には煤がついている。

油の匂いもまだ残っていた。


朝の光の中で見ると、あの夜に遠くまで届いた道具は少し小さく見えた。

三本脚は泥で汚れ、遮蔽板の下の縁には草の湿りの跡が残っている。


父は膝をついて、脚の楔を一本ずつ外していた。


「壊すの?」


「見る」


それだけ言って、父は楔を布の上に並べた。


長い楔が三本。

短い楔が二本。

横軸を止める鉄の輪。

遮蔽板から出る小さな引き腕。

焦げた火皿。


昨日の夜には一つの塔に見えていたものが、朝には小さな部品の山になっていた。


(——動いた)


(——だから、次は増やせる)


そう思いかけて、すぐに止まった。


昨夜の灯り箱には、試し布も時計も載せていない。

狼煙の時には、布が間を覚えた。

時計が拍を刻み、機械が押した。


同じことを光でもできる。

それは分かっている。


でも今増やすべきなのは、自動で動く箱ではなかった。

自動でも手動でも、同じ光を出す箱だ。


手で引いても、布と時計で引いても、同じ引き腕が同じ幅だけ動く塔。

自動にするのは次の段階だ。


先に布を載せれば、動いている間は楽になる。

けれど塔ごとに引き腕の長さや板の開き方が違えば、布を載せても同じ光にはならない。


(——自動にする前に、動かす場所を揃える)


前世で見た古いコードを思い出す。

同じ意味の処理が、あちこちに少しずつ違う形で書かれていた。

一つ直すと、別の場所が壊れる。


そういうものは、長く使えない。


入口は一つ。

中身は後で替えられる。


手で引く時も、布と時計で引く時も、灯り箱から見れば同じ引き腕が動くだけにする。

今作るべきなのは、たぶんそこだった。


父の指が、泥のついた脚を一本持ち上げる。

同じ長さに切ったはずなのに、地面に刺さっていた先だけが少し削れている。


同じものを作る、というのは思ったより怪しい。


◇◇◇


グスタフ親方が来たのは、朝の鐘が鳴って少し後だった。


戸口から入るなり、床の部品を見て鼻を鳴らす。


「もうばらしたのか」


父は顔を上げない。


「ばらさないと分からん」


「ふん。で、嬢ちゃんは何を増やしたい」


親方がわたしを見た。


昨夜、丘の上で「一人の道具じゃねぇ」と言った人の目だった。


わたしは膝の上の板を両手で押さえた。

板には、部品の名前を一つずつ書き出している。


「同じ灯り箱を、いくつか作りたいです」


「いくつだ」


答えが喉で止まった。


町までなら、村の丘とヤンさんの狼煙台と町の詰所で足りる。

でも、町からさらに別の道へつなぐなら一つでは足りない。


「最初は、三つ」


父がこちらを見た。


「三つでいいのか」


「本当はもっと要ります。でも最初から十は作れません」


グスタフ親方が笑った。


「分かってるじゃねぇか」


笑われたのに、嫌な感じはしなかった。

十と言えば、たぶん父も親方も首を横に振った。


三つなら、まだ部品を数えられる。


父が床の上の部品を指した。


「脚は村で作れる。箱も作れる。遮蔽板も木で足りる」


「火皿は俺だな」


親方が言った。


「横軸の輪も俺だ。だが問題はそこじゃねぇ」


親方は灯り箱の奥から、磨いた銅板を引き抜いた。

昨日の光を前へ返していた板だ。


表面はまだ明るい。

けれど端の方に、煤の薄い曇りがついていた。


「これを三枚、同じにできるか」


わたしは銅板を見た。


同じ形に切る。

同じくらい磨く。

同じ角度で箱に入れる。


頭の中では簡単に並んだ。

でも親方の手の中の板は、指の跡だけで光り方が変わる。


「……磨き方で変わりますか」


「変わる」


親方は即答した。


「銅の質でも変わる。薄すぎれば歪む。厚けりゃ高い。表が波打てば、光がばらける」


父が古い銅片を二枚、引き出しから出した。


「試す」


◇◇◇


工房の戸を半分閉めた。


朝なのに、室内が少し暗くなる。

父が小さな灯りを箱の奥へ置き、三枚の銅板を順番に差し込んだ。


一枚目。


光はまっすぐ作業台の端まで届いた。


二枚目。


光は届いたが、少し横へ広がった。


三枚目。


光は弱く、床にぼんやり落ちただけだった。


グスタフ親方が腕を組んだ。


「三枚目は駄目だ」


「村の端なら見えるかもしれません」


言ってから、わたしは口を閉じた。


見えるかもしれない。


それは、通信の道具には一番よくない言葉だった。


(——たぶん届く、は駄目)


(——読めるはず、も駄目)


昨日、返事を待つ間の口の乾きを思い出した。

遠い光が動かないだけで、胸が冷えた。


あれを毎回誰かに味わわせるわけにはいかない。


「三枚目は使いません」


そう言うと、親方は少しだけ目を細めた。


父が板に線を一本引いた。


「使える銅板と、使えない銅板を分ける」


「分けるだけじゃ足りねぇ」


親方が言った。


「誰が見ても分かる線が要る。これ以上暗い板は駄目だ、という線だ」


父は黙って、作業台の端を叩いた。


「距離を決める」


「ああ」


親方が頷く。


「この距離で、ここの印まで光が届けば合格。届かなきゃ磨き直しか作り直し」


わたしは板に書いた。


——銅板は、見えるかどうかで決める。

——形だけ同じでは足りない。

——明るさの試験が要る。


前世なら品質検査と呼んだかもしれない。

でも今は、そんな言葉を出さなくていい。


父の言葉で足りる。


「この印まで届くこと」


それが最初の決まりだった。


◇◇◇


次に、脚を測った。


三本脚は同じ長さに切ったつもりでも、地面に刺すと高さが違った。

丘の土は柔らかいところと固いところがある。

一本が深く入り、一本が浅く止まる。


「脚を同じにしても、地面が同じじゃない」


わたしが言うと、父が短く頷いた。


「だから調整できる足が要る」


グスタフ親方が工房の隅から古い板を持ってきた。

そこに、脚の長さと斜めの角度を墨で写す。


「型板だ」


板に脚を当てれば、長さと角度がすぐ分かる。

穴の位置も写せる。


「これを作っておけば、毎回嬢ちゃんが紙を描かなくて済む」


親方はそう言って、木槌で型板の端を叩いた。


乾いた音が工房に響く。


父は別の板に、灯り箱の前面の高さを写した。


「遮蔽板の幅もここに入れる」


それから父は、小さな引き腕を板に当てた。

昨日、紐を結んだ輪がついている部品だ。


「ここの穴の位置も同じにする」


「穴ですか」


「手で引く紐も、後でつける布の装置も、この穴を引く。ここが違うと、全部変わる」


グスタフ親方が鼻を鳴らした。


「箱ごとに癖があると、布が困るわけだ」


「はい」


布は言い訳を聞いてくれない。

穴の位置が違えば、同じ一目でも板の開き方が変わる。


「紐の印もだ」


親方が言う。


「引きすぎると長くなる。昨日の若いのは、手が固かった」


わたしは小さく笑いそうになった。

あの若者の白い指を思い出す。


緊張すれば、人の手は強くなる。

強く引けば、光の長さが変わる。


だから紐にも印が要る。


「ここまで引く、という印を赤でつけます」


「赤で足りるか」


父が言った。


「夜でも分かるように、結び目もつける」


「はい」


板に文字が増えていく。


同じ塔を作るための紙ではなく、同じように使うための紙になっていく。


◇◇◇


昼前、部品の山は三つに分かれていた。


村で作れるもの。

グスタフ親方でないと作れないもの。

町で買わないと数が揃わないもの。


村で作れるものは、脚と箱と遮蔽板と操作紐。

親方のものは、火皿と横軸の輪と丈夫な釘。

町で買うものは、銅板と油と芯。それから予備の細い金具。


その三つ目の山が、思ったより大きかった。


「お金、足りますか」


思わず聞いた。


父はすぐには答えなかった。

作業台の上に置いた銅板を、指の腹でこすっている。


「一つなら足りる」


「三つは」


「ベルマン氏に値を聞く」


その名前が出ると、胸の奥が少しだけ重くなった。


町へ行く。

商人ギルドへ聞く。

それだけなら、計算珠盤の時にもあった。


でも今回は、町に高い灯りを置く話だ。

村の丘だけの話では終わらない。


グスタフ親方が、銅板を作業台に戻した。


「金だけじゃねぇ。町に立てるなら、町の許可が要る」


父が頷いた。


「町の役所へ話を通す」


工房の中が少し静かになった。


昨日の夜、光は町から返ってきた。

だから、つながったと思った。


でも朝の作業台の上では、つながる前に必要なものがいくつも並んでいる。


同じ長さの脚。

同じ明るさの銅板。

同じ印の紐。

同じ手順で閉じる遮蔽板。


そして、同じ約束。


(——塔は、木と銅だけじゃ立たない)


(——約束の上にも立つ)


わたしは部品表の最後に、一行を足した。


——町に置く前に、町の許可。


父がその文字を見て、短く頷いた。


グスタフ親方は型板を肩に担いだ。


「じゃあ、まず一台分のまともな部品を揃える。三台目の夢を見るのは、その後だ」


「はい」


工房の戸の隙間から、昼の光が細く入っていた。


銅板の表面に、その光が小さく返る。


昨夜の光よりずっと弱い。

それでも、同じ塔をいくつも作るための最初の線は、そこに引かれていた。


■あとがき・解説


第112話は、光信号塔を「一回だけ動く試作品」から「複数作れる道具」に変える回でした。


試作品は、作った本人が横についていれば動きます。

でも通信網にするには、別の場所で、別の人が、同じように使えないといけません。


ここで初めて「同じものを作る」難しさが出てきます。


■この話で出てきた言葉


■「標準化」——同じ結果を出すための決まり


標準化とは、形をそろえるだけではありません。

今回なら、銅板の形が同じでも、光が弱ければ使えません。


大事なのは「この距離で、この印まで光が届くこと」のように、使えるかどうかを判断する線を決めることです。


現代の製品でも、寸法だけでなく明るさ、強度、動作確認などの検査があります。


■「型板」——毎回同じ形を作るための道具


型板は、部品の長さや穴の位置を写すための板です。


図面を読める人だけが作れる状態だと、量産は進みません。

板に当てれば長さや角度が分かる。

それだけで、作れる人が増えます。


リナの発明が社会に広がる時、こういう地味な道具がかなり重要になります。


■「試作品」と「量産品」


試作品は、一つだけ動けば成功です。

量産品は、何個作っても同じように動く必要があります。


狼煙で使った布と時計の自動化は、ここではまだ載せていません。


まずは、手で引いても布と時計で引いても、同じ引き腕が同じだけ動く塔として揃えています。


自動化は便利ですが、塔ごとに遮蔽板の開き方や引き腕の穴の位置が違えば、布を載せても同じ短い光と長い光にはなりません。


プログラミングで言えば、先に入口をそろえる考え方です。


手動でも自動でも、灯り箱から見れば同じ命令として扱えるようにする。


同じ決まりをあちこちに別々に置かず、一つの基準へ寄せる。


このあたりは、インターフェースや責務分離、DRY に近い考え方です。


今回のリナは、成功した夜の興奮から一歩進んで、費用、部材、許可、作り手の問題に向き合い始めました。


通信網はここから、技術だけではなく町の制度にも入っていきます。


次の話もお楽しみに。


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― 新着の感想 ―
101話の修正、ありがとうございました。 今回の製作費や今までの発明品の製作費は全部、家族と親方の持ち出しなのかな?なんとなく費用面が心配。
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