古き厄災 対 白き厄災の娘
『我でも出来ぬことを……』
ノヴァは首を傾げる。
「できるよ?」
レナが吹き出す。
「基準がバグってるのよ」
ノヴァは巨手へ向かって飛ぶ。
触れれば消える領域。
だが彼女の周囲だけ、存在が保たれていた。
白と黒の光が境界線を作っている。
巨手が握り潰そうと迫る。
ノヴァは短く言った。
「じゃま」
ぴし。
小さな音。
次の瞬間、巨手が指先から砕けた。
消えたのではない。
“無にする力”そのものが割れた。
巨手は崩れ、虚無界へ落ちていく。
だが亀裂は閉じない。
奥の巨大な瞳が近づいてくる。
世界全体が軋む。
ネグゼルが、直接こちらへ来ようとしていた。
アルヴェリアが叫ぶ。
『ノヴァ! まだ終わっていない!』
ノヴァは振り返らず答える。
「うん」
そして笑った。
「これから」
空を裂く亀裂。
その奥から迫る、虚無王ネグゼルの巨大な瞳。
視線だけで山脈がきしみ、空気が薄れていく。
世界そのものが拒絶反応を起こしていた。
アルヴェリアは翼を広げ、仲間たちを庇う。
レナは歯を食いしばる。
「今まで本気じゃなかったとか、やめてよ……」
ゼルクは苦笑した。
「だが、言いそうではある」
フィリアはノヴァを見つめる。
「……来る」
亀裂の目前。
小さな背中。
白金の翼。
聖剣と魔剣を手にした少女ノヴァが、ゆっくりと振り返る。
皆を見る。
母を見る。
そして、いつもより少しだけはっきりと言った。
「ちょっとだけ、ほんき……出す」
静寂。
次の瞬間。
どくん。
世界の鼓動のような音が鳴った。
ノヴァの体から、白と黒を超えた光が溢れ出す。
金。
銀。
蒼。
紅。
あらゆる色が混ざり、しかし濁らず輝く。
翼が増える。
二枚。
四枚。
六枚。
八枚。
背後に光輪が幾重にも浮かぶ。
聖剣と魔剣は溶け合い、一振りの透明な剣へ変わった。
存在しているのに、輪郭が定まらない剣。
レナが呆然とする。
「え、変身まだ残ってたの?」
ゼルクが遠い目になる。
「我は何度驚けばよいのだ」
ノヴァの髪がふわりと伸び、光を帯びる。
瞳には星空のような深さ。
幼い姿のまま。
だがそこに立つのは、誰よりも古く、誰よりも新しい何かだった。
アルヴェリアが震える声で呟く。
『始源調停体……』
フィリアが聞き返す。
「何、それ」
『世界の均衡が崩れる時のみ現れる、伝承上の姿……』
『まさか我が子が……』
亀裂の奥。
巨大な瞳が初めて揺れた。
虚無王ネグゼル。
存在を消す災厄。
その災厄が、恐怖を覚えていた。
闇の奥から声が響く。
『ありえぬ……なぜその器に……!』
ノヴァは首を傾げる。
「しらない」
少し考えて、続けた。
「でも、あなた、こわがってる」
ノヴァが前へ踏み出す。
その一歩で、亀裂の縁が修復される。
二歩目で、虚無界の闇に星が灯る。
三歩目で、ネグゼルの圧力が押し返される。
レナが叫ぶ。
「歩くだけで世界直してるんだけど!?」
ネグゼルが吠え、無数の消滅波を放つ。
山脈も空もまとめて消す一撃。
ノヴァは透明な剣を持ち上げた。
「おしまい」
振るう。
音はなかった。
ただ、一本の線が走った。
消滅波が消える。
亀裂が閉じる。
闇が割れる。
奥にいた巨大な瞳が、左右に分かれた。
虚無王ネグゼルの気配が、完全に霧散する。
数秒遅れて、風が戻る。
雪が舞う。
青空が広がる。
山頂に平和だけが残った。
ノヴァは空中でふらりと揺れ、そのまま元の小さな姿へ戻る。
翼も二枚に戻り、剣も聖剣と魔剣へ分かれる。
そのまま落ちかけたところを、アルヴェリアが慌てて受け止めた。
『ノヴァ!!』
ノヴァは母の鼻先にもたれ、眠そうに言った。
「つかれた」
レナが笑い崩れる。
「そりゃそう!」
アルヴェリアは娘をそっと包む。
銀の瞳から涙がこぼれた。
『……強く、優しく、無茶をする』
『本当に我の子だ』
ゼルクがぼそり。
「本当に似ているな」
フィリアは微笑んだ。
雪の山頂に、穏やかな日差しが降り注いだ。
虚無界の亀裂は閉じ、空は完全な青を取り戻していた。
雪原には静けさ。
戦いの痕跡すら、風が優しく消していく。
アルヴェリアの翼に包まれたノヴァは、しばらく眠っていた。
レナたちは焚き火を囲み、久しぶりの穏やかな時間を過ごしていた。
白ぽむたちは巨大な母獣の尻尾で遊び、黄ぴむはまた埋まっていた。
「ぴむー!」




