禁雪峰ヴァイスレム
三日後。
彼らは山頂へ辿り着く。
そこには古代の神殿があった。
半ば雪に埋もれた白銀の遺跡。
柱には翼ある獣の彫刻。
中央には巨大な円形広場。
そして、その中心で風が止んでいた。
フィリアが息を呑む。
「……結界」
ノヴァは一歩前へ出る。
広場の奥。
雪煙の向こうに、巨大な影が現れた。
四足。
王城ほどもある体躯。
純白の毛並み。
背から広がる六枚の翼。
銀の瞳。
圧倒的な神性と孤独を纏った獣。
レナが声を失う。
「……でか……」
ゼルクでさえ黙る。
フィリアは震えた。
「白き災厄……」
巨大な白獣はノヴァを見下ろした。
長い沈黙。
吹雪すら止む。
ノヴァも見上げる。
白金の翼が静かに揺れる。
やがて獣が一歩近づいた。
大地が揺れる。
レナが剣を構える。
「来る!」
だがノヴァは手を上げた。
「だいじょうぶ」
小さく言った。
白獣は顔を近づけた。
巨大な鼻先が、ノヴァの髪へ触れる。
匂いを確かめるように。
次の瞬間。
その銀の瞳から、一筋の涙が落ちた。
広場に落ち、花のような氷結晶になる。
フィリアが呟く。
「……泣いてる」
ノヴァの胸元が光った。
白い光が獣へ流れ、獣の光がノヴァへ返る。
二つの魂が呼び合うように。
ノヴァの脳裏へ、知らない景色が流れ込む。
夜空。
黒い門。
戦火。
傷ついた巨大な白獣。
そして、小さな赤子。
獣はその赤子を翼で包み、遠くへ飛ばした。
最後に優しく額を合わせる。
ノヴァの目が見開かれる。
「……おかあ、さん?」
白獣はゆっくり頷いた。
声は頭の中へ直接響いた。
『我が子……ようやく、会えた』
全員が凍りつく。
レナが二度見する。
「お母さん!?」
ゼルクが咳き込む。
「白いのに親がいたのか……!」
フィリアは目を潤ませる。
「よかった……」
白獣は語る。
『我が名はアルヴェリア』
『天界と魔界の狭間を守る守護獣』
『黒門を封じる戦いで傷つき、お前を守るため遠くへ飛ばした』
ノヴァは一歩進む。
「ずっと、ひとり?」
アルヴェリアは静かに頷く。
『お前が生きていると信じていた』
ノヴァは飛び上がった。
小さな体で、巨大な鼻先へ抱きつく。
白獣は翼でそっと包む。
山頂の吹雪がやんだ。
レナは鼻をすすった。
「だめ、こういうの弱い……」
フィリアも目を拭く。
「同じく」
ゼルクは横を向いた。
「……雪が目に入っただけだ」
だが影は迫る
その時。
神殿の空に黒い亀裂が走った。
びりびりびり。
アルヴェリアの表情が変わる。
『来たか……』
黒門の奥から、無数の赤い瞳が覗く。
さらにその奥。
今までで最も巨大な影。
山脈を超えるほどの角。
レナが青ざめる。
「また親世代来た!?」
アルヴェリアはノヴァを庇うように前へ出る。
神殿上空。
黒い亀裂は空を裂き、そこから無数の悪魔軍が溢れ出していた。
翼ある兵。
巨人。
魔獣。
そして門の奥には、山脈すら小さく見える巨大な角の影。
アルヴェリアは六枚の翼を広げ、前へ出ようとする。
その時。
小さな手が、巨大な前脚へそっと触れた。
ノヴァは見上げた。
銀の瞳をまっすぐに。
「たたかう、だめ」
短い一言。
アルヴェリアが止まる。
ノヴァは続けた。
「おかあさん、やすむ」
「こんど、わたし」
その声は幼い。
けれど揺るがなかった。
レナが小さく笑う。
「言うようになったわね」
フィリアは頷く。
「成長期」
アルヴェリアは黙った。
目の前の娘は、小さかった赤子ではない。
多くを守り、仲間を得て、ここまで来た存在。
それでも母としては戦わせたくない。
『だが――』
ノヴァは首を横に振る。
「しんぱい、いらない」
白金の翼が広がる。
純白の聖剣。
漆黒の魔剣。
遺跡が光に染まった。




