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再び悪意との遭遇


その夜、川辺で野営した。

焚き火。星空。せせらぎ。

レナは串焼きを回しながら言う。


「ねえ、ノヴァ」


ノヴァは肉を見ている。


「あなた、人間だったりしない?」


ノヴァの耳がぴくっと動いた。

レナが目を細める。


「妙に表情豊かだし、理解力あるし、時々“やれやれ”みたいな顔するし」


図星だった。

だが話せない。

ノヴァは無言で肉を奪った。


「あっ、私の!」


もぐもぐ。

答えは保留である。



深夜。

レナが寝息を立てる横で、ノヴァは目を開けた。

風が変わった。

冷たい。

川上から、甘く腐った臭いが流れてくる。

あの村で嗅いだ匂いに近い。

ノヴァは静かに立ち上がる。

音を立てず、闇へ歩く。

数十歩先。

川辺の石の上に、誰かが座っていた。

月光に照らされる小さな影。

フード。

赤い瞳。

ミレアが足をぶらぶらさせながら笑っていた。


「こんばんは、ノヴァ」


ノヴァは低く唸る。

ミレアは楽しそうに手を振る。


「今日は戦いに来たんじゃないよ」


その笑顔が、逆に不気味だった。


「ねえ。君、自分が“何者か”知りたくない?」


月明かりが川面を白く照らしていた。

水は静かに流れているのに、空気だけが嫌に重い。

石の上で足を揺らすミレアは、まるで夜遊びに来た子どものようだった。

その赤い瞳だけが異質に光っている。




ノヴァは黙って見つめ返した。

自分が何者か。

人間だった記憶はある。

だが名前も顔も、もう霧の向こうだ。

今の自分は白い毛並みで、四足で走り、肉が好きで、寒さに強くて、レナに撫でられると少し嬉しい。

それで十分だった。

ノヴァは鼻を鳴らす。

そして心の中で、はっきり思った。


――私は私。何者かなんてどうでもいい。


前足で地面を一度叩く。

ばし。

ミレアが瞬きをした。


「……え?」


ノヴァはそっぽを向いた。

興味なし。

その態度は十分伝わったらしい。

ミレアは数秒ぽかんとした後、吹き出した。


「ふふっ、変なの。普通は気になるでしょ?」


ノヴァは気にならない。

腹が減ってる時のご飯のほうが重要だ。

眠い時の寝床も重要だ。

大事な人が困っていたら助けたい。

それだけで生きる理由としては足りている。




ミレアは笑いながらも、どこか調子を崩された顔をしていた。


「君みたいなの、初めて見た」


ノヴァはじっと睨む。


「力がある者は、出自を求める。

弱い者は、力を求める。

みんな“自分が何か”に縋るのに」


ノヴァは首を傾げた。

難しい話である。

ミレアは肩をすくめる。


「……まあいいや。じゃあ別の話」


その瞬間、彼女の笑みが消えた。


「次の街が壊れるよ」


ノヴァの毛が逆立つ。


「三日後。東の街道の先、ハルネの街」


ミレアは川へ小石を投げた。

ぽちゃん、と音がする。


「止めたければ来て。君と、あのレナって人で」


ノヴァは一歩前へ出る。

ミレアは嬉しそうに目を細めた。


「でも、ひとつ忠告」


赤い瞳が細くなる。


「今度の相手は、私だけじゃない」


風が吹いた。

目を細めた一瞬。

次の瞬間には、石の上に誰もいなかった。

残ったのは甘く腐った臭いだけ。


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