悪意に向けて出発
ガルドは腕を組む。
「レナ、お前に調査依頼を出す」
「……やっぱりそう来た」
「報酬は弾む」
「受ける」
即答だった。
レナはノヴァを見る。
「あなたはどうする?」
ノヴァは少し考えた。
森に戻ることもできる。
静かに狩って、昼寝して、生きることも。
けれど。
困っている人がいる。
ミレアもいる。
それに――。
レナは、ご飯をくれる。
ノヴァは前足をレナの膝に置いた。
行く。
レナは笑った。
「交渉成立ね」
ガルドが豪快に笑う。
「よし! 人間一人とフェンリル一匹――」
ノヴァが机を叩いた。
ばしん。
ガルドは言い直した。
「……一人と、一柱の神獣で行ってこい!」
満足。
ノヴァは尻尾を振った。
こうして、白き幼体フェンリル・ノヴァと冒険者レナの旅が始まった。
各地に広がる瘴気。
逃げた呪術師ミレア。
その背後に潜む、まだ見ぬ敵。
そしてノヴァにとって何より重要な問題――。
旅先のご飯は、美味しいのか。
旅立ちは三日後になった。
その三日間、ノヴァは街で静養――する予定だった。
予定だけは。
実際には、朝から晩まで人に囲まれていた。
「白い英雄さま、こっち向いて!」
「これ食べる?」
「毛並みつやつや……」
「ちっちゃ……」
ノヴァは宿の窓辺で丸くなり、現実逃避していた。
レナは笑っているだけだった。
助ける気はないらしい。
二日目。
宿の主人がやって来た。
「頼む! 店の看板に使わせてくれ!」
差し出されたのは板。
《白き英雄も泊まった宿》
ノヴァはじっと見た。
嘘ではない。
だが何か違う。
その横にはすでに、ノヴァを模した妙な絵まで描かれていた。
耳が大きすぎる。
目が丸すぎる。
尻尾が三本ある。
ノヴァは前足で板をぺしっと叩いた。
「修正入りましたー!」と宿主が叫ぶ。
レナが腹を抱えて笑っていた。
三日後の朝。
荷物は少なめだった。
レナの剣、旅装、保存食。
ノヴァ用の肉袋。
そして街の子どもたちから渡された、小さな赤い首布。
「これつけて!」
ノヴァは最初嫌そうな顔をした。
だがレナが首に巻いてやると、意外と似合った。
「……かわいい」
ノヴァは不満げに尻尾を振った。
かわいい扱いは複雑だった。
門前では衛兵隊長やギルド長ガルドまで見送りに来ていた。
ガルドが腕を組む。
「東の街道沿いに、まず一件目の異変がある。農地が一夜で枯れた」
レナが頷く。
「ミレアの痕跡も?」
「わからん。だが臭う」
ノヴァも同意した。
たぶん臭う。いろいろ。
「気をつけて行け」
ノヴァは前足を上げた。
ぺし。
また隊長の額に肉球が当たった。
なぜか恒例になりつつあった。
街道の昼
街を出て半日。
春の風が草原を揺らし、空は高い。
レナは機嫌よく歩きながら鼻歌を歌っていた。
ノヴァは先行し、周囲の気配を探る。
風向き良し。
獣臭、少し。
人間の匂い、二人。
馬、一頭。
ノヴァの耳が立つ。
街道の先で、馬車が止まっていた。
老人と若い商人らしき男が困った顔をしている。
車輪がぬかるみに嵌まっていた。
レナが声をかける。
「どうしました?」
老人が泣きそうな顔になる。
「助かった! 荷が動かんのです!」
レナは腕まくりした。
「任せて!」
十分後。
レナは汗だくになっていた。
車輪はびくともしない。
ノヴァはため息をつき、車輪の横へ行く。
前足を添え、後ろ脚で地面を踏みしめる。
ぐいっ。
馬車が持ち上がった。
老人と商人が固まる。
レナも固まる。
ノヴァはそのまま車輪を押し出した。
ぬかるみ脱出。
老人が震える声で言う。
「……神様?」
ノヴァは少し誇らしかった。
レナは頬を膨らませる。
「私も頑張ったんだけど?」
ノヴァは見なかったことにした。




