悪意の行方
夜明け前、村には久しぶりに人の声が戻っていた。
倒壊した柵を直す音。
負傷者を運ぶ足音。
鍋に火を入れる音。
生き残った村人たちが地下の貯蔵庫から救い出され、衛兵と冒険者たちが忙しく動き回っている。
その中心で――。
ノヴァは毛布にくるまれていた。
広場の片隅、樽を並べて即席の寝床にされ、頭には包帯。
前足にも小さく布が巻かれている。
そして目の前には、山盛りの肉。
焼き肉。茹で肉。干し肉。
ついでに骨付き肉。
「英雄様の朝食だ!」と村の料理番が胸を張った。
ノヴァは一瞬だけ威厳ある顔をした。
次の瞬間、飛びついた。
がつがつ。もぐもぐ。ばくばく。
「食べ方は英雄っぽくないな」
「そこがいいんだろ」
周囲の冒険者たちが笑う。
レナは腕を組みながらため息をついた。
「傷だらけで倒れてたのに、食欲だけは無限なのね……」
ノヴァは口いっぱいに肉を詰めたまま、得意げに尻尾を振った。
食事が一段落すると、衛兵隊長がやって来た。
兜を外し、真面目な顔でレナへ告げる。
「黒幕の少女……ミレアは見つからん」
レナの表情が引き締まる。
「逃げたの?」
「おそらく。異形が崩れる直前、影に溶けるように消えたと証言がある」
ノヴァも耳を立てた。
あの赤い瞳。
ふざけた笑み。
生きている。
衛兵隊長はノヴァを見て、深く頭を下げた。
「……街も村も、二度救われた。礼を言う」
ノヴァは少し困った。
こんな真面目に頭を下げられると落ち着かない。
とりあえず前足を上げた。
ぺし。
隊長の額に肉球が当たる。
数秒の沈黙。
周囲が吹き出した。
隊長も苦笑する。
「これは……許しを得た、ということでいいか」
ノヴァはなんとなく頷いた。
その日の昼。
冒険者ギルドから伝令が来た。
「ギルド長が、ぜひ話をしたいと」
レナは顔をしかめる。
「嫌な予感しかしない」
ノヴァは首を傾げる。
嫌な予感とは何だろう。
食べ物が減ることだろうか。
街へ戻ると、門の前に人だかりができていた。
誰かが叫ぶ。
「いたぞ! 白い英雄だ!」
「ちっちゃい!」
「かわいい!」
「本当にあれが竜を!?」
ノヴァは即座にレナの背後へ隠れた。
注目は苦手だった。
だが子どもたちが駆け寄ってくる。
「わんちゃん!」
違う。
「狼?」
もっと違う。
レナが笑いをこらえながら言う。
「神獣様らしいわよ?」
ノヴァはじとっと見上げた。
レナはおかしそうに笑っていた
冒険者ギルドの最上階。
大きな机の向こうに、筋骨隆々の老人が座っていた。
白髪混じりの髭。傷だらけの顔。
片目には眼帯。
いかにも強そうだ。
老人はノヴァを見るなり黙った。
じっと見る。
さらに見る。
そして低い声で言った。
「……小せぇな」
ノヴァはむっとした。机をバシバシと叩く
レナが吹き出す。
老人――ギルド長ガルドは豪快に笑った。
「冗談だ。強さに大きさは関係ねぇ」
そう言って立ち上がり、真剣な目になる。
「本題だ。黒竜の件も、村の呪術師の件も、ただ事じゃねぇ」
机の上に地図が広げられる。
各地に赤い印。
「同じような瘴気の報告が、ここ一ヶ月で七件」
レナが息を呑む。
「そんなに……」
「ミレアってガキ一人の悪戯じゃ済まねぇ。裏に何かいる」
ノヴァは地図を見つめる。
七つの赤点。
嫌な予感がした。




