84話 ノヴァ無双
白金の翼を持つ少女は、空中で静かに相手を見る。
巨大な悪意。
王都を覆う圧力。
だが表情は変わらない。
小さく口を開いた。
「……やだ」
たった二文字。
しかし王都中に響いた。
レナが笑う。
「最高」
ヴァルザドの腕が振り下ろされる。
街区ごと消し飛ばす質量。
だが少女ノヴァは、ふわりと前へ出た。
純白の聖剣を横に振る。
しん――。
音が消えた一瞬の後。
巨大な腕が、肘から先ごと滑り落ちた。
ずどぉぉん!!
港区画が揺れる。
悪魔軍、沈黙。
ルシエラの顔色が変わる。
「父上の腕を……!」
切断面から黒炎が噴き出し、腕が再生し始める。
ヴァルザドが吠える。
「小娘ぇぇぇ!!」
今度は無数の腕が門から伸びた。
十。
二十。
数え切れない。
フィリアが息を吐く。
「きりがない」
ゼルクが立ち上がろうとする。
「ならば全部落とすまで……!」
だが傷が深く、膝をつく。
少女ノヴァは右の聖剣、左の魔剣を交差させた。
白と黒の光が絡み合う。
相反する力が、ひとつの輪となる。
王都の瓦礫が浮き上がり、空気が震える。
レナが目を細める。
「なんか、すごいやつ来るわね」
ノヴァは短く言った。
「きえる」
そして翼を打った。
少女の姿が、空一面に増えたように見えた。
残像。
白い斬線。
黒い斬線。
交差し、走り、踊る。
次の瞬間。
門から伸びていた無数の腕が、同時に切断された。
ドドドドドドド――!!
切り落とされた腕が雨のように落ちる。
悪魔軍は逃げ惑い、自軍に踏み潰されていく。
レナが呟く。
「容赦ない……」
ルシエラは空で震えていた。
父。
軍。
誇り。
すべて崩れていく。
ノヴァが目の前に現れる。
距離ゼロ。
「まだ、やる?」
ルシエラは息を呑んだ。
その声に殺意はない。
ただ確認だった。
長い沈黙の後、ルシエラは槍の柄だけを捨てた。
「……降参だ」
悪魔軍がざわつく。
だがヴァルザドは怒り狂っていた。
「愚娘が!!」
門がさらに裂け、上半身そのものが出てこようとする。
王都全体がきしむ。
建物に亀裂。
海面が逆巻く。
フィリアが低く言う。
「本命はこっち」
少女ノヴァは二剣を握り直す。
白金の翼がさらに広がる。
小さく、でもはっきりと言った。
「おおきいの、しまう」
黒き門から這い出ようとする魔界大公ヴァルザド。
半身だけで城より巨大。
王都全体が軋み、空気そのものが悲鳴を上げていた。
その前に立つのは、小さな少女。
白金の翼。
純白の聖剣。
漆黒の魔剣。
そして静かな瞳。
ノヴァは目を閉じた。
風が止む。
戦場の音が遠のく。
レナが息を呑む。
「……何か来る」
フィリアは頷く。
「いっぱい来る」
ゼルクが笑う。
「分かるのか、それ」
次の瞬間。
ノヴァの周囲に、光の輪が幾重にも広がった。
その輪から一本、また一本と剣が現れる。
純白の剣。
漆黒の剣。
銀の剣。
蒼い剣。
炎を宿す剣。
氷を纏う剣。
数十。
数百。
さらに増える。
空を埋め尽くすほどの剣群。
兵士たちが呆然と空を見上げる。
「……武器庫?」
レナが首を振る。
「災害よ、もう」
悪魔兵たちの顔色が変わる。
「に、逃げろ!」
「まずい!」
「こんなの聞いてない!」
ルシエラでさえ息を飲んだ。
「この規模の召剣術……」
ヴァルザドが怒鳴る。
「雑兵ども! 前へ出ろ!」
だが誰も前へ出ない。
ノヴァはゆっくり目を開いた。
そして一言。
「わるいこ、だめ」
右手を下ろす。
一斉に放たれた。
無数の剣が流星のように降り注ぐ。
ひゅん。
ひゅんひゅん。
ごぉぉぉっ。
悪魔兵の翼を貫く。
槍を砕く。
鎧を裂く。
黒門へ押し戻す。
逃げる者も、叫ぶ者も、空から次々と落ちていく。
だが致命傷ではない。
剣は急所を外し、戦意だけを砕いていた。
フィリアが分析する。
「手加減してる」
レナが目を丸くする。
「この数で!?」
ゼルクは瓦礫にもたれながら笑った。
「ふっ……」
「我が知る白いのは、寝て食うだけではなかったらしい」
ノヴァはちらっと見た。
少しだけ得意げだった。
残った剣すべてが、黒門へ向きを変える。
数百、数千の刃先。
門の奥のヴァルザドへ。
大公が初めて焦りの声を上げた。
「やめ――」
少女は静かに告げた。
「しまう」
手を振る。
剣群が一斉に突撃した。
ドドドドドド――!!
門へ突き刺さる。
腕を裂く。
肩を穿つ。
角を砕く。
黒門そのものが悲鳴のような音を立てる。
空の裂け目に亀裂が走る。
黒い門が砕け始めた。
ヴァルザドの巨体が後退する。
「この世界ごときに……!」
少女ノヴァは最後に、純白の聖剣を掲げた。
「かえる」
白い閃光。
門は真っ二つに裂け、爆散した。
闇が消え、朝のような光が差し込む。
こっからはずっと人型になります




