56話 襲来、執行官
祝宴。
歌。
酒。
料理。
ノヴァは山盛り肉の前で満足していた。
レナは机に突っ伏して寝ている。
フィリアは静かに食べ続ける。
パウは皿に埋もれている。
平和だった。
だが、窓の外。
遥か彼方の月面に、一本の黒い槍が突き立った。
誰にも気づかれず。
そこから、冷たい眼がこちらを見下ろしていた。
祝宴は夜明けまで続いた。
王都アルセリアは、滅びを免れた喜びに包まれていた。
広場では楽団。
路地では踊り。
酒場では乾杯の連続。
「白き守護狼に栄光を!」
「レナ様にも!」
「ついでみたいに言うな!」
笑い声が絶えない。
ノヴァは城の食堂で、巨大な肉の山と向き合っていた。
戦いの後に最も大事な時間である。
静かな異変
だがその時。
ノヴァの耳がぴくりと動いた。
フォークが皿に当たる音。
厨房の包丁。
遠くの笑い声。
その全部の奥に、別の音が混じる。
かつ。
かつ。
かつ。
硬いものが、石を踏む音。
ゆっくり。
一定の間隔。
王城の廊下から近づいてくる。
ノヴァは顔を上げた。
フィリアも同時に箸を止める。
「気づいた?」
ノヴァは頷く。
レナは肉を頬張ったまま首を傾げる。
「なに?」
その瞬間。
王城全体の灯りが消えた。
食堂が闇に沈む。
悲鳴。
物音。
兵士たちの怒号。
窓から差し込む月明かりだけが、一本の影を照らした。
入口に立つ者。
長身。
黒い外套。
槍のように細い体。
顔は見えない。
ただ、その背後に月がある。
レナが立ち上がる。
「誰よあんた」
男は答えない。
代わりに、一歩前へ出る。
かつ。
床石がひび割れた。
月槍の騎士
近衛兵たちが雪崩れ込む。
十人。二十人。
「止まれ!」
槍を構え、一斉突撃。
影は視線すら向けない。
持っていた黒槍を、床へ軽く突いた。
こん。
衝撃波。
兵士たちがまとめて吹き飛ぶ。
壁に叩きつけられ、気絶する。
レナが顔を引きつらせる。
「軽くやってそれ!?」
フィリアの目が細くなる。
「月面の槍」
「あれと同じ気配」
男が初めて口を開く。
低く、静かな声。
「観測者は滅びた」
「無能だった」
外套が揺れる。
その下には、白銀の鎧。
胸には月を貫く槍の紋章。
「私は執行者」
「名はルナグラム」
「敗北した系統の後始末に来た」
レナが剣を抜く。
「感じ悪さまで上位互換!」
ノヴァは椅子から降りる。
肉片を一つ飲み込み、静かに前へ出た。
幼体のまま。
小さい。
だが食堂の空気が変わる。
ルナグラムの視線が初めて下がる。
ノヴァを見る。
「……これが、記録にない存在か。なるほど」
黒槍を構える。
「ならば試す価値はある」




