46話 ナイトメア・ワイバーン
その日の夜。
王都上空に霧が出た。
月が隠れ、街が暗く沈む。
鐘楼の鐘が鳴る。
警報。
「来たぞー!!」
城壁の兵たちの叫び。
次の瞬間。
黒い影が雲を突き破った。
巨大な翼。
細長い首。
刃のような尾。
赤く光る眼。
一体ではない。
三体。
レナが剣を抜く。
「群れなの!?」
フィリアの瞳が冷える。
「親子かもしれない」
「どっちでも嫌よ!」
ワイバーンが急降下する。
城壁の塔へ爪を立て、石材をえぐる。
兵たちが吹き飛ぶ。
ノヴァは即座に走った。
屋根から屋根へ。
塔から塔へ。
小さな白い影が夜空を切る。
一体目が再上昇する瞬間、ノヴァは鐘楼の先端から跳んだ。
空中。
交差。
ぺし。
ワイバーンの鼻先に肉球。
竜はそのまま失速し、広場の噴水へ顔面から突っ込んだ。
レナが叫ぶ。
「空中でもそれ!?」
二体目、三体目が同時に旋回する。
そこへフィリアが王城の屋上へ立った。
髪が夜風に揺れる。
彼女は片手を空へ向けた。
「落ちなさい」
王都の上空に無数の氷槍が出現する。
星のように並ぶ蒼い槍。
一斉射出。
二体目の翼を貫き、三体目の尾を凍らせる。
二頭まとめて墜落。
兵たちから歓声が上がる。
「氷の女神だ!」
フィリアは少し考え、レナに聞いた。
「今、褒められた?」
「かなりね」
だがその時。
誰も気づかなかった高空から、さらに巨大な影が降りてきた。
雲より大きい。
漆黒の鱗。
六枚翼。
額に赤い紋章。
三体は囮。
本命が王城へ一直線に落ちてくる。
エリシアの塔へ。
レナが顔色を変える。
「上!!」
ノヴァの耳が立つ。
時間が足りない。
でも、間に合う。
白い幼体フェンリルは、王城の尖塔へ向かって全力で駆け出した。
王城の尖塔へ、黒き巨影が落ちてくる。
雲を裂き、夜を割り、赤い紋章を額に灯して。
六枚翼の巨大竜。
狙いはただ一つ。
塔の最上階――大量の魔石のある――王女エリシアの部屋。
レナが叫ぶ。
「間に合ってぇぇ!!」
ノヴァは石壁を駆け上がる。
窓枠。
旗竿。
装飾の彫像。
足場になりそうなもの全てを使い、垂直に駆ける。
小さな体だからこそできる速度。
背後には白銀の神狼の幻影。
塔の半ばで、フィリアが氷の足場を空中へ展開する。
「使って!」
ノヴァはそれを蹴る。
さらに上へ。
さらに速く。
レナが地上から拳を握る。
「行けぇぇ!」
巨大竜の爪が塔へ届く寸前。
ノヴァが先に到達した。
尖塔の先端から跳躍。
空中で、小さな白と巨大な黒が交差する。
竜の赤い瞳がノヴァを捉える。
嘲るような咆哮。
ノヴァは無言。
そして。
ぺし。
額の赤い紋章へ、肉球が触れた。
一拍遅れて、空が割れた。
竜の紋章から白い亀裂が走り、頭部、首、翼へ一気に広がる。
黒い鱗が弾け飛ぶ。
六枚翼がばらばらに砕ける。
巨大竜は王城へ届く前に制御を失い、そのまま外壁へ激突した。
轟音。
煙。
石片が降る。
兵士たちが呆然と空を見上げる。
レナが胸を張った。
「うちの子です」
誰も聞いていなかった。
ノヴァは空中でくるくる回っていた。
いつもの反動である。
レナが気づく。
「まただぁぁ!」
走る。
広場を全力疾走。
落下地点へ滑り込む。
どさっ。
ぎりぎりで受け止めた。
その勢いで二人まとめて転がる。
ノヴァはレナの顔の上で止まった。
レナは息を切らしながら笑う。
「……毎回これね」
ノヴァは当然の顔だった。




