守りたいもののために②
そして――爆ぜた。
赤熱した炎と白銀の冷気がぶつかった中心から、凄まじい衝撃が広がる。
地面の砂利が吹き飛び、折れた槍が宙を舞い、周囲の兵士たちは腕で顔を庇った。
街道の石畳には放射状の亀裂が走る。
煙と蒸気が渦を巻いた。
誰も、何も見えない。
やがて風が抜ける。
視界が開けた時、そこに立っていたのは――白い小さな影だった。
少女は四肢で地を踏みしめ、前足を少し沈めて耐えている。
足元の石畳は凍りつき、霜が広がっていた。
その正面。
黒竜の口元には氷が張りつき、吐き出しかけた炎が封じられている。
「ブレスを……押し返した……?」
誰かが呟いた。
黒竜は苛立たしげに頭を振り、口元の氷を砕く。
片目は潰れ、鼻先には傷。
だがまだ倒れない。
むしろ怒りで力を増していた。
巨体が跳ねる。
竜が飛んだ。
翼の一振りで土煙が巻き上がり、上空から少女へ急降下する。
巨大な質量そのものが武器だった。
少女は空を見上げる。
逃げ場はない。
――いや、ある。
少女は一歩だけ前へ出た。
竜の影が覆いかぶさる寸前、横ではなく――真下へ潜り込む。
着地の瞬間、竜の胸元へ体当たり。
小さな体では押し返せない。
だが狙いはそこではない。
着地の軸をずらす。
竜の前脚がもつれ、巨体が傾く。
そこへ少女は雷のような速さで駆け上がった。
前脚。肩。首。
そして、残った片目へ。
白い牙が深く突き刺さる。
黒竜の絶叫が空を裂いた。
巨体が暴れ、少女は振り払われる。
石壁へ叩きつけられ、瓦礫が崩れた。
女性冒険者が叫ぶ。
「だめぇっ!」
瓦礫の中は静かだった。
黒竜は両目を失い、狂乱して尾を振り回す。
周囲の荷車も柵も薙ぎ倒される。
見えない怒り。
それでもなお、竜は危険だった。
衛兵隊長が歯を食いしばる。
「総員、退避しろ! 視界を失っても暴れられたら町が終わる!」
誰も少女の生存を口にできなかった。
その時。
瓦礫が、小さく揺れた。
石の隙間から白い前足が伸びる。
次いで、土埃まみれの鼻先。
少女はふらつきながら立ち上がった。
額から血が流れ、片耳が切れている。
それでも瞳は消えていない。
女性が泣きそうな顔で笑った。
「……生きてる……!」
少女はその声に耳だけ動かし、また竜を見る。
両目を失った竜は、音と気配だけで暴れている。
なら――勝てる。
少女は深く息を吸った。
森で学んだことを思い出す。
風。
音。
匂い。
足運び。
巨大な相手ほど、倒れれば終わる。
少女は走った。
右へ。左へ。止まり、また走る。
爪音をわざと鳴らし、竜を惑わせる。
竜がその音へ突進する。
そこには誰もいない。
空振った巨体が石壁へ激突。
さらに別方向で爪音。
竜が振り向く。
また外れる。
怒りで冷静さを失った竜は、何度も無駄に体力を削っていく。
やがて呼吸が荒くなり、動きが鈍った。
その瞬間。
少女は真正面から飛び出した。
竜が咆哮し、最後の爪を振るう。
少女はその腕を駆け上がった。
肩へ。首へ。頭頂へ。
そして――。
頭蓋の継ぎ目へ、全力で牙を突き立てた。
時間が止まったようだった。
次いで、巨体が崩れる。
地響き。
黒竜はゆっくりと横倒しになり、二度と動かなかった。
静寂。
誰も声を出せない。
あの災厄が、倒れた。
小さな、小さな白い獣によって。
少女は竜の頭から降りると、ふらりと歩く。
まっすぐ、栗色の髪の女性の元へ。
女性は膝をつき、震える手で少女を抱き上げた。
小さい。
一年前と変わらぬほど、小さい。
けれど、その体は傷だらけで熱かった。
「ありがとう……ありがとう……」
少女は力なく女性の腕に頭を預ける。
眠気が押し寄せる。
まぶたが落ちる直前、少女は思った。
――ご飯、また食べたい。
そして安心したように、すうっと眠りに落ちた。
次に目を覚ました時、鼻先をくすぐったのは薬草の匂いだった。
乾いた葉。煮出した湯。清潔な布。
それに、焼いた肉の香り。
少女の耳がぴくりと動く。
ゆっくり目を開けると、木の天井が見えた。
見慣れない部屋。壁にはランタン。窓辺には花瓶。
身体の下はふかふかだった。
(……やわらかい)
思わず前足で押して確かめる。
干し草の寝床しか知らない少女にとって、ベッドは衝撃だった。
その時、扉が勢いよく開いた。
「起きた!?」
栗色の髪の女性冒険者が飛び込んでくる。
少女と目が合う。
数秒の沈黙。
次の瞬間、女性は泣きながら抱きついた。
「よかったぁぁぁ……!」
もふっ。
顔が毛に埋まる。
少女は目を白黒させた。
息苦しい。だが嫌ではない。
むしろ少しうれしい。
女性は慌てて離れる。
「ご、ごめん! 苦しかった!?」
少女は小さく「くぅん」と鳴いた。
女性は胸を押さえた。
「かわいい……」




