北天氷域の守護者
朝日が昇る頃。
港の広場には長い食卓が並び、復興祝いの宴が始まっていた。
焼き魚。
煮魚。
貝の酒蒸し。
海鮮スープ。
ノヴァは中央席に座らされ、次々と皿が積まれていく。
子どもたちが白い布を巻いて真似していた。
前足を上げて、ぺし。
ノヴァ流である。
レナは笑いながら空を見上げた。
「でも、“天蓋の向こう”ね……」
まだ終わっていない。
そんな予感が、潮風の中に残っていた。
港町マリスの宴は、三日三晩続いた。
漁師たちは酒を飲み、歌い、踊り、また飲んだ。
子どもたちは白い布を頭に巻き、前足の真似をして走り回る。
屋台では《白き守護者焼き》という謎の魚串まで売られていた。
ノヴァは広場中央の特等席で、黙々と食べていた。
焼き魚。
刺身。
煮込み。
干物。
誰も止めない。
英雄には食事制限が適用されないらしい。
四日目の朝。
港は穏やかだった。
青い海。
白い帆。
潮風。
レナは荷物をまとめ、宿の前で伸びをする。
「さて、そろそろ次へ行きますか」
ノヴァは木箱の上で丸くなっていた。
動かない。
「……まさか居座る気?」
ノヴァは目を閉じたまま、尻尾だけ振る。
快適。
食事うまい。
人々親切。
ここはかなり高評価だった。
レナはため息をつく。
「旅が終わっちゃうでしょ」
その時。
港に悲鳴が響いた。
空からの落下物
人々が空を指さしている。
レナが見上げる。
何かが落ちてくる。
燃えている。
隕石――ではない。
白い何か。
巨大な塊が海へ激突し、水柱が上がった。
どぉん!
港が揺れる。
ノヴァは飛び起きた。
朝寝が妨害された。
非常に不機嫌である。
二人は人々とともに浜辺へ走る。
沖合いの浅瀬に、巨大な氷塊が突き刺さっていた。
真夏の港なのに、周囲だけ白い霧が漂っている。
氷の中に、人影。
女性だった。
長い銀髪。
白い衣。
閉じた瞳。
まるで眠っているように静かだ。
レナが目を丸くする。
「空から……人?」
ノヴァは近づく。
氷塊から感じる気配は、冷たい。
だが敵意はない。
どこか、自分に似ている。
ぱき。
氷にひびが入る。
ぱき、ぱきぱき。
人々が後ずさる。
氷塊が砕け、中の少女がゆっくり目を開いた。
瞳は淡い蒼。
空の色を閉じ込めたような、美しい目だった。
少女は辺りを見回し、最後にノヴァを見る。
しばし沈黙。
そして第一声。
「……ちっちゃい」
レナが吹き出した。
ノヴァの耳がぴくりと動く。
今、聞き捨てならないことを言われた。
少女は立ち上がる。
裸足で氷の上に立ちながら、平然としている。
「私はフィリア」
「北天氷域の守護者」
聞いたことのない地名だった。
だが雰囲気だけは本物だ。
ただし次の言葉が問題だった。
「そして、あなたの姉です」
港が静まり返った。
レナの口が開く。
「……は?」
ノヴァも固まった。
姉?
自分、フェンリル幼体。
転生少女。
親不明。
姉?
情報量が多い。
フィリアは当然のように頷く。
「正確には、同じ核から分かれた存在」
「だから姉でいい」
レナが頭を抱える。
「よくないわよ」
ノヴァは慎重に近づき、少女の足元まで行く。
じっと見上げる。
フィリアも見下ろす。
数秒後。
ノヴァは前足を上げた。
ぺし。
フィリアの足首に軽く肉球。
反応を見るテストである。
フィリアは少し嬉しそうに言った。
「やっぱり可愛い」
ノヴァは思った。
……また面倒なの来た。
フィリアは遠い北の空を見る。
その顔が、急に真剣になる。
「時間がない」
「天蓋の向こうの門が、開き始めてる」
レナが眉をひそめる。
「またその話……」
フィリアはノヴァを見る。
「あなたが必要」
ノヴァは焼き魚屋台の方を見る。
まだ朝食前だった。
フィリアも視線を追い、理解したように頷く。
「食べてからでいい」
ノヴァの耳が立つ。
交渉成立である。
こうして、白き幼体フェンリル。
剣士レナ。
謎の姉フィリア。
奇妙な三人旅が、ここから始まった。
港町マリスを出た一行は、北へ向かう街道を進んでいた。
白き幼体フェンリル・ノヴァ。
剣士レナ。
そして空から落ちてきた自称姉、フィリア。
組み合わせとしてはかなり奇妙だった。
レナは何度見ても納得していない。
「ねえ、本当に姉なの?」
フィリアは当然のように答える。
「うん」
「どこが?」
「雰囲気」
レナは頭を抱えた。




