25話 巨大な悪意
翌朝。
港町マリスでは、海から戻ってきた二人を見て大騒ぎになった。
「幽霊船が消えた!」
「海が澄んでる!」
「白いのがまたやった!」
ノヴァは担架の上で寝ていた。
口元には焼き魚。
寝ながら食べている。
レナはため息をつく。
「世界を救っても食欲は通常運転か……」
こうして港町マリスにも、新たな伝説が刻まれる。
海を浄化し、幽霊船を消し飛ばした白き神獣の究極奥義。
――アルティメット・ノヴァ――
港町マリスは、お祭り騒ぎだった。
広場には屋台が並び、漁師たちは酒樽を開け、子どもたちは白い布を頭に巻いて走り回る。
「白き守護者ばんざーい!」
「幽霊船討伐記念だ!」
「本日の魚、半額!」
最後の声に、担架の上で寝ていたノヴァの耳がぴくりと動いた。
レナは見逃さなかった。
「起きてるわね?」
ノヴァは寝たふりを続けた。
ノヴァは宿の最高級室へ運び込まれた。
海が見える大窓。
ふかふかの巨大ベッド。
氷で冷やされた魚の盛り合わせ。
焼き魚。煮魚。刺身。干物。
「偏りすごいわね……」
レナが呆れる。
宿の女将は胸を張った。
「神獣様には、海の恵みを」
ノヴァは薄く目を開けた。
……悪くない。
翌朝。
レナが起きると、部屋が静かだった。
嫌な予感。
ベッドを見る。
ノヴァがいない。
「えっ!?」
窓は開いている。
慌てて下へ降りると、市場の中央に人だかりができていた。
その中心。
ノヴァが魚屋の台の前で座っていた。
行儀よく。
無言で。
圧だけで、マグロを要求していた。
魚屋のおじさんが汗だくで叫ぶ。
「この白いの、めちゃくちゃ目で訴えてくる!」
レナは額を押さえた。
「起き抜けにやることがそれ!?」
その日の午後。
港のギルド支部に呼ばれた。
支部長は日に焼けた女性で、机を叩いて言う。
「幽霊船の件は助かった。だが次が来てる」
地図を広げる。
海のずっと南。
島々が点在する海域に赤印。
「ここ数日、島が一つずつ消えている」
レナが眉をひそめる。
「沈んでるってこと?」
「違う」
支部長の声が低くなる。
「跡形もなく、消えてる」
ノヴァの耳が立つ。
レナも真顔になる。
「犯人は?」
「目撃者いわく――」
支部長は言葉を切った。
「空を泳ぐ、黒い竜だ」
その夜。
港の外れの防波堤。
レナは海を見つめていた。
ノヴァは隣で焼きイカを食べている。
「……ねえノヴァ」
レナがぽつりと言う。
「最近、赤い目のやつ多くない?」
ノヴァは頷いた。
多い。
しかも兄妹だったり、変な勧誘してきたり、鐘が好きだったりする。
レナは苦笑する。
「そのうち親とか出てきそう」
ノヴァは焼きイカを落とした。
海の向こう。
夜空の彼方に、二つの赤い光が浮かんでいた。
しかも、巨大。
ゆっくりとこちらへ近づいてくる。
レナの笑みが消える。
ノヴァは立ち上がる。
潮風が止んだ。
空そのものが、重くなる。
港町マリスの上空へ、黒い影が差し始めていた。
港町マリスの夜空が、ゆっくりと塗りつぶされていった。
月明かりが消える。
星が隠れる。
海面までも黒く沈む。
人々が港から顔を上げ、ざわめき始める。
「なんだ……?」
「雲か?」
「違う、動いてるぞ!」
レナは剣の柄を握った。
ノヴァは防波堤の上で低く唸る。
空の赤い二つの光。
それは目だった。




