24話 白氷vs黒氷
ネヴィアが両手を広げる。
海面から巨大な黒氷の槍が何本も突き出した。
ノヴァとレナを串刺しにする軌道。
ノヴァは咆哮する。
白銀の冷気が放たれ、黒槍の先端から凍りつく。
白と黒。
二種の氷がぶつかり合い、海上で激しく軋んだ。
レナが驚く。
「氷同士で押し合ってる……!」
ノヴァはさらに力を込める。
白氷が押し勝ち、黒槍を砕いた。
破片が雨のように降る。
ネヴィアは初めて少しだけ表情を変えた。
「……いいわね」
ノヴァは思った。
この人も面倒なタイプだ。
レナが叫ぶ。
「本体はあいつ!」
ネヴィアの周囲には薄い結界。
骸骨兵は無限に湧く。
長引けば不利。
ノヴァは幽霊船へ向かって走った。
黒氷の海面を蹴り、跳ぶ。
船縁へ着地。
甲板は凍りつき、霜の下からうごめく無数の手が見えた。
沈んだ乗組員たちだ。
ぞわっとする気配。
ノヴァはちょっと帰りたくなった。
その時。
船内の奥から、あの音が鳴る。
――ゴォォォン。
低く重い鐘。
ネヴィアが笑う。
「気づいた?」
「この船を動かしている心臓よ」
船長室の奥、黒い扉の向こう。
そこにまた鐘がある。
レナが船へ飛び移り、剣を構える。
「また鐘なの!?」
ノヴァも同意だった。
この兄弟、鐘に頼りすぎである。
ネヴィアの髪がふわりと浮く。
周囲の海が渦を巻き始めた。
黒い波が持ち上がり、幽霊船を囲む壁となる。
「白き子」
赤い瞳が妖しく光る。
「今度は、逃がさない」
ノヴァは低く構えた。
船長室の鐘を壊すか。
ネヴィアを倒すか。
もしくは
その両方をやるしかなかった。
黒い波が幽霊船を囲み、逃げ道を塞いだ。
甲板では骸骨兵が這い出し、船体の内側では鐘が不気味に鳴り続ける。
――ゴォォォン。
船全体が脈打つように揺れた。
ネヴィアは腕を広げ、満足そうに微笑む。
「ここは私の海」
「沈みなさい。白き子も、その剣士も」
レナが剣を構える。
「ノヴァ、鐘を――」
だが言葉の途中で止まった。
ノヴァの様子が違った。
白い毛並みが、月光よりも強く輝いていた。
足元の黒氷が蒸発するように霧散する。
甲板の霜が逆巻き、空へ舞い上がる。
ノヴァは静かに前へ出た。
小さな体。
それなのに、背後に見える影は巨大だった。
白銀の神狼。
以前よりも濃く、鮮明に。
星々を呑み込むほどの大きさで海上に現れる幻影。
ネヴィアの笑みが消える。
「……なに、それ」
レナは思わず一歩下がった。
「え、まだ上があるの?」
ノヴァは深く息を吸う。
胸の奥。
魂の底。
神話の核、そのさらに先へ。
一度しか使えないかもしれない。
でも今ここで終わらせる。
ノヴァは咆哮した。
海が割れる。
空の雲が吹き飛ぶ。
黒波の壁が震え、幽霊船の帆柱が軋む。
ネヴィアが叫ぶ。
「止めなさい!」
黒氷の槍、津波、亡者の群れ。
すべてが一斉にノヴァへ襲いかかる。
遅い。
ノヴァは前足を振り下ろした。
魂の技名と共に。
—―――アルティメット・ノヴァ――――
世界が白く染まった。
音が消える。
時間が止まる。
次の瞬間、ノヴァを中心に白銀の超衝撃波が球状に爆ぜた。
黒氷の槍は触れた瞬間に消滅。
津波は凍って砕け、霧となって散る。
骸骨兵は塵すら残さず蒸発した。
そして幽霊船。
船体、帆柱、鐘、呪い、積み重なった怨念。
そのすべてがまとめて粉砕された。
巨大な船は中央から真っ二つに裂け、白光の中で無数の破片へ変わる。
ネヴィアも結界ごと吹き飛ばされる。
「そんな……ありえ――」
最後まで言い切れず、光に呑まれた。
赤い瞳が砕け、黒い氷が消える。
海へ落ちる暇すらなく、存在ごと散った。
光が消える。
そこには何もなかった。
幽霊船も。
黒い波も。
霧も。
月明かりの静かな海だけが広がっていた。
遠くで魚が跳ねる音がする。
まるで最初から何もなかったように。
レナは呆然と立ち尽くす。
「……やりすぎでしょ」
その直後。
ノヴァの体がぐらりと揺れた。
「ノヴァ!?」
白い小さな体が海へ落ちる。
レナは反射的に飛び込み、抱きかかえた。
冷たい海水。
静かな波。
ノヴァはぐったりしている。
目を閉じ、ぴくりとも動かない。
レナの顔が青ざめる。
「ちょっと、起きて!」
必死に揺する。
数秒後。
ノヴァの腹が鳴った。
ぐぅ。
レナは海の上で叫んだ。
「生きてるなら返事しなさいよ!!」




