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第7話:未知との取引

「自分の内なる欲望を曝け出してみろ」

唐突にそう迫られて、即答できる人間がどれだけいるだろうか。


金が欲しい。

異性にモテたい。


――答えだけなら、いくらでも並べられる

しかし、それを口にするのは憚られる。


自分の俗物的な欲深さを認めるのは恥ずかしい。

それに、それが本当に“自分の奥底から湧き出た欲望か”と問われると自信がない。

だから彼の口から出たのは、願いではなく問いだった。


「欲望を形にする力って、具体的にはどういうこと? 望めばなんでも叶えられるの?」

「なんだ、さっき見せただろう」


少女は軽く肩をすくめると、その場でふっと姿を消した。


次の瞬間、白銀のたてがみを揺らすユニコーンが現れ、床を蹴って弧を描くように空間を駆ける。

かと思えば、その四つ脚の幻獣はイヌワシへと姿を変え、天井の見えない白さの中で翼を広げた。


「欲望は、本人が自分自身に対して望むものである限り、基本的にはなんでも叶う」


イヌワシが頭上を旋回しながら言った。この声はやはり、少女が目の前にいるかのようにシュウジの鼓膜を揺らしている。


「ただし勘違いするなよ。ボクの奇跡は”変容”だ」

「変容?」

「そうだ。無から何かを生み出す力じゃない。おまえの”定義”を書き換える。それだけだ」


シュウジは思わず眉をひそめた。


「……じゃあ、例えばお金が欲しいって思っても?」

「おまえの身体を黄金に変えることはできる。それで満足するかは知らんがな」


さらりと返されて、シュウジは言葉を失う。

「鳥になりたいならしてやる。怪我を治したいなら治してやる。なんでも叶えられるが、それらは全て“おまえ自身の変化”として起こる」

「でも、変容石は身体の不調や不具合を癒す効果しかないんでしょう?」

「そりゃそうだ。制限を掛けなかったら、それこそ全身を黄金に変えるヤツが出てきかねん」


空間にはシュウジと上空のイヌワシしかいないが、声は相変わらず正面の白い虚無から聞こえてくる。


「それに――ボクの家の外ではこの星の物理法則が優先される。だから、空飛ぶ巨大怪獣になりたい、みたいな願いも現実的じゃない。翼の生えた体長50メートルの二足歩行生物がいたとして、地球の重力下では空を飛ぶどころか自重で立つことすらできないだろ?」

「そうだけど……って、ちょっと待って!ダンジョンの中では、物理法則が適用されないってこと?」

「基本的にはされる」


即答だった。


「だからおまえたちは、ここでも普段と同じように動けていた。ただ、家主であるボクはそれを上書きできる」


イヌワシが羽ばたきを止め、目の前に降り立つ。

次の瞬間、鳥獣は再び人間の姿へと戻っていた。


少女が「ぱん」と手を打ち合わせる。


すると、それまで果てしなく続いていた白一色の地面が、まるで塗り替えられるように変わっていった。

柔らかな緑が一気に広がり、風もないのに芝生が揺れている。


さらに、そこへ――


簡素なガーデンチェアが二脚。

小さな丸テーブル。


一面の緑に、白い什器が良く映える。

一瞬前には存在しなかったはずのそれらは、まるで最初からそこに配置されていたかのように風景に溶け込んでいた。


「座れ」


少女の短い命令。

シュウジはわずかに逡巡した後、腰を下ろした。


いつの間にか、テーブルの上にはティーセットが揃っている。

対面に座った着物姿の少女は、何事もなかったかのようにカップを持ち上げ、湯気の立つそれに口をつけた。


「この通りだ。ボクが望めば、この家の装いは自由に書き換えられる」

「……それ、おかしくないか?」


思わず漏れた言葉に、少女は片眉を上げた。


「何がだ?」

「いや。なんていうか、上手く言葉にできないんだけど……」

「そうか?」


真顔でそう訊き返されると、言葉に詰まる。

シュウジは僅かに逡巡し、それからふとあることを思い出した。


「でも……似たような話、聞いたことはある」

「ほう?」

「ダンジョンが出た直後の話。最初は――ただの黒い立方体だったって」

「ああ」


少女はあっさり頷いた。

シュウジの脳裏に、断片的な記憶が蘇る。


――ブラックスペース


確か、そう呼ばれていたはずだ。


出現当初、ダンジョンはただの巨大な黒い箱にしか見えなかった。

光を一切通さず、不気味な立方体。

それが3日後には、今のような内部構造を持つ存在へと変貌したとされている。


もっとも、それは教科書やニュースで聞きかじった程度の話だ。


シュウジにとっては、あくまで「そういうものらしい」という認識に過ぎない。

その変化が、誰かの意思によって引き起こされたものだなどとは――


これまで、一度も考えたことがなかった。


――あれ、でも


「やっぱりおかしいよ。内部を自在に作り変えられるなら、そもそもキミは飢餓になんかならないでしょ?人がいっぱいいるタイミングで、出口を封鎖しちゃえばいいんだから。そしたら全員餓死だ。魔素すらいらない」


「おお……おまえ、鋭いな」


違和感に気付いた少年に対して、少女は口角を歪めて笑みを作った。


「実を言うと、ゲストがいる状態だと家の模様替えはできないんだ。ゲストを招くなら、その前に部屋を整えておくのがボクの家の流儀だからな」

「なるほど……その流儀は正解だったかもね」


人間の世界でも、来客中に模様替えが行われることはない。

それに、少女の言う模様替えは、建て替え工事のレベルを含んでいる。

ラーメン屋だと思って入ったお店が、メニューを選んでる途中でカレー屋に変わるようなもの。


そんなことがあれば、間違いなくクレームになる。

命に関わるダンジョンであれば、もちろんクレームでは済まない。


「わん!」


突然、犬の鳴き声が響いたのでそちらを見遣ると、耳を大きく広げたパピヨンが少し離れたところからシュウジたちの様子を伺っていた。

パピヨンは何かに反応するかのようにふたりの元に駆け出し、シュウジの膝に体当たりしたかと思ったら、そのまま姿を消していた。


思わず仰け反っていたシュウジにニヤニヤとした視線を向け、少女は口を開いた。


「模様替えとは言ったが、このように生物を配することだってできる」

「一応確認だけど、ぼくはゲストじゃないの?」

「まさか!おまえはボクの協力者だろ?」


今度は口を開けてカラカラと笑う少女。

その少女は110人の命を奪った大量殺人鬼。

頭ではわかっているはずなのだが、いつの間にかシュウジの胸中にあった不気味さと嫌悪感は薄れていた。


――どうあれ、目の前の相手を満足させないことにはぼくの命もない


「どうだ、だいたい我が家のルールが分かってきただろ。そろそろ良いアイディアは浮かんできたか?」

「まぁ、上手くいく保証は無いけど、アイディアくらいなら……」


シュウジは椅子に座り直し、平静を装って目の前に置かれたカップを口に運び、その味に驚いて再び取り乱した。


「えっ!?この紅茶、味がない」

「あぁ……人間たちがこういうものを口にすることまでは分かる。だが、味の情報は持っていなくて再現できていないんだ。

――ちなみに、おまえが今飲んだのはお茶でもお湯でもない。そいつはただの情報で、ボクの家から出た瞬間に消滅する」


少女が表情を消してそう言った。喉の渇きが潤った感覚があるだけに、シュウジには少女の発言の意味は分かれども、実感を持つことはできなかった。


「勘違いするなよ。お湯くらいならボクだって作り出せる。ただ、家の外でも有効なものを作りだそうとするなら、それ相応のエネルギーが要る。変容石を大量にばら撒けなかったのも、そのせいだ」


淡々と告げるその声音に、先ほどまでの戯れの気配はない。

シュウジはカップを置き、ゆっくりと息を吐いた。


――なるほど


つまり、この存在は何でもできるわけではない。

できることと、できないことがある。


――そして、自分に求められているのは、その制約の中で如何に効果的な方策を打ち出せるか

 

そう理解した瞬間、頭の回転が一段階速くなった。

「……だいたい分かった」


シュウジは椅子に深く座り直し、正面の少女を見据えた。


「このダンジョンに人を集めたいなら、必要なのは3つだと思う」

「ほう?」


少女が楽しげに目を細める。


「一目でわかる変化。ワクワク感。それと――一貫性」


一拍置いて、言葉を継ぐ。


「これまでのダンジョンは、ちょっぴりリスクのあるただの”炭鉱”だった。それも、今回の件でリスク・リターンの天秤が崩れちゃったから、普通に考えたらもう誰も近づかない」


自分の言葉に、自分で確信を深める。

これは間違っていない。


「でも――もし『ダンジョン=炭鉱』って図式を書き換えて、命を懸けるに値する存在に定義し直すことができれば、話は変わる」


少女は何も言わない。

ただ、じっとこちらを見ている。


試されている。

シュウジはそう直感した。


「……続けろ」


低く促される。

シュウジは小さく頷いた。


「だから、根本から変える。外見も、中身も。坑道だけじゃなく、新しく別の空間をこさえるんだ。そこに命を懸ける意味と、命を落とす構造を用意する」

「危険だと思ったら、人間は近づかないんじゃなかったのか?」

「近づかないよ。――割に合わなければね」


そこまで言ってから、ほんの僅かに口元を緩めた。


「だけど、リスクよりリターンが上回ると思えば、人は動く。言ったでしょ?人間は強欲なんだ」


 一瞬の沈黙。


「……ふふふ。おまえ、面白いな」

「面白い?」

「人間のおまえが、人間の習性を利用して狩りをしようってのが面白い」


確かに、人間以外の知的生命体から見れば興味深いのかもしれない。

生物には、普通天敵になる別の生き物がいる。

けれど、人間の最大の敵は、有史以来ずっと人間だ。


――でも、


「べつに、狩りをしようって訳じゃないよ。ぼくは人類の敵になるつもりはさらさら無いからね」

「誘き出して、罠に掛けようとしてるんだ。同じようなものだろ?」

「同じじゃない!」


表情を殺して対手を見つめるシュウジ。

しかし、相手は笑みを浮かべたまま見つめ返してくる。

数秒の沈黙の後、少女がこれ見よがしに溜息をついた。


「まったく、強情なヤツめ……まぁ、いいだろう。具体的な作戦は固まってるんだろうな?」

「うん」

「ならばよし!人間の習性を利用したおまえの作戦、聞かせてもらおうか!」


観察ではない。

値踏みでもない。

少女のその視線には、先ほどまでとは違う色が宿っていた。

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