表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/18

第6話:邂逅

目を覚ました時、目の前に広がっていたのは果てしない白さだった。


――これが死後の世界?


しばし夢の中にいるようなまどろみの中に浸り、それから徐々に意識を取り戻したシュウジ。その頭に最初に浮かんだのは、「やっぱり死んだ後には天国も地獄もないんだな」という他人事のような感想だった。


――そもそもの話、地獄の釜で茹でられるためには、地獄まで身体を持ってかなきゃならないじゃないか


意識はある。

しかし、肉体の感覚はなく、自分の手を見ることすら叶わない。

そんな空間で、シュウジは妙に呑気な思考を続けていた。


そのとき、不意に別の意識が差し込んできた。


「――やあ」


話しかけられた気がした。


しかし、シュウジにはその声の主を捉えることは出来なかった。

自分の境界が分からないから、声が自分の外から来たのか、内側から湧き上がってきたものかすら判断がつかない。


――空という言葉があって初めて、空とそれ以外が分けられる


そう言ったのは誰だったか。


「おい!」


再び始まろうとしていた内省をぶった斬る様に、シュウジの意識は突如として覚醒した。

白いばかりと思っていた視界は奥行きのある白亜の空間となり、肉体の感覚が突如として戻ったのだ。


そしてその正面には、いつの間にかひとりの少女が立っていた。

目が合ったことで、その少女は口を開いて言葉を続けた。


「取り敢えず気付いたようでよかったよ。このまま呆けているなら殺すしか無かったから」


少女は10歳前後だろうか。黒髪黒目の、日本人形的愛らしさのある女の子で、鮮やかな刺繍が施された藍色の和服を着ていた。


見た目に反したその物騒な物言いにはあまりにも現実感が無く、硬直したシュウジの顔からは表情が抜け落ちた。


「自分の名前は分かるか?」

「日野シュウジだけど……そんな事より、ぼくは死んだの?」

「死んでないから、こうしてボクと話せてるんだろう?」


少女は呆れたように言ったが、シュウジに納得感はなかった。


「とは言え日野シュウジ、おまえは生と死の間の、ギリギリ生の側にいるに過ぎない。身体は自力で動けない程弱ってるし、このままなら遠からず死に至る。ボクの家で倒れていたから、おまえの意識にコンタクトしている」

「家ってダンジョンのこと?キミは誰なの?」

「まぁ、そう焦るな。まず、ボクの家はボクの家だ。ただ、おまえたちがダンジョンと呼ぶなら、おまえたちにとってはダンジョンなのだろうな」


禅問答の如き回答だったが、シュウジは黙って頷いた。


「そしてボクが誰かと言うと、おまえたちが言うところのダンジョンに住んでいる、この星の外から来た生命体だ」


少女は悠然と答えたが、シュウジの頭の中ではクエスションマークが増えるばかりだった。


「つまり、宇宙人ってこと?」

「その言葉は不適切だな。ボクは人じゃないし、ここだって宇宙の一部だから、ボクからすればおまえの方が宇宙人だ。ま、それは置いておいてやる。ボクは人間とは別種の、肉体を持たない生命体だ」

「肉体が無いって……」


シュウジの言葉に、少女はフッと笑った。次の瞬間、少女は一角を生やした白い馬に姿を変えていた。


――ユニコーン!?


シュウジがそう思うより早く、ユニコーンは地面を蹴った。そうして白いタイル張りの空間を駆け、その姿はすぐに見えなくなってしまった。


「ボクは意思と情報の統合体。おまえが見聞きしているのは、ボクが作り出した情報に過ぎない」


見えなくなった存在の声は、少女が目の前にいた時と同じ様にシュウジの鼓膜を揺らした。


――脳がバグる


「仕方ない。おまえを混乱させても話が進まないようだから、人間の常識に合わせてやるよ」


シュウジが瞬きをする間に再び指呼の距離に姿を表した少女は、そう言って不敵な笑みを浮かべた。


「瀕死の日野シュウジに問う。おまえ、生きたいか?」

「そりゃあ、生きたいけど……」

「良し!なら、ボクと取引しよう。おまえがボクの要求を満たしたら、おまえのことは生きて返してやる」


シュウジが黙っていると、少女は呆れたように溜息をついた。


「なんだ、おまえは?生きたいんじゃなかったのか?」

「そりゃあ、生きたいよ。でも、急に取引なんて言われても、何をしたらいいのさ?」

「なに、難しい事じゃない。おまえに求めるのは、どうしたらより多くの人間がボクの家を訪れるようになるか、アイディアを出すことだ」


沈黙――


それによってシュウジは先を促し、少女は説明を加えた。


「人間が口から養分を摂取するように、ボクは高度な知的生命体の命と感情を養分にしている。その為には、より多くの人間がボクの家、おまえたちが言う所のダンジョンを訪れ、落命する必要があるんだ」


――つまりダンジョンは、人間を誘き寄せて殺すための装置ってことか


少女は集まった人間の強い感情、更にはその命を喰らい、糧とする。

しかし、その仕組みが最近は特に上手く回っておらず、困っていると言う。


「ここ数年で我が家を訪れる人の数は増えたが、命を置いていってくれる者の数は減った。狩りをしようにも、その直前に逃げ出してしまうのだ。あまつさえ、昔のように強い恐怖や興奮を抱いている者はほとんどいない。あるのは倦みや疲れのような、どんよりとした弱々しい感情ばかりだ」


少女は吐き捨てるように言い、それから口角を上げて言葉を継いだ。


「だから、今回は久々にお腹を満たすことが出来て本当に助かった」

「ちょっと待って!ダンジョンに取り残されていた人たちはどうなったの?」

「おまえ以外は全員死んだよ。110名。お陰でボクもようやく人心地つくことができた」


美味しいものを食べて満足した。そんな穏やかな表情に相対して、シュウジの心の中には大きな波が立った。


「……何で今回の魔素噴火では魔炭の急速生成が起きなかったの?魔素噴火の前兆が分かっているからこそ、ぼくたちは今日まで安全に魔炭採掘が出来ていたんだけど」


――コイツはそもそも人間じゃない。宇宙人、いや、どちらかと言えば人格を持った天災に近いんだ。台風や地震に当たり散らすヤツがどこにいる


そう自分に言い聞かせていたシュウジは少しだけ押し黙った後、震えそうになる声を抑えて質問を投げかけた。


「なるほど、そこからか」


少女は目を眇めてシュウジを見つめた後、少し間を開けてから言葉を続けた。


「まず、ボクの意識は普段こんなにクリアじゃない。寝ているとまではいかないけど、寝ぼけたような状態のことがほとんどだ。で、意識が覚醒したらすることは排泄、それから狩りと食事だ。今回ボクは飢餓に近い状態でお腹の中が空っぽに近かったから、出すものがほとんど無かっただけだ」

「え、魔炭ってキミの排泄物なの?」

「その通り。アレはボクの糞であり尿であり汗だ」


少女は恥じらう様子もなく断言口調で言い切った。


しかし、待てよとシュウジは思った。と言うことは、自分たちは命がけでこの少女の排泄物を集めていたことになる。


そこだけ切り取ればとんでもない性癖のようにも聞こえるが、海鳥のフンから生成されて肥料に使われていたグアノ、ジャコウネコの糞から取り出される高級コーヒーのコピ・ルアク等、生物の排泄物の中には価値の高いものだって確かにある。


また、覚醒時にたくさん排泄されて、そうじゃない普段でも寝汗みたいに少しずつ作られると言うのは、一般に知られている魔炭の生成ルールと適合している。


現状、シュウジは少女の説明から矛盾点を見つけることは出来ていなかった。


「キミが自分のウンチやオシッコをエサにして人を誘き寄せていたことは分かったよ……でも、それももう無理だろうね」

「なぜ?」

「なぜって、これだけ人が死んだらもう誰も近づかないよ。どこの惑星から来たかは知らないけど、おとなしく元いた場所に戻った方がいい」


シュウジがそう言うと、少女は目に見えて狼狽えた。


「それはおかしい。これまでにも何度か、ボクはおまえたちが言うところの魔素を放出して人を狩ってきた。確かに狩りの後はしばらくは誰もボクの家を訪れなくなったが、しばらくすればまた人が集まってきた」

「いや、人数が違うもの。魔素噴火で亡くなったのって、この10年で30人もいないでしょ?それが今回で110名も亡くなったんだから、もう無理だよ。ダンジョン開発は危険だなんだって、ただでさえ反対する人が多いのに」

「それは困る……地球から出たところで、これほど豊富に知的生命体がいる惑星を見つけ出すのがまず大変だし、そこで安定して狩りができるかも賭けだ。今のボクの腹具合だと、だいぶ今回でエネルギーを蓄えられたけれど、それでも賭けに出られるほどじゃ無い」


「そんなこと言われても」とシュウジは口に出さずとも思った。

しばらく沈黙が降りた後、少女は不安そうに瞳を揺らしながら再び口を開いた。


「なぁ、さっきから変容石の話が出てこないが、アレはどういう扱いなんだ?」

「変容石?」

「なんだ、知らないのか?黄色く発光する石で、使用者の病気や怪我を癒したいって願いを叶える石だよ。その石を求めて命懸けの人間が集まり、集まった人間から栄養を摂取してボクが石を生み出して、更に人間を集める。それが最初の計画だったんだけど、人間たちは家の奥までは入ってこないで、入口に近いところでボクの排泄物ばかり集めてるんだもの。ちょっと予想外だ」


――不老不死では無い


しかし、タクさんの与太話は当たらずとも遠からずだったらしい。

また、最後にその与太話に縋った自分の選択が惜しいところまで来ていたのだと知らされたシュウジは、力が抜ける思いだった。


「……病気や怪我を癒すってどの程度?病院で治せる程度だったらあんまり意味ないけど」

「人間の病院がどれ程のものかは知らないが、変容石を使えば身体のあらゆる不調を治す事ができるぞ。それこそ、不治の病でも四肢の欠損であろうと治す。流石に、死者を蘇らせる事は出来ないがな」


――確かにそれなら命懸けの人たちが集まってもおかしくない、けど


「石を使うってどうやるのさ?効果だけ聞くとすごいけど、石の使い方が分からなければその凄さも理解されないよ」


「何度か使用が観測されてるから、人間どもが石の使い方を知らないということは無いはずだが……石は手に触れた状態で念じれば使える。一度使えば消滅するがな」


それを聞いて、シュウジは軽く眩暈を覚えた。


「それが本当なら、変容石の効果は政府によって隠蔽されてることになるね。凄すぎて危険だと思われたんだよ」

「どういう事だ?すごいと思うなら種全体の総力を挙げて採りに来るべきだろう」


少女は怪訝そうな視線をシュウジに投げかけた。


「そうもいかないよ。そんな凄い石が採れるとなったら、ダンジョンを巡って戦争になってもおかしくないもの。それに、仮に金鉱脈の発見を発表するとしても、お宝を採り尽くしてからにしたいってスケベ心だってあるだろうし」

「なんと独り善がりで強欲なんだ……これだから人間は!」


少女は地団駄を踏んで腹立ちを表明したが、この程度の計算高さは人間基準で見れば独り善がりでも強欲でもない。その感覚の違いにシュウジは鼻白んだ。


「シュウジ、改めて言う。ボクと取引しろ。正直、ボクには人間の習性がよく分からん。人間の習性を上手いこと利用して、命の危険があろうとボクの家にたくさんの人間が集まるような仕組みを考えてくれ。そうすれば、おまえをボクと同じように魔素に耐性がある身体にして、此処から生かして帰してやる」

「……ぼくに人殺しの手伝いをしろと?」


シュウジの睨みを受けてなお、少女は悠然とした態度を崩さず笑みを浮かべた。


「よかった、人間にも同胞殺しを忌避する感覚があるんだな。人間の習性をまた一つ知れたよ。

――ただ、ボクはおまえに同胞殺しを依頼している訳ではない。人間が命懸けと知りつつ、なおボクの家を訪れるようにしてくれと言っているんだ」

「言ってることはわかるけど……」

「これまでの観測でわかったことは、人間は一定、合理的な生き物ということだ。故に命を懸ける理があると思えば、懸ける。そうだろ?」


少女の主張は誤りではない。


有史以来、人類は今日の食事のために危険を冒してマンモスに挑み、富を求めて大海原を旅してきた。


――いや、よくよく考えれば、人間はもっと軽々と命を懸ける


命を縮めるとわかっていながら煙草を吸い、ひとたび事故が起きれば命はないと理解しつつもスカイダイビングや冬の登山に興じる。


命は尊いと口では言いながら、命を消費することに人間は案外無頓着なのかもしれない。


富、スリル、一瞬の快楽。

その代償を、人は当たり前のように命で支払っている。


――であれば、ダンジョンをより「魅力的」にすることに、どんな罪があるだろうか?


結局のところ、


――その魅力に対して命を支払うかは、その人の決断、自己責任と言ってしまえばそれまでに過ぎない


そこまで考えると、シュウジの気持ちがフッと軽くなった。


――そもそもぼくは、命を懸けたいと思えるほどのダンジョンを魅力的にするアイディアを、思いつくことができるだろうか?


それを見極めるためにも、


――まずは知らなければならない。ダンジョンと、目の前の少女のことを


意を決したシュウジが口を開こうとしたのと同時に、少女がこれ見よがしの溜息をついた。


「はぁー。考えてみれば、おまえも強欲と言う習性を持つ人間のひとりだったな……わかった。良さそうなアイディアを出したら、おまえの望む奇跡を授けてやる。特別大サービスだ、これならやる気も違ってくるだろ?」

「ぼくの望む奇跡?」

「そうだ。治癒に限らず、ボクには知的生命体が持つ欲望を形にする力がある。まずはおまえが内側に抱える願望を、ボクに曝け出してみろ」


愛らしい和装の少女は、そう言って口角を上げて見せた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ