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第5話:魔素噴火

シュウジは地面を蹴った。隘路を全力で駆け抜ける。

胸が締め付けられるように痛んだが、構っている余裕はない


本坑道に辿り着いた時、目の前に広がっていた光景は今の状況がいかに危機的かを明確に表していた。


いつもは作業員で活気づいているはずのその場所に、誰もいないのだ。

残されているのは放置されたツルハシとシャベルに、横倒しになった猫車ばかり。

魔炭もそのかしこに散らばっている。


足元の障害物に躓かないよう、たけれども全力で足を動かして本坑道を走り抜けたシュウジは、その先で地獄の様な光景を目撃することとなった。


「早くしろ!」

「押さないで、押さないでよ!」

「邪魔だ、どけ!」


広場では躙口を突破しようと数百人規模の作業員が怒声を上げながら押し合いへし合い、さながら戦場の如き様相を呈していたのだ。


人は蜂とは違って空を飛べない。


だから、蜂の巣状の躙口に対して、作業員は地表から数えて一段目のセルを通って出入りするのが平時の運用になっている。

しかし、今はその一段目の順番を待てない人達が二段目、更には三段目のセルに飛び掛かり、何とかして向こう側へ逃げおおせようと躍起になっていた。


「これは無理だ……」


パニックになっている群衆をその遥か後方で見つめていたシュウジは呆然となり、思わず口から諦念を零した。


皆がこれだけ慌てていると言うことは、入口の封鎖まで時間が無いのだ。それは、既に強い自覚症状が現れていることからも分かる。

また、最悪の場合は既に致死量の魔素を浴びてしまっている可能性だってある。


どうあれ、この空間においてシュウジは生存から最も遠い場所にいた。

今から群衆の最後尾に加わったところで、まさか痩せっぽちの中学生が屈強な炭鉱マンたちを押し退けられる訳も無く、前にいる人たちが捌けるまで待たなければならない。


――いや


平時ならば絶対に浮かばないような方法が、不意にシュウジの脳裏を掠めた。


――自分が助かる方法が、ひとつだけある


シュウジは無意識に視線を流し、地面に転がっているツルハシに留まった。


助かる方法とはつまり、ツルハシを振り回して群衆に吶喊するというものである。それでひとり、ふたりを薙ぎ倒せば自分を避けるように人波が割れるのではないか。


そう考えたシュウジは取り敢えず落ちているツルハシのところまで足を伸ばし、拾い上げてから群衆の最後尾を形成する作業員の背中を血走った目で睨みつけた。


そうして、具体的に誰を殴るか考えた――その瞬間。

シュウジは急に怖気づいた。


――確かに、今ここで誰かを犠牲にすれば、生き残れる可能性が高まる


しかし冷静に考えれば、自分は既に魔素中毒で助からない可能性もあるのだ。


――それなのに、人生の最後に殺人なんて……


また、ここの全員が脱出できて助かる可能性もある。


――その場合は、たとえ助かったところで、ぼくは命惜しさに人を殺めた犯罪者か……


シュウジがそんな事を頭の中でグルグルと考えている間、躙口前に詰め掛けていた群衆は少しずつその数を減らしていた。それでも、そもそもの混乱によって進捗は芳しくなかった。


事ここに至り、シュウジは考えるのをやめた。


――自分にできることは、セルが空いたらそこに飛び込んでダンジョンの出口を目指すことだけ


その為に今できることは、何もない。

そう思ったシュウジはツルハシを投げ出し、地面に腰を落ち着けてその時を待つことにした。


大混乱で我先にとセルに突進している大人たちを、シュウジは徐々に痛みが強くなる頭を手で支えながら、ぼんやりと見つめた。

目を凝らすと、躙口の左端二段目のセルによじ登ろうとしているハジメの姿が目に映った。


――とっくに逃げ出したと思っていたが、まだダンジョンの内側にいるあたり鈍臭いヤツだ

――いや、一番鈍臭いのはこんな場所で居眠りしていた自分の方か


そんな自嘲の後にシュウジの頭に浮かんだのは、ドス黒い怨嗟だった。


――ハジメがぼくに知らせずひとりで逃げ出したのは、まぁいい。生きるために仕方なかったと思ってやる


でも、


――アイツがぼくを見殺しにするなら、ぼくにだってアイツを背後からツルハシで襲う権利があるはずだ。生きるためだもの


だから、


――アイツがここから逃げられるのは全部、ぼくの温情のおかげなんだ!


そんなことを思いながらハジメの背中がセルの中に消えていくのを見送った直後、ダンジョンが揺れた。


「ドン!」

「ドーン!」


2度、爆発音があった。


躙口前に群がる人数が三桁を下回るかどうかのところまで減り、徐々に混乱が収束し始めた頃合いを穿つように響いたその音の意味を、その場の全員が察した。


「閉鎖!?」


誰かがそう叫んだことで、再び場は騒然とした。


「バカな?」

「まだ俺たちが残ってるんだぞ!?」


その言葉に応えるように、3度目の「ドン!」が場を揺らした。


もう自分たちは助からない。見殺しにされたのだと頭では推察しつつも、それでもその場の誰ひとりとして躙口を越えるのを諦めた人間はいなかった。

それまでと同じか、それ以上の必死さで全員がセルに自分の身体を押し込み、残された僅かな可能性に持てる全てのエネルギーを懸けていた。


ようやっと一段目のセルの穴が辛うじて目視できる状態まで人が捌けたところで、シュウジも腰を上げて躙口に向かった。

セルの前には踏みつぶされて動けなくなったのか、数人の作業員が転がっていた。


――彼らは人か、それとも人だったものか


逡巡に向き合う間もなくシュウジが身体を滑り込ませたのは、普段はトロッコ用に使われているセルだった。


ただでさえ狭いのに、中にはレールと枕木、更に零れた魔炭なんかも散らばっていて足場は非常に悪い。


身をかがめてなんとかセルを通過すると、その先の光景にシュウジは絶句した。


まず、セルの出口には入口よりも断然多い、10人以上の作業員が転がっていたからだ。中には、頭から血を流している者も複数人いる。


恐らく二段目以上のセルから躙口を渡り、そこから飛び降りたか、もしくは後ろからの圧力で突き落とされた人が、下段のセルから出てきた人に激突したのだろう。


ただ、彼ら以上にシュウジを絶望させたのは、五体満足で立って蠢いている人間の存在である。


正直なところ、セルから飛び出る数秒前から、この先がデッドエンドであることをシュウジは理解していた。ガヤガヤとした人の声が聞こえたからである。それはつまり、ダンジョンが封鎖され、人が閉じ込められていることを意味していた。


案の定、ダンジョンの入口は瓦礫の山で塞がれており、シュウジたち逃げ遅れた作業員は袋小路に閉じ込められていた。

いつもは外からの光を取り込んでいるはずのトンネル開口部が封鎖されていることで、地面に散らばっている魔炭から迸る青紫の光がひと際の存在感を放っていた。


「どうしよう」

「ふざけんなよ!」

「助けて」


そんな怒りと絶望の声が溢れる中、ひとりの男の声が場に響いた。


「――聞け!」


野太い声が通ったことで、皆が黙った。


――班長!?


「出入口が封鎖されたが、諦めるのはまだ早い!俺たちは炭鉱マンだ!まだ動けるし、頭数だって揃っている!今すぐツルハシとシャベルで瓦礫を掘り進めれば、助かる見込みはあるはずだ!」


その言葉に、「そうだ!」と賛意を示す者がチラホラいた。


「分かったら嘆くのはやめろ!今すぐ全員で瓦礫を撤去するんだ。まずは装備を持って来る必要がある。生き残りたいヤツは俺に続け!」


班長はそう号令すると、セルに向かって走り出した。その背中を複数人が追いかけて行ったが、大多数は戸惑い、どうしていいか迷っている様子。


その反応は当然だった。


せっかく躙口を越えたのにまた戻るなんて、誰だって躊躇う。

周囲の様子を見渡していたシュウジは、そこによく見知った大きな背中があることに気付いた。


「ハジメ!」

「ケン!良かった、生きてたんだ」


死の淵にあって、シュウジをみとめたハジメは顔に安堵の色を浮かべていた。


ダンジョンに閉じ込められている時点で良かったも何もないだろと思ったが、一先ず飲み込んでシュウジは自分の考えを口にした。


「ハジメ、ここにいても仕方ない。広場に戻るぞ!」


そうとだけ言ってシュウジが走り出すと、ハジメは戸惑いながらもその後を追いかけ、ふたりしてセルに飛び込んだ。


「瓦礫の撤去は間に合わない。禁区に行くぞ!」


自分の荒い呼吸音と発する声。

躙口を越えた先では、その両方が水中にいるように遠く聞こえた。

しかし、そのことを気にしている余裕はシュウジには微塵もなかった。


「えっ、なんで?」

「人が全然付いて来てないからだよ。あっちでは暗くてよく分からなかったけど、こっちに来て見たら班長に従ってるの10人ちょいしかいないじゃん。それじゃ封鎖を破る前に魔素中毒で死ぬ。だったら、一か八かで黄色い石を探しに行った方がいい。不老不死になれれば全部解決だ」


正直なところ、シュウジが感じていた頭痛は既に痛いを超え、高熱がある時のような朦朧とした重だるさに変わっていた。

黄色い石は、そのようなまともに思考ができない状況で出した、理外の結論であった。


「……俺は行かない。今は少ないけど、一緒に作業する人だってこれからどんどん増えるはずだよ。バカなこと言ってないで、おまえも作業を手伝え!」

「バカはお前だ!魔素を閉じ込めるための万が一の保険が、内部からちょっと突かれたくらいで突破できるようなちゃちな仕組みになっているはずないだろ!?」

「そうかもしれないけど……でもわかんないだろ!?」


ハジメの目は、絶望の中で見つけた希望に魅入られたように据わっていた。


――これは、無理だ


「いや、もういい、わかった!ハジメとはここでお別れだ。じゃあ!」


聴覚の異常に続き、視界も揺れる。もう一分一秒が惜しい。

覚悟を決めたシュウジは、僅かに残された力を振り絞って駆けだした。


向かう先は躙口から垂直に伸びる6番坑道の最奥部だ。地面に転がっている採掘物や採掘器具を障害物競走の要領で避けながら、シュウジは疾走した。


側道に繋がるいくつもの横穴を通過した後、ようやっと立入禁止の立て看板と横に張られたバリケードテープが見えてきた。その手前で停止したタイミングで、全身から酷く油っぽい、イヤな汗が噴き出してきたが、シュウジは構わずテープをくぐった。


テープの先は特別どうなっているということも無く、魔炭がびっしりと埋め込まれた左右の壁面と天井がひたすら続いていた。


シュウジにできることは、周囲に充満する青紫の中から、黄色い光を見つけることだけである。


一度だけ深く呼吸をした。


それからシュウジは周囲に目を配りつつ、ジョギングのペースで足を動かした。


――黄色、黄色、黄色

それだけを念じながら走り――


いつしか、シュウジの意識は途切れていた。

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