彼の観察
彼が帰宅して玄関のドアを開けると清子が出迎えた。清子は浮かない顔をしていた。彼は瞬間に真名に何かあったことに気づいた。清子の言葉を待つ彼は、仕事の疲れを忘れて唾を飲み込んだ。
「おかえりなさい。真名が変なのよ。シャワーを浴びてから自室に籠もったまま出てこないの。学校で何かあったのかしらね」
「そうか、分かった。ちょっとオレからも声をかけてみるけど、とりあえず様子をみよう」
そう言って彼はスーツ姿のまま真名の部屋のドアをノックした。部屋の中から真名の声が聞こえた。返事はつとめて明るいもので、自分たちの心配は取り越し苦労じゃないかと思われた。
「真名、入っていいか?」
「うん、どうぞ」
彼が部屋に入ると、真名はベッドの上で本を読んでいる途中だった。彼は真名の顔をみつめた。真名は視線を外し窓の外をみている。特に変わったことはない。ここで変な詮索でもしたら、真名との信頼を壊してしまうような気がした。
「ご飯、用意出来たらしいぞ。リビングに来ないか」
「あ、分かった。今行く」
彼は真名の部屋のドアを閉めてリビングに向かった。清子は夕飯の準備をしていたが、彼の言葉を待って手を止めた。彼は清子をみつめ、首を横に振ると笑ってみせた。清子は小さく息を吐き、台所へと姿を消した。部屋にはシチューの匂いが充満していた。彼はネクタイを外し、椅子に座るとしばらく目を閉じた。




