会社を早退する
彼は部長に家庭でトラブルが起こったことを正直に話し、会社を早退して後にした。昼間の下りの電車は、いつもの彼の知っている光景とは真逆だった。殆ど人がいないのだ。彼は胸ポケットから例の写真を取り出した。真名と清子、そして自分が写っているそれをみながら、先程の電話の件を考えた。写真の現実が嘘のように思えた。この頃は良かった。平和な理想的な家族だった。今は何がどうしてしまったのか、真名に一体何が起きたのか。清子も正常を装ってはいるが、疲れ果てているのが目に見えた。自分がしっかりしなければいけない。
駅からマンションまでは少し駆け足になりながら向かった。8階にある自分の家のドアを開けると、清子の化粧が崩れた顔が早速みえた。清子は自分がいない間泣き崩れていたのだ。
「準備は出来てるわ。警察署に向かいましょう。もう私ダメかもしれない」
「大丈夫だ。大したことはない。真名はきっと立ち直るさ」
「大したことないってあなた、子供が警察のお世話になることが大したことないって言うの?」
「気休めのつもりで言ったんだ。言い争いをするつもりはない。さあ、行こう」
清子は彼を睨みながらも、素直に靴を履いた。彼はそれに安心して、自分の言葉の軽さに憂鬱な気持ちになった。こんな時、一体何を言えばいいんだろうか。二人は駐車場まで会話を交わさなかった。無言で車に乗ると、エンジンの音が妙に大きく響いた。




