蝶美少女VS失った家族
仮面を持った男は走り続けた。
森の中をただひたすらに走り続けた。
そんな男の足を止める者が存在した。
ボクサーミンク
前脚を使ったパンチが得意なイタチのモンスターだ。
人間の頭がい骨など容易に打ち砕く。
それが今男の前に対峙しているのだ。
しかし男には脅えはあまりない。
「ふふふふふ、ふはははは、いいだろう『コレ』を試す機会が随分早まったが問題ない。
吾輩の研究結果の試験といこうではないか。」
男は元は考古学に興味がある少年だった。
しかしその考古学を研究するうちに仮面の存在に憑りつかれたようになり、
今ではほぼ失われたといっていい力ある仮面の製作技術を再現しようとしたのだ。
そして考えられた方法が上位モンスターの体内に仮面を移し、
内側からその力を吸収して仮面に力を蓄えさせるというもの。
本来の人の意思や魂から作り出す方法とは大きく外れた失われた技術の再現方法であった。
しかしこの突拍子もない発想が仮に効果を生むとしても問題がいくつもあった。
まず、上位ランクのモンスターにこれを飲みこませられるか?
上位モンスターにいきなり飲みこませることができても逆に吸収されてしまわないのか?
その対処方法としてまだ中位、若しくは低位のモンスターに飲み込ませて、
そのモンスターを高位にするというものが考えられた。
普通そんなことは簡単にはできない。
しかしそれを簡単にできる存在がたまたま男の知るモンスターでいた。それがトラトラトラだった。
通常のウィングタイガーと同じランクDである変異種でありながら、
3体の融合でSランクにまで上り詰める。
まさに3本の矢を体現したかのような存在であるトラトラトラはうってつけの存在であった。
それにトラトラトラはユニークモンスターである中ではそこまで珍しくは無い。
確かに希少種ではあるものの数だけは多い脆弱な哺乳類の出だけあってレアといってもそれなりのレア度だった。
そして考えに考え抜いた結果ある計画が浮かんだのだ。
まずトラトラトラを見つける。
そして男がいつの間にか家にあった急激に成長させ、いくつかの進化条件を緩和させる宝玉と仮面を持っていく。
両方をトラトラトラに喰わせる。
後はトラトラトラの内部からおおよそSランクがAランクに落ちる程度の力を吸収し続ける。
この際仮面は進化条件を緩和する要素である宝玉と共に吸収されたことで生体の重要な部分に取り込まれているため、
吸収も破壊も受けない。
後はゆっくりトリニティタイガーが死ぬのを待つか、他のものが弱らせてくれればいい。
そしてその計画は成功し、今仮面は力を持って男の手の中にある。
男は仮面を付けると呟いた。
「変身っ。」
何かに変わった男の雰囲気に呑まれまいと焦ってその拳を振りかざしたボクサーミンクは、
男の左手でパンチを受け止められ、右手でその顎の骨を粉砕された。
その場にはボクサーミンクの死体と男と、仮面が残された。
「すんばらしぃぃ。実にすばらしいぞ吾輩は。」
実験に成功した男はそれからも仮面を集めいつの間にか家にある宝玉を使って、
新たな仮面を4つも作った。
正確には5つだがその5つ目を作った時、男はモンスターに食われて死んだ。
5つ目の仮面は巡り巡って別の男の元についた。
元々は高名な家の出であり、かつ名の知れた冒険者であったが、
今となっては妻と子供に逃げられ酒に溺れてばかりいる元冒険者の男だった。
厳密にはまだ冒険者なのだが、最近は酒を飲んでばかりで働かずに、組合からの要請も断り続けており、
近々冒険者としての武器を振るうなどの権利を持った資格を剥奪される予定だった。
当然金も底を付き、今飲んでいる酒も全てツケによるものであり、
代金が支払われることのない酒を売るのを拒んだ酒屋の店主を殴って持ってきたものだった。
もうあそこの酒屋にはいけねぇな。と考え、次の瞬間にはその思考をも放棄して酒を飲んでいた。
そんな男の所にいつの間にか仮面があった。
その仮面は有名な付ければ力が手に入る仮面であった。
そろそろ働かないと酒も手に入らないかとうっすらとだけ考えた男はなにげもなくその仮面を顔に当ててみた。
気が付くと男は森の中にいて、目の前には透明な毛の巨大な狸のモンスターが2匹も横たわっていた。
「……おいおい、俺がやったのか…?」
仮面を付ける前は確か朝だったにもかかわらず、今まさに太陽が昇ろうとしている。
気が付かぬうちに大物を仕留めいていた男は酒を買う為に狸を組合に持っていった。
組合の職員は驚いた。酔っ払いの身では到底倒せない。
いや、よってなくても熟練程度の戦士では危ういモンスターを男が持ってきたことに。
組合中が沸いた。
「凄いなお前。やっぱ凄いな。」
「そういえば昔は凄かったもんな。」
「更正したんですね。」
「またエースとして頑張って下さい。」
「うるせぇ、そんなことより金に換えてくれ。酒が欲しいんだ。」
そんなことは男にとってどうでもよかったがある組合の冒険者の一言だけは強く心に響いた。
「もしかしたら奥さんたちも帰ってくるかもしれないわね。」
男は黙って家に帰った。
今回手に入った大金を持って以前暴れた酒屋に男は行った。
しかし男は酒を買わず、
「悪かったな。今迄の酒代とこないだの詫び賃だ。全部受け取ってくれ。」
そういって帰っていった。
其れから男は再び組合に所属する冒険者のエースとして戦い続けた。
独り身で大金を稼いでいるので女性からの誘いも多くあったが、
男はその誘いのいずれにも乗らなかった。
そしてそんな男の評判を聞いた妻たちが帰ってくるかもしれないという話を男は妻の友人から聞いた。
その妻の友人は元は男の事が好きだったが妻を応援するために引き下がった過去を持つ女性だった。
千載一遇のチャンスではあったがそれをよしとはせずに、
再びかつて愛し合った夫婦が再び元に戻れるよう応援していたのだ。
自分の気持ちを抑えて。
そんな彼女の想いを汲んでか、敢えて男は「ありがとう」とだけ言った。
それから一週間後夫が更正したという噂を聞いた妻が会いに来た。
男は一言だけ言った。
「済まなかった。」
夫が酒におぼれた理由は知っていた。以前はその事を言い訳にしてばかりであったが、
言い訳の言葉は無く、ただ謝罪の一言があっただけだった。
夫は噂通り更正していた。それを感じた妻はまた一週間後、
「今度はあの子も連れて戻ってきます。あの子もだいぶ大きくなりました。
まだ幼いですが眼下などあなたにそっくりです。」
そういって帰っていった。
男はそれに応えるために帰ってきた二人の為に今まで苦労を掛けた分、
いい暮らしをさせてやろうと普段よりも森の奥に入っていった。
1週間後に花屋に千日紅と菓子屋に2つのケーキの予約を入れ、男は普段よりも張り切って闘った。
妻と別れてから6日目の事だった。
男は巨大な蒼き蝶と再会した。……………そう、『再会』だ。
男が酒に逃げるに至った原因はこの蝶だった。
翅を少し動かすだけで、男の仲間やモンスター達が死んでいった。
最初は眠っていたのかと思って仲間を揺すると反応しなかった。
別の仲間を揺すって起こそうとしたとき、その仲間の首が転がって男の前に落ちた。
……そこからは覚えていない。
だが、今でも寝る時に蒼い蝶の姿が甦る。
だから何も考えなくてもいい様に酒に逃げたのだ。全てを蒼き蝶のせいにして。
だが男はもう逃げない。酒にも、恐怖にも、蒼き蝶からも、そして自分からも。
「変身。」
仮面の戦士 愛の仮面
男は一言呟き姿を変えると蝶に殴り掛かった。
吸っただけで脆弱なモンスターでは死に至る鱗粉はマスクが全て防いでくれる。
翅を振るっただけで引き起こされる超鋭利な風の刃さえも拳を重ねれば打ち砕ける。
しかし、その風の刃も受け止められるのは力が乗った際の拳だけ。
その拳にさえも裂傷が少しずつ増えてきている。
引きずる足からは血が絶え間なく流れ、左手の薬指は跳ね飛ばされている。
跳ね飛ばされた薬指は変身が解け、そう高価ではない指輪の付いた男の指が現れていた。
「まだだ。」
男は仮面から、仮面を被った自分自身の生命力から力を引き出す。
仮面の中でも強力なものにはその魂を喰らい力を増すものがある。
男はそれを識らなかったが感覚的に知っていた。
―――だがそんなことはどうでもいい。コイツを倒してあの日を取り戻すんだ。
男の心に揺れは無かった。
ようやく風の刃を打ち砕き蝶に接近する。
すると蝶の方も風の刃の鋭さと強さと速さを上げた。
これまでは手抜きだったのか。…それとも今も…。
男の頭にそんな言葉がよぎる。だが―――――
「ならば、その慢心ごと潰してやるだけだ。」
男は更に魂を燃やし力を跳ね上げる。それに対し蝶は更に凶悪な風の刃を撃ち放つ。
「お前にはわからんだろうな。俺はようやく失った家族を取り戻せるんだ。
だからな、だからお前なんかにもう怖がってはいられないんだよっ!!」
更に男は魂を燃やす。それが3度ほど繰り返されたときだろうか、
――――――――――――突如男の身体は灰になった。
仮面の力に耐えきれなくなったのだ。
最後まで余力を残し散々男を弄んだ蒼き蝶は何処かその灰に羨ましそうな視線を送ると、
森の中に去っていった。
次の日、男の家に帰ってきた妻と子供には出迎えは無かった。
「こういう時位、家で待っていなさい。…全く。」
そんなことを言いながら妻が子供と家で待っていると、
妻も面識がある組合の職員が荷物を持って入ってきた。
妻は職員の表情から嫌な予感が止まらなかった。
職員はその荷物を置いて一礼し、
「これまでの御貢献には感謝の意を重ねて申し上げます。」
そう言って帰っていった。
荷物は、妻が好きだと言った紅い花とお菓子、―――――――――そして男の死亡届であった。
子供は無邪気にケーキに喜んだが、母親がケーキを食べないので、貰っていい?というと母親は黙ってうなずいた。
2つ目のケーキは少ししょっぱい味がした。
千日紅の花言葉 変わらぬ愛をあなたに




