蝶カッコいいパリス様VSクラミツハ 9
イレーネは大樹に帰ってきた。浮気性が過ぎて帰ってこない夫を何とかするためだ。
彼女は別に分かれようと思ったわけではない。
ただ困ったときは父親に聞けばいいとそんな風に考えていただけだ。
パリスがいないなら別にコミュニティで待つ必要もない、とユーミアも一緒についてきた。
道中イレーネは「実家が過保護すぎて困ってしまいますわ」なんて言っていたが、
ユーミアはそれを聞いて、過保護とかいうなら、困ったからって実家に頼るのはどうか?と思っていた。
途中で他の黒翅蝶に遭遇したので、イレーネがもうすぐ帰るので、と言付けを頼んでいるのを見た時、
ナチュラルに他者をパシりにするイレーネにユーミアは育ちの違いに驚いた。
ただ、イレーネとユーミアが道中話に花が咲きすぎたため、予定よりだいぶ遅れて大樹にまでつくことになったのだ。
予定より遅くなって大樹に帰ったイレーネが見たものは――――
「なんですか、これは…」
黒翅蝶族の骸、骸、骸骸骸骸骸骸骸骸――――骸の山であった。
そしてその山頂にあった遺体は、
「お父様……。」
「…なんて…むごい。」
多くの蝶の亡骸を前に実の父親を亡くしたイレーネは勿論のことながらユーミアも気分を沈める。
「お父様……誰がこんなことを…。」
「……っ?っっ!?……。」
ユーミアもイレーネと同じことを考えていたが遺体のいくつかに焦がされた跡や焼かれた跡があるのを目にしてしまった。
ユーミアの脳裏に、まさかという光景が浮かぶ。
――――そんな中上空から嘲笑う声が聞こえてきた。
「お久しぶりですね、『お姉様』?」
「…………まさか、貴女は……。」
「一応名前はアイリーンと名乗っておきます。
紛い物の『クラミツハ』、そして真の『闇御津羽神』、そしてこの世界で唯一の『Irene』になる者。
………ついでに『尊属殺害者』の称号も加えておきますね?」
「……恨んでいるのでしょうね。」
「恨んでいる?………当然ですよ。恨まない理由がどこにあるの?教えてもらえますか?」
「………。」
「都合が悪くなったら思考を放棄ですか?…あの時と何も変わってないのね。
私の存在を知りながら自分の平和が崩れるのが嫌でただ何も気が付いてないふりをしていたあの時と。」
「私は……」
2匹の緊張感漂う停滞が続く中、その停滞を壊す様に上空からもう1匹の蝶が舞い降りてきた。
――――ユーミアの想像を肯定する存在が。
「っっ!?」
「……やっぱり。」
「これ以上話すこともなさそうですね。そうです、私のパートナーを紹介します。
私と共にこの大樹のクラミツハに属するものを壊滅させた私の知る限り最強の雄蝶、
…………まぁ貴女達もよく知ってるとは思うけど。」
「あ~……あれぇ?何でここに2匹がいるかなぁ…?」
かつては翅に残る醜い火傷の後を隠すために巣に帰らないことを余儀なくされたパリスであったが、
火傷が治った後も妖酒によって酩酊状態ということもあってアイリーンのそばにあり、
コミュニティーに帰ってくることは無かった。
そんななか、別のメスと仲良く殺ってる中、
妻2匹の方からこちらにやってきたというのはオス的に非常によくないのだ。気持ち的に。
浮気が公認?された身であってもやはり後ろめたさはゼロにはならない。
「あはは…、久しぶり…。」
「どういうこと…でしょうか?」
「…まだ解からない?それともまだ解かりたくない?
――――――では解からないまま死んで。」
そういうとアイリーンは大気中に集結してドリルのように、蜷局を巻く龍のように螺旋を描く妖酒を突き刺すようにイレーネに向けた。
いきなりの攻撃であったもののもともと険悪な雰囲気の中だ、
決して油断してアイリーンから注意を逸らしたりなんかはしていなかったイレーネにはいくら複雑な機動の攻撃とはいえ、
回避行動は十分とれた。彼女もまた回避能力に長けた蝶族モンスターなのだ。
迫りくる螺旋軌道の妖酒を躱し先程まで自身がいたところに発生させた闇に蝕ませる。
アイリーンの技、螺旋酔龍を蝕む闇、闇食みによって防ぎ続けるイレーネ。
美しい雌同士が傷つけあうこの状況をこのオスが認める筈が無かった。
「ちょっ、リーンちゃんやめろって。」
そんなパリスを止めたのはアイリーンでもイレーネでもなくユーミアであった。
「約束破ったね。……しっかり愛してって言ったのに。」
「………それに関してはホント悪かった。でも今はあの2匹を止めなきゃ。」
「させない。」
「なんでさっ!?」
「……あれは姉妹の闘い。誰にも邪魔はできない。」
「なんだよそれ………そういうことか。」
ユーミア自身もかつて一度姉の命を奪っている。
複雑なものは抱えていたものの彼女なりに姉は大切な存在であった。
だがその上で闘うことを決めたのだ。
他の姉妹がいないユーミアにとってもう2度目は無いが、
姉妹が殺し合うのであればそれは誰にも汚されるべきでない神聖なものだという考えだけは残ったのだ。
だからこそユーミアはその翅をパリスに向ける。
「邪魔はさせない。……お願い、退いて。」
「……どうしてもか?」
「どうしても。……黙って見届けよう。」
「……だって、そういうわけには…。」
「其れに逆効果……イレーネの父親を殺したのは…。」
「……そっか。」
パリスは言われて気が付いたがイレーネとアイリーンが姉妹なら、父親も同じということになるのだ。
パリスにとっては邪魔なおっさんでしかなかったが、少なくともイレーネにとっては違ったであろうことぐらいは想像できた。
それでもそんなおっさん如きが死んだことぐらいの哀しみなんかオレ様が埋めてやんよ、と考えなくもなかったが、
ユーミアに制されたことでそれを行動に移せなくなっていた。
パリスたちがそんな話をしている間に、姉妹たちの戦闘の流れも変わっていっていた。
アイリーンは先程同様に螺旋酔龍を放つ。
水龍のようにアイリーンに襲い掛かる妖酒は先程までと同様に闇食みによって防がれるはずだった。
だが、この水龍のように襲い掛かるものは水ではない、妖酒だ。
水と比べ幾つも異なる点があるがその中の一つが強烈な揮発性だ。
螺旋酔龍は闇食みに飲まれる寸前で霧散し、霧状になった妖酒は瞬時に気化した。
螺旋酔龍を飲みこむだけのサイズがあった闇食みであったが、流石に液体を包み込むだけのサイズでは、
気化して何十倍どころではない体積に膨れ上がった気体を飲みこむには至らなかった。
防御範囲を超えて襲い掛かる妖酒を風で跳ね返そうとするも間に合わずイレーネは気化した妖酒を浴びてしまった。
妖酒によって制御を離れていく自分の意思に危険を感じたイレーネは、
意識が飛びそうになる寸前で父親の事を無理矢理意識の前面に張り出し、怒りに感情を固定する。
その上で自身を闇で包み込み、闇の強制鎮静化作用で思考能力を取り戻させる。
酔っぱらい切る前にどう酔っぱらうかを意識したまま酔っぱらってしまえば、
その意識どうりにプログラムで動くロボットのような単調な言動に固定できる人が偶にいる。
イレーネが行ったのはそれだ。その上で戦闘に必要な思考能力だけを強制的に取り戻したのが今のイレーネの状態である。
速い話が狂戦士だ。
「オチロ…」
「流石…というかそれぐらいしてくれないと殺しがいもないわね。」
先程まで防戦一方であったイレーネは怒りを起点に攻勢を開始する。
生成する闇の範囲を急速に拡大し、イレーネ自身もろともアイリーンを包み込む。
互いの黒き色が闇に溶け込み見えなくなる。
…その闇の深さはたとえ彼女たちが白色系であっても見えなくなるほど深かったが。
イレーネの広範囲にわたる闇食みにより、互いの姿は視認できなくなっていた。
しかしイレーネには闇の中に存在するものの位置や様子が手に取るように理解できる。
闇はイレーネにとって第2の触覚であるのだ。
しかし同じく闇属性を持つアイリーンに対し、闇属性攻撃は『こうかはいまひとつ』のようであった。
一方もう一つ水属性を持つアイリーンには効果が期待できる攻撃方法はあるものの、
螺旋酔龍は視認できない以上闇雲に打つほかなく、
だからといってイレーネ同様広範囲に気化させた妖酒を生成しても密度が薄すぎて妖酒に含まれる闇属性を加味してなお、
闇によって分解消化されイレーネには効果が無くなっている。
じわじわとじわじわと効いてるのかどうかわからない程度にアイリーンを闇が蝕むのが早いか、
イレーネには見えている出鱈目に打つアイリーンの螺旋酔龍が当たるのが早いか、
そんな戦いであった。
ダメージの結果だけで戦いを見るなら、果てしなく地味な戦い、いわゆる千日手である。
そんな千日手を打開しようとしたのはアイリーンの方だった。
初対面の時パリスからもらったツキヨダケの捕食によって手に入れたスキル『発光』によってほんの一瞬だけだがイレーネの姿を見つけた。
…一瞬で充分だった。もとより蝶族の移動速度はそう早くは無い。ならばその方向に面単為で攻撃を加えてやれば攻撃を当てられるのだ。
「螺旋九頭酔龍」
直接面単為で攻撃すれば空気抵抗を産み、イレーネに躱されると踏んだアイリーンは、
イレーネの上、下、右、左、右上、右下、左上、左下、正面の九方向から螺旋酔龍を撃ち出す。
九方向から迫る妖酒の螺旋が互いの隙間をカバーしつつ、複雑な気流を発生させどれかに敵を巻き込むように作用している。
面というには隙間があるものの、攻撃範囲としては面に近く、尚且つ空気抵抗を利用して避けることを困難にした一撃。
イレーネはそれに対し惹きつけるだけ惹きつけておいて後ろに下がることで九頭の水龍の相殺消滅を狙った。
―――がそれもアイリーンは織り込み済みであった。
九頭の水龍は互いにぶつかり合って霧散した。そしてその後急速に気化し膨張した後再度九つの球体に集結した。
宙に浮かぶ九つの水球は回転を始めたかと思うと再び水龍の容を造りイレーネに襲い掛かる。
その咢が獲物を喰らうまで。
この技はアイリーンのとっておきだ。だからこそ一度失敗したからと言ってそこで終わらせてしまうには消費が大きすぎた。
だからこそのリサイクル活用だった。
何度水龍が霧散と再生を繰り返した時だっただろうか、
遂にイレーネは躱しきれなくなり咄嗟に周囲の闇と比べてなお一段と濃くした闇を正面に発生させ打ち消そうとした。
だが正面にいたのは一頭の水龍だけではなかった。
水龍の背後にいたアイリーンが『発光』した。
流石に濃くした闇を打ち消すには至らなかったが、薄める分には十分だった。
薄まった闇を水龍が突き抜け、闇にほぼ消化された姿ではあったもののそれでもイレーネの身体に傷を負わせた。
そしてその攻撃によってバランスを崩したうえに周囲の闇が夜目が効く黒翅蝶族系ならイレーネを見通せる程度に薄まった。
その期を逃すことなく、アイリーンの意思を体現した残り八頭の水龍がイレーネの身体を食い破った。
瀕死状態になり、そのショックで酔いが醒めた地に墜ちたイレーネ。
意識を取り戻した先には八頭の水龍を従える妹の姿。
恐らく後一撃でも受ければ取り戻した意識を再び失うことになる。
そして今度は二度と意識を取り戻すことは無い。
父親や自身が知る黒翅蝶族の者の大勢が殺されたことは赦せることではないが、
妹からすればまた、自分達が赦せることではない。
そう思ってその攻撃を待ち構えた時であった。
水龍たちの手綱が外され―――――――――――
「ストップ、ストップ。流石にこれ以上は無しでしょ。」
何処までも能天気な夫がそれを燃やし尽くして制止した。
彼の行動原理は理解できる。美女の損失は世界の危機。
まるで記号のように分かりやすいところは居心地良くはあったが、
だからといってオスの命を軽んじ、自身の父親を殺したパリスを無条件で赦せるかと言われるとそれもそうではない。
しかしこのままこの場にいたところで妹の攻撃をパリスが防いでくれるだろうが、
…イレーネは負けたのだ。縄張り争いに。
そしてその縄張りも今は関わりたいとも思わなかった。
上空から引き止める夫と嘲笑う妹の声を聞きながらイレーネは去ることにした。
…自分の居場所を。
イレーネを攻撃してもどうせパリスに止められると思ったアイリーンは、
せめていつでもイレーネを攻撃するアピールをして、パリスに追いかけさせることをさせなくした。
そして殺せないならせめてそのプライド位は殺してやろうと嘲うことにした。
ひとしきり嗤ってイレーネが見えなくなるまでパリスを引きとめていたアイリーンはその場にいる、
パリスを戦いに参加させず、アイリーン自信を攻撃するわけでもこの場を去るわけでもなかったもう一匹の存在に接触することにした。
「あなたも一戦交えてみる?」
「やらない。」
「お仲間だったんじゃないの?……それとも実際は邪魔者だった?」
「安い挑発は、買わないよ。」
「……何か言いたいことは?」
「これが貴方達姉妹の出した結論なら、ボクが口を挿むことは、無い。」
「そう、あなたも大概変わってるって言われない?」
「否定はしない。」
「変わってるというか歪んでいるわね。」
「そうだね、歪んでいるよ。ボクも、君も。…でも彼ほどじゃない。」
「そうね。アレは真っ直ぐすぎて歪んでいる。それとも歪みすぎて真っ直ぐなのかしら。
まるで手を加えられた創造物なような真っ直ぐさ。自然には到底存在しえない歪みね。」
「あれ?二匹とも何の話してんの?」
「「なんでも?」」




