蝶カッコいいパリス様VSクラミツハ 6
「蝶翩身」
その背の翅は若干縦方向に伸び体に対する翅の割合が大きくなり、若干だけ三角に形が近づく。
逆に体は以前より小さくなり、
手足などは通常の硝子翅蝶よりは細く短い。
触角も以前以上に細くなったもののその繊細さ精密さは以前に引けを取ることは決してない。
その姿は風を受け、風に乗り、風を読むために作られた西風の神に愛されたかのような姿であった。
透明翅西風蝶
それがパリスの新たな形態。(物理的に)より高みを目指すために成長した力の形。
光りが収まった中に現れたパリスの新たな姿がそれほど変わっていなかったことに安堵した蝶達が一斉に襲い掛かる。
「見かけ倒しか…無意味だな。」
「進化でなく変化か。それもさほど大した変化ではない。」
「ビックリさせないで欲しいものですな。」
「そのとおーーり。」
「取り敢えず皆さんやっちゃいましょうぞ。」
確かにゾウのような生き物がクジラになったり、電気鼠が岩鼠になったり、
蜂が極寒の海中に住んだりするような劇的な変化ではない。
そんな極端な変化と比べればわずかな形態変化である。
だがベーゴマの底を尖らせれば持久力が上がったり平らにすれば機動性が上がるように、
ヨーヨーなら隙間の部分の広さを変えたり各種油を入れれば戻り具合が変わる様に、
車のおもちゃならモーターを変えればトルクとスピードが変わる様に、
団扇で扇ぐとき少し大きめの団扇を使えばより強い風が送れるように、
ほんの僅かな差で物事は結構変わるのだ。
結局やることのバランスが変わっただけである以上、
大きな視点で見れば変化していないところも多いかもしれない。
だが、手の内を互いに知っている同じ種族同士、
それも僅かな隙を読み合いあう蝶族という小さな視点にとっては非常に大きな問題となり、
それはさながらバタフライエフェクトとなる。…蝶だけに。
非常に上手く立ち回るだけでは足りなかった敵を打ち倒すためのピースがここに完成したのだ。
勿論進化ではなく変化である以上不利になった点もある。
ベーゴマだってそこを平らにすれば持久力が下がるし、団扇も大きくすれば扇ぐのに必要な力も増える。
今回の変化でいえば翅の端の部分が若干揃ったことで空気の逃げ道が固定されにくくなり若干安定性が下がることや、
翅の割合が大きくなったことで開翅時に空気抵抗を受けやすいことや翅を動かす筋力的負荷が増大したことだ。
しかしその環境により適した形に変わるということにおいては、進化は前へ、変化は横へ動くという違いはあるものの、
大した差は無い。
そのことを証明するかのように、新たな姿になったパリスは以前より高まった飛行機動力を持って、
アイリーンを庇ってなお襲い掛かる敵たちを翻弄する。
速度が上がればその分だけ制御は難しくなり細かい動きも難しくなり時間の余裕もなくなるが、
パリスは圧倒的過ぎる精度の蝶感覚を持って全てを可能にしている。
速度によって増えた行動の選択肢の中でパリスは最適解を選び出しその直感を信じ動き続ける。
その速度は蜂族やトンボ族程速くはないが、
遅い速度の世界で磨きに磨き上げられた一見無駄だらけのようで無駄のない動きはほんの少し速度を上げただけで、
その脅威は大きく変わった。
圧倒的速度で敵の反応さえも許さずにその命を刈り取るトンボ族とは違い、
蝶族の攻撃はあくまで回避のおまけである。
その戦闘に特化した鋭敏な感覚と思考速度で敵の攻撃を読み切った上で躱しながらカウンターを加えたり、
能力や毒の鱗粉などで消耗させていく。
つまり蝶族は先制攻撃に向いている種族ではない。
そんな常識を打ち壊すかのようにパリスは先程とは打って変わって積極的に攻めている。
…相手が速度に劣る同じ蝶族というのもあるのかもしれない。
しかし蝶族は先程から述べているように後出しのエキスパートだ。
蝶族より幾らでも速い敵を何体も沈めてきた昆虫族上位種族だ。
そんな彼らを一方的に攻め立て続けているのは、
即ちパリスがパリスの攻撃にカウンターを合わせようとしている蝶達に更にカウンターを成功させているということに他ならない。
合わせたはずのカウンターをすり抜けられ、時に逆に利用される蝶族はなまじされたことを理解できる身であるがゆえに、
『そんなこと』が出来てしまうパリスが理解できない。
「おかしい、ありえない。」
「セオリーから逸脱している。」
「なぜだ…、なぜそんなことが…。」
戦場という命のやり取りの場で、
状況を理解したうえで混乱してしまう愚かな蝶達にパリスはさも当然のように答える。
「んな簡単なこともわかんねーのか?手前達に主役が負けるわけねーだろーが。」
それに美女の応援もあるしな、
とアイリーンに笑いかけながら先程まで苦戦していた敵たちの姿を見ることなくその翅で地に叩き落とす。
先程までの苦戦が嘘の様だった。
先程までなれないステージでうまく踊れていなかった新人の踊り手は、
僅か少しの間に元々そこを居城にしていた住民達をも上回るステージの立ち回り方を覚えたのだ。
長年をかけて得てきた苦労の結晶が天才に僅か少しの期間で乗り越えられる。
それが全くの他種族なら諦めがつく。
まずないことであろうが海氷雀蜂の女王クラスに大樹ごと滅ぼされるならそれはもう種族の差と割り切れる。
だがパリスはなまじ黒翅蝶族と同じ蝶族のカテゴリーだ。
其れも先程まで黒翅蝶族にいいようにやられていた。
見下していたものに負けそうになることを現実として認められるほどに、
黒翅蝶族の持つ虚栄心は決して小さいものではなかった。
その虚栄心を傷つける存在を排除するために黒翅蝶達はより一度に多くの数で、より苛烈にパリスに襲い掛かった。
思えば愚かな方法を選んだものである。蝶の戦い方は優雅さを伴った舞闘。
常に余裕をもって相手を嘲笑うがごときスタイルが戦い方の芯である。
パリスは今回攻勢に出たがあくまでその精神性は相手を見下して嘲笑うことに変わりはない。
しかし黒翅蝶達はその余裕を忘却し、焦りと怒りと不安が浮き出ている。
幾らその思考速度を上げようと、幾ら一度に襲い掛かる数を増やそうと、
その核となる優雅さを失った時点で彼らが踊り手として舞台に立つ資格はもうない。
次々と大樹の根元には希少な黒翅蝶族の遺骸が積み重なっていく。
黒翅蝶族のコミュニティーは此処だけではないが、
しかし黒翅蝶族のコミュニティーでも最大の参加数を持つこのクラミツハの黒翅蝶族専用コミュニティーのメンバーが急速に減っていくさまは、
同じ黒翅蝶族であれば危機感を覚えるに違いなかった。
事実仲間が倒されるにつれて種の存続に対する危機感も彼らに徐々に重くのしかかり、更に焦りを生んでいる。
一方パリス側の黒翅蝶系統であるアイリーンはその様に歪んだ愉悦を感じていた。
「滅びればいい。滅ぼせばいい。クラミツハも黒翅蝶族も。」
そしてパリスは多少舞い上がっている感はあるものの敵を圧倒するカッコいい自身の姿に自惚れという形ではあるが、
余裕をしっかりと定着させ、クラミツハにまで至る蝶達を次々と散らしていった。
大樹の7分目までパリス達が到達したとき、蝶達はクラミツハに結界を解いてくれるよう頼み込んだ。
結界が無くなりスキル勝負となればすぐにでも2匹を闇に沈めて見せると。
その提案に応じたのかクラミツハは結界を解いた。
その事はより一層傾きかけた天秤に拍車をかけた。
一斉に協力して闇でパリスを囲むように集中して打ち放てば結果は違ったかもしれないが、
襲い掛かるパリスに脅えた黒翅蝶達は自分の身を守ることに優先してその力を使っていた。
そんな足並みのそろわない黒翅蝶達が作りだした闇の悉くがパリスの光によって打ち払われたり、
アイリーンの闇と水の複合たる妖酒の霧によって無効化されている。
寧ろ妖酒によって操られた黒翅蝶達が寝返ったことで足並みは完全に崩れ切り、
より一層パリスたちがこの大樹を攻略する速度を高める結果となってしまった。
そしていよいよパリス達が大樹の9分目近くまでのぼり上がった時だった。
「ひけぇぃ。皆の者。2匹を通せ。ここから先はこのクラミツハが相手をしよう。」




