蝶カッコいいパリス様VSクラミツハ 3
なぜか殺す相手の住処を熟知しているアイリーンに何の疑問を持つことなく、
それとも気づいた上で気にもしなかったのか、アイリーンに導かれるままパリスは標的の元へ向かった。
菌糸の森 北西部 常闇の木陰
其処が常闇の木陰と呼ばれる所以は、モンスターでもないにもかかわらず巨大に成長し、
1年を通してその大きく広がる葉々で木陰というよりも夜を作り出している大樹のせいだ。
その大樹にはクラミツハを盟主とした黒翅蝶族の名家達が住みついていた。
大樹をアパートのようにして本来希少である黒翅蝶族が多数住まうこの大樹は、
黒翅蝶族達により常に周囲ごと闇に染められ大樹そのものの属性も闇に染まっている。
その大樹のアパートの最上階に存在するのがクラミツハだ。
クラミツハは代々高位の黒翅蝶族を輩出し、
今代においても暗黒蝶にまで到達したオスの蝶が当代を務め、
その1匹娘も若くして闇翅蝶にまで進化している。
他の黒翅蝶は偶に紛い物である黒翅蝶の内定を持たない幼虫を産み、捨ててきたり処分することもあるが、
クラミツハは非常に高い精度で黒翅蝶の内定を持った幼虫を産み続けてきた。
それゆえ、クラミツハは『混じりけ無き漆黒』と呼ばれていた。
もう1匹、娘が生まれたという話はあるが、
その娘が黒翅蝶系統に進化先の固定された内定持ち幼虫で無かったためその存在をなかったことにされ、
その娘を産んだ雌蝶はそれが原因で死を迎えている。
それが自殺であったか他殺であったかはわからないが、
そのことを口にすることはこの大樹に住まう蝶たちの禁忌になっている。
今、この大樹は上下にわたって慌ただしく蝶たちが羽ばたいている。
その理由は『出ていった娘』が帰ってくるからだ。
この大樹において最も美しくなり最も強くなるであろうと将来を強く期待された『クラミツハの娘』が帰って来るからだ。
イレーネはパリスがコミュニティーに帰ってこなくなってから、
相談と力を借りるために実家である大樹に帰ってくることにしたが、
余り急ぎで無かったことと育ちが良かったこともありイレーネは先にもうすぐ帰る旨を伝える為に、
帰る途中で偶然会った黒翅蝶に伝令を頼んでいたのだ。
あまり大樹の者を慌てさせないための行動であった。
しかし結果としては逆効果で大樹に住む何度もイレーネに求婚しては断られたうえに、
ぽっとでの他種蝶族のオスに簡単に靡いてしまったイレーネに枕を濡らしていたオスたちや、
クラミツハに良い覚えをいただきたい蝶などを中心に壮大な出迎え準備が行われていた。
しかしイレーネは途中で多少寄り道をしたりしたので予定より遅くつくことになりそうだった。
常闇の黒き大樹に住まう蝶たちにもとへ『予定通りにクラミツハの娘は帰って』きた。
大樹を出た時より明らかに美しく強くなり、
この大樹に住まうものの誰もがそのことを否定できなくなるまでに成長した黒翅蝶族系統の雌の蝶が帰ってきたのだ。
伝令曰くうまくいっていないという話であったオスの蝶を連れて。
「なんて美しい。」
「べっぴんさんじゃ。」
「うへへ、いいな。」
オスの蝶たちはだらしない表情を必死に紳士的に隠そうとしているが隠しきれずに中途半端な変態紳士の顔になっている。
「うわー黒翅蝶族がいっぱいだ。…それにしても若い男とおっさん、ジジイと男ばっかだな。」
「えぇ、此処は『そうでなければならない』場所ですから。」
「まぁ専用コミュニティーってそういうとこだよな。」
「……ここは少々行き過ぎた場所ですが…。」
パリスとアイリーンが話していると文字通りお邪魔虫なオスの蝶の一匹がアイリーンに声をかけた。
「どうも初めまして、そこのお綺麗な御嬢さん?
そこの粗野そうなオスは放っておいて私たちとランチでも…。
私は『クラミツハ』の傍流でしてそれなりの……」
「………パリスさん?ついでにそのオスも殺してくださいますか?」
「えっ、何をいってるん「りょーかい。」
アイリーンが言葉を言い終わったとほぼ同時にパリスは戸惑うことなく翅でオスの蝶の両右翅を斬り落としてその勢いのまま回転し、
第2撃でもう反対の2枚の翅も斬り落とした。更に回転しオスの頭を真っ二つにしようとしたところでアイリーンが制止した。
「パリスさん、少しだけ待ってくださいますか?」
「別にいいけど?」
翅を失ったオスの蝶はそのまま地面に落ち痛みに騒いでいたが、
その頭に先程その翅を斬り落としたパリスの翅が添えられるとおとなしくなった。
「初めましてとはずいぶんご挨拶ですね、『叔父様』?
私、アイリーン・『クラミツハ』の事などお忘れになってしまったようですね。
――――――パリスさん、止めをお願いします。
「お前はまさ「いいぜ。」
哀れな蝶の身体は綺麗に2分割になった。
『クラミツハの娘』は確かに帰ってきたのだ。
しかし帰ってきたのは愛されて将来を約束され大事に育てられてきた『1匹娘』の姉イレーネ(Irene)ではなく、
疎まれて失望され棄てられた、いないはずの妹アイリーン(Irene)であった。




