蝶カッコいいパリス様の敗北
アイの火傷はなかなか治らなかった。
アイ自身に強力な回復能力があるとはいえ、
その回復能力の発生源のほとんどは翅によるもの。
その翅自体を大きく損傷しているアイはその治りは遅かった。
かつての自分以上に醜く焼け爛れた翅をもつアイを見て、
それでもパリスはアイを護っていこうと決めた。
「ははは、醜いね、今の私。…一緒にいて嫌じゃない?だってパリスさん可愛い子が大好きでしょ?」
「アイッ!!…自分の事を醜いとなど二度というな。このオレ様が許さん。」
「えへへ……ありがと…。」
この時にパリスは決めた。
いいかげんに認めてやる。―――――この通販で売ってそうなリアリティのこの世界こそが、
オレの骨を沈める場所だってな、と。
火傷の影響でしばらくアイが動けなかったころ、
パリスは狩りの間を除いてほとんどその周囲を離れることは無く、
逆にアイの周辺に近寄ってきたモンスターには文字通り烈火のごとく殺しつくした。
黒竜が数匹襲い掛かってきたときでさえその対応にぶれは無かった。
パリスが定めた防衛範囲に入ってきたものから黒焦げになっていった。……元から黒かったが。
特に凄かったのはアンブッシャーというモンスターが攻めてきたときだ。
ランク B-の哺乳類とも両生類ともつかない、首の横や足の裏などに多くの牙や爪を持ったこの異質な身体のモンスターは、
他のステータスこそは同ランクのモンスターに劣るものの、
その名の通り飛びぬけて高い奇襲能力と気配遮断能力と弱者や弱ったものを嗅ぎ取る魔法染みたセンサーにより、
アイのところに一気に肉薄し、その口の後ろを裂いて前方に伸びる牙を持って襲い掛かった。
一度目の攻撃でアイの片翅に風穴を開けた。
しかし2度目の攻撃をする前にパリスの攻撃を受けると判断するや否やその危機察知能力に従って逃げ出した。
それから数日後再び仲間を連れて奇襲に来たアンブッシャーを待ち構えていたのは怒りに燃えるパリスであった。
物理的にも燃えているが今回はそんな冗談はやめておこう。
1度ならず2度までも己のせいで怪我をさせ、なおまた守りきれずに負傷させたことが枯れの中では許せなかったのだ。
だから再び来るであろうアンブッシャーが来るまでほぼ休まずに気を張り続けた。
彼ほど高い蝶感覚の持ち主であれば意識していればたとえ奇襲のエキスパートでも対処できた。
他の生物なら、数秒前に攻撃されて意識を張っていても再び攻撃を受けることもあるというが、
高位昆虫族モンスター成虫のパリスはそんな有象無象とは違った。
逃げる暇も与えず全匹纏めて焼きつくし、その後周囲のアンブッシャーの巣を探してまとめて焼き尽くした。
アイがなんとかそれなりに動ける程度に回復した際も、
時折火山や温泉地帯などにもパリスは出没したが3日以上アイの所に帰ってこないことはそうなかった。
パリスがアイと暮らしてから長い時がたった。
アイの傷も癒え、今ではアイも仮に参加しようとする。
ただ、パリスと共同戦闘という条件の上で、だが。
スキル『対象任意指定』のおかげで炎の身体で触れてもアイに伝わるのは温もりだけだ。
その事が2匹の物理的、精神的距離をさらに縮めることに寄与していた。
そんな中アイが何気なく言った。
「わたしそろそろ卵産みたいなぁ~、なんて。」
まぁ、アレだ。長く付き合ってる彼女が見えるところにゼク○ィとかメ■ンとか置き出すのに似てる。
彼は面倒くさいなあという態度をアイに見せながらもどこか幸せを感じていた。
パリスはアイと共に生きていく覚悟をこの時にはっきりと決めた。
火傷が思ったより長く癒えなかったのか、回復能力は普通に使えるにも拘らず、
時折不自然な動きを見せるアイに気が付いていたパリスはとりあえずアイに気を遣うことを忘れないようにしながらも、
オンセンドジョウやマッドマカなど昔コミュニティーのオス蝶から精が付くという噂のモンスターを狩りまくって勝負に臨むことにした。
失敗はできないからだ。
このあとめちゃくちゃ頑張った。
ちなみにこの日からパリスの呼び方がさん付けから呼び捨てになった。
アイの産卵予定日が近づくにつれてパリスは空回りするくらいエサを持って来たりアイの補助をしたり、
パリスが考えられること全部を頑張った。
遠出もしなくなった。
何せ初めての卵だ。とりあえず産んだ後そのまま夫婦でイチャイチャしに行くか、
仔を育てるか話し合ったところ後者の方で一致したので、
幼虫が好みそうなエサや環境を調べたり考えたり用意したりした。
周囲のメス蝶にそのことで聞く機会も多かったが昔のようにナンパをすることもなかった。
仔の名前も決めていた。メスならマナとかそんな名前。オスなら……オスの時は考えてなかった。
あるときパリスは偶にはちょっと大物を狩りに行こうと少しだけいつもより少しだけ獲物の捜索に時間をかけた。
そんな時だった。
嫌な予感が、――――――凄く嫌な予感がしてパリスはアイの所へ戻った。
近づくたびに少しずつ強く感じる昆虫族特有の体液の香り。
間違いだ。頼む何かの間違いであってくれ。
そして最近いつものように空回りしているオレを叱ってくれ。
そう思いながらパリスは出せる最高速度でアイの所へ戻った。
むせ返る体液の香りの中にパリスは帰ってきた。上空から住処にしていた場所の様子が見えた。
そんな彼の目の前に現れたのは、
槍で串刺しにされ木に張り付けられたアイと、踏みつぶされた卵とやたら高そうな武具を持った女戦士だった。
アイの様子はどう贔屓目に見ても助かるものでは、ない。
「おい…ウソだろ。こんなのマジかよ。………ようやく…ほんとなんだよコレ…。」
そんな中、眼下の女戦士が勝鬨をあげていた。
「やった。これで私も特級の仲間入りだ。まさか上位種昆虫族の成虫を倒せるなんて。
私って凄いな。」
奴か、奴なのか……アイを傷つけオレ達の卵を殺したのは奴なのか…。
アンブッシャーの時以上の、自らの魂を燃やすかのように不規則に不自然でありながら、
天を焦がす様に燃える上空の蝶にようやく女戦士は気が付いた。
「おお、アレはあの時のモンスターにしては友好的な『女神の御使い』様…。」
だがその様子は明らかに異常であった。
明らかに女戦士に指向性を持って向けられる強烈な殺気。
それはどちらかと言えば『女神の御使い』というよりは、
「……アエーシュマ…。」
その燃える蝶はたった今女戦士が串刺しにした蝶の元へと飛んできてその寸前で地面に留まり羽ばたいていた。
「パリス…。ごめ…ん。私たちのたま…ご…」
「あぁ、見れば分かった。アイは、アイは大丈夫なのかっ!!」
それも見ればわかることであったがパリスにはそういうしかなかった。
「大丈夫…じゃない…かも。ごめん…ね。」
「なんでお前が謝るんだ。……済まない。本当に済まない。……また、護れなかった。」
「そろそろ、ダメ……かな…。」
「アイィィィィィッッ!!…………人間…絶対に許さんっ!!
かつてのよしみで今まで見逃してきてやったがもう許してやるものか。
このオレを敵に回したのはお前たちの方だ。」
人類種そのものに対する憎悪を地獄の炎のように燃やし、己を見失うパリスにアイは――――――――
「パ……リ…ス、…た…し……あわ…せ……だ…た…だから……」
何かを言いかけて――――言い切れぬままアイはこの世を去った。
「ニンゲンドモ、オビエロ、ナキサケベ、ニゲマドエ、タスケヲコエ、ワズカナキボウニスガレ。
―――――ソシテソノムイミサニゼツボウシロ。
オレトイウ『マオウ』ヲツクッタノハオマエタチダ。
アイ……コノセカイスベテヲヤキツクシテセイダイニオマエノオクリビヲシテヤル。
…………アンシンシロ、アイ。パリスモオマエノトコロニオクッテヤル。
キョウカラオレハ『パリス』デハナイ。『マオウ アエーシュマ』ダ。」
この日、大罪の魔王ラクサー・アエーシュマが誕生した。
怒りに燃えるパリス、いや魔王ラクサーは藪の奥にある何かに気が付くことは無かった。
藪に火が映る寸前、一陣の風が吹き抜けたことは誰も気が付かなかった。




