第86話「それぞれの選択」
裁判の、翌日。
エレオノーラさんが、志賀を、呼んだ。
王城の、東の、庭。
アルベルト殿下が、子供の頃に、植えたという、一本の、樫の木の、下。
僕も、そこに、いた。
エレオノーラさんが、「立ち会ってくださいまし」と、言ったから。
志賀は。
樫の木の、前で。
膝を、ついていた。
「――志賀拓真」
エレオノーラさんが、言った。
「――北の、砦で、申し上げましたわね。
あなたへの、裁きは、戦が、終わってから、と」
「――……はい」
「――戦は、終わりました」
エレオノーラさんは。
樫の木を、見上げた。
「――兄上は、この木の、下で、よく、本を、読んでおられました。
わたくしは、その、隣で、木剣を、振っていた。
……兄上は、いつも、言っておられた。
『裁きとは、罰を、与えることではない。
その者が、どう、生きるべきかを、示すことだ』と」
エレオノーラさんは。
志賀に、向き直った。
「――裁きを、言い渡します」
志賀が、顔を、上げた。
「――元の、世界へ、帰りなさい」
志賀の、目が。
見開かれた。
「――そして。
白峰様の、隣で。
まっとうに、生きなさい。
誰かを、見下さず。
誰かを、踏み台に、せず。
……隣に、立つ者として」
エレオノーラさんは、続けた。
「――それが、わたくしの、裁きです。
一生、かけて、果たしなさい」
志賀は。
何か、言おうとして。
言えなかった。
ただ。
地面に、額を、押しつけた。
「――……はい」
声が、震えていた。
「――……一生、かけて」
エレオノーラさんは。
小さく、微笑んだ。
「――それと」
エレオノーラさんは、僕を、ちらりと、見た。
「――白峰様が、もし、帰らないと、おっしゃっても。
あなたは、帰りなさい。
……白峰様の、隣は、向こうの、世界にも、ありますもの」
志賀が。
顔を、上げて。
僕を、見た。
僕は。
何も、言えなかった。
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その日から。
僕は、一人ずつ、話を、聞いて、回った。
合宿の、前に、ゼミ長として、やっていた、ことと、同じ。
一人ずつ。
時間を、取って。
「――面談、ですかな」
古賀くんが、笑った。
「――うん。
面談」
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最初は。
花菱さんだった。
王城の、客間の、窓辺で。
花菱さんは、ルーカスさんと、並んで、座っていた。
「――……莉愛、残る」
花菱さんは。
僕が、何か、聞く、前に、言った。
「――ルーカス様が、ね。
昨日の、夜。
言ってくれたの」
花菱さんは。
左手の、薬指を、見せた。
指輪は、なかった。
代わりに。
細い、薔薇の、茎が、一本、巻きつけてあった。
「――『指輪を、買う、お金は、侯爵家と一緒に、なくなってしまった。
だから、これで、許してほしい。
……君が、教えてくれた、薔薇の、名前を、全部、覚えている、僕と。
結婚してくれないか』って」
花菱さんの、目から。
涙が、こぼれた。
「――莉愛、最初は、ルーカス様の、お金が、目当てだったんだよ。
お姫様に、なりたくて。
……なのに、お金も、身分も、なくなった、ルーカス様に、言われて。
今、一番、嬉しい」
ルーカスさんが。
花菱さんの、手を、握った。
「――白峰殿。
彼女は、ミレアで、術師見習いとして、子供たちに、文字を、教えている。
……私も、その、手伝いを、している。
二人で、小さな、学び舎を、開こうと、思うのです」
僕は、頷いた。
「――おめでとう、花菱さん」
花菱さんは。
泣き笑いの、顔で。
小さく、言った。
「――……莉愛ね、向こうの、世界の、お母さんに、手紙、書くね。
白峰くん、持って、帰ってくれる?」
「――うん。
必ず、届ける」
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小田切くんは。
厩舎に、いた。
馬の、背に、ブラシを、かけながら。
僕の、方を、見ずに、言った。
「――……俺も、残るっしょ」
「――うん」
「――驚かねえのかよ」
「――なんとなく、そんな気が、してた」
小田切くんは。
ブラシを、止めた。
「――……向こうに、帰っても、俺、何も、ねえんだよ。
大学も、なんとなく、入っただけだし。
やりたいことも、ねえし」
小田切くんは。
馬の、首を、撫でた。
「――でも、こっちに、来て。
馬の、世話、してたら。
……初めて、毎朝、起きるのが、楽しみに、なった」
小田切くんは。
厩舎の、隅で、寝そべっている、シロガネを、見た。
「――それに。
こいつにも、まだ、ちゃんと、謝りきれて、ねえし」
シロガネが。
片目を、開けて。
ふん、と、鼻を、鳴らした。
小田切くんは、苦笑した。
「――バルトロの、爺さんがさ。
王都の、厩舎長に、ならないかって。
……【職業:なし】の、俺に」
「――いいと、思う」
「――……そうか」
小田切くんは。
また、ブラシを、動かし始めた。
「――……白峰」
「――うん」
「――お前は、どうすんだよ」
僕は。
答えられなかった。
小田切くんは。
それ以上、聞かなかった。
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宇佐美くんは。
王立学院の、書庫に、いた。
山のような、本に、囲まれて。
「――帰る」
宇佐美くんは、本から、目を、上げずに、言った。
「――……迷った。
正直に、言えば、かなり、迷った」
宇佐美くんは、本を、閉じた。
「――この世界の、魔力は、面白い。
物理法則と、矛盾しない、形で、存在している。
論理的に、解明できる。
……一生、かけても、いい、研究対象だ」
「――うん」
「――でも」
宇佐美くんは。
眼鏡を、外した。
「――椎名蒼の、手記を、読んで、思った。
蒼は、この世界で、一生、研究を、続けた。
けれど、最後の、日誌に、書いていた。
『あっちの、世界の、物理学の、教科書が、読みたい』と」
宇佐美くんは、眼鏡を、拭いた。
「――僕は、向こうで、物理学を、やり直す。
そして、いつか。
こっちの、世界の、魔力を、向こうの、言葉で、説明できる、論文を、書く。
……それが、蒼への、返事だと、思う」
宇佐美くんは、眼鏡を、かけ直した。
「――論理的に、言って。
最も、合理的な、選択だ」
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一人ずつ。
話を、聞いた。
美咲さんは。
「――帰る!
お父さんと、お母さんの、定食屋、継ぐの。
こっちで、覚えた、料理も、ちゃんと、メニューに、入れるからね!」
奏さんは。
「――帰るよ。
この一年の、歌、全部、向こうで、歌う。
……いいね、それ。
歌になる」
姫野さんは。
「――あたし、帰って、薬学部、受け直す。
柚木みたいな、ちゃんとした、薬師に、なりたいの」
堂島くんは。
「――帰るっす。
消防士に、なりたいっす。
……今度は、ちゃんと、帰る、場所を、守る、側に」
吉岡くんは。
「――まあまあ、帰るよ。
でも、もう、長いものには、巻かれない。
……おにぎり屋、やろうかな。
皿洗いから、始めた、男の、おにぎり屋」
古賀くんは。
「――帰りますぞ。
そして、この、一年を、小説に、しますぞ。
なろうに、投稿しますぞ。
タイトルは、もう、決めてありますぞ」
「――……なんて、タイトル?」
「――秘密ですぞ」
古賀くんは、にやりと、笑った。
剛は。
「――難しいことは分からんが。
帰る。
……お袋に、ちゃんと、ただいまって、言う」
陽菜さんと、桐生くんは。
二人で、並んで、座っていた。
「――わ、わたしたち、帰ります。
……ふ、二人で」
陽菜さんが、真っ赤に、なって、言った。
桐生くんが、隣で、無表情のまま、頷いた。
「――……向こうでも、三枝の、後ろに、いる」
陽菜さんは。
もっと、真っ赤に、なった。
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最後に。
遥さんに、会いに、行った。
王城の、地下の、牢から、出された、遥さんは。
今は、東の、塔の、小さな、部屋に、いた。
窓辺で。
オルガさんと、並んで。
王都の、街並みを、眺めていた。
「――遥さんは」
僕が、聞く、前に。
遥さんは、言った。
「――僕は、残るよ」
「――……はい」
「――陛下の、判決だから、じゃないよ。
……判決が、なくても、残ってた」
遥さんは。
窓の、外を、見ていた。
ずっと、遠く。
北の、空を。
「――三百年、経っちゃったからね。
向こうに、帰っても。
父さんも、母さんも、もう、いない。
あの、ゼミ室も、たぶん、もう、ない」
遥さんは。
オルガさんの、皺だらけの、手を、握った。
「――でも、こっちには。
灯ノ里が、ある。
誠と、蒼と、詩織の、お墓が、ある。
オルガが、いる。
……僕の、帰る、場所は、もう、こっちなんだ」
オルガさんが。
遥さんの、手を、握り返した。
遥さんは。
僕を、見た。
「――白峰くん」
「――はい」
「――君は、どうするの」
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その夜。
僕は、一人で、王城の、屋上に、いた。
王都の、灯りが。
足元に、広がっていた。
十三人。
帰る。
二人。
残る。
それから、遥さん。
そして。
僕。
門を、開いた、者は。
此方に、留まる。
開けるのは、僕だ。
四つの、誓約を、持っているのは、僕だけだ。
僕が、開ければ。
十三人は、帰れる。
僕は、残る。
僕が、開けなければ。
誰も、帰れない。
それなら。
答えは、決まっている。
――本当に?
胸の、奥で。
誰かが、言った。
母さんの、声だった。
『陽翔は、いつも、そう。
自分の、ことは、最後』
小学生の、頃。
運動会の、リレーで。
転んだ、友達を、助けに、戻って。
ビリに、なった、時。
母さんは、そう、言って、笑った。
少しだけ、寂しそうに。
『それが、陽翔の、いいところだけど。
……たまには、自分の、ことも、考えなさい』
僕は。
札を、取り出した。
【職業:勇者】
――勇者は、何を、するべきなのか。
その時。
屋上の、扉が、開いた。
「――……ここに、いた」
澪だった。




