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【最終章突入】職業「勇者」って言われたのですが、一緒に転移した同級生いわく違うらしい ~正しい職業を知りたい今日この頃~  作者: 有馬 茶
最終部 ~灯の帰る場所~

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第85話「真実を分かち合え」

第85話「真実を分かち合え」



二日目の法廷は。

一日目よりも、さらに人で溢れていた。


すり鉢の席は、立ち見で埋まり。

外の広場には、昨日の倍の人が集まっていた。


勇者が魔王を庇っている。

その噂は、一晩で王都中に広がったらしい。


遥さんは。

柵の内側に座っていた。


一晩、地下の牢で過ごして。

顔色は悪かった。

けれど。

背筋は昨日と、同じように伸びていた。


僕は、そのすぐ後ろに立った。


「――……眠れました?」


「――三百年ぶりに、牢屋で寝たよ」


遥さんは、小さく笑った。


「――……玉座の足元より、ずっと寝心地、良かった」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆


鐘が鳴った。


「――弁護する者。

証人を」


陛下が言った。


僕は立ち上がった。


「――最初の証人をお呼びします。

北の砦の守将。

ガルド殿」


法廷の扉が開いた。


ガルドさんが入ってきた。


鎧を着て。

剣を帯びて。

三年前、アルベルト殿下を、この門から、送り出したその姿のまま。


ガルドさんは。

証人の席に立って。

陛下に一礼した。


「――ガルド殿」


僕は言った。


「――三年前の北の砦の戦いについて。

教えてください」


ガルドさんは。

しばらく黙っていた。


それから。

低い声で語り始めた。


「――三年前の冬。

王都から知らせが来た。

『魔王軍は、東の峡谷に集結しつつある。

北の砦は、手薄で構わない。

兵の半数を、東へ回せ』と」


法廷が静まった。


「――殿下は、その知らせに従われた。

兵の半数を、東へ送った。

……その三日後。

魔王軍が北から来た」


ガルドさんの拳が。

震えていた。


「――東には、何もいなかった。

知らせは偽りだった」


「――その知らせは誰から」


「――貴族院、軍務局を通じて。

……当時の軍務局長は」


ガルドさんは。

右手の席を見た。


「――グレゴール・ヴァイスハイト殿だ」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆


法廷が。

どよめいた。


議長は。

表情を変えなかった。


「――異議を申し上げます」


議長が静かに立ち上がった。


「――軍務局は、各地の報告を、取りまとめて、伝えるだけの部署です。

偽りの報告が、上がってきたのなら。

それは、報告を上げた者の責任。

私の責任ではありません」


議長は、法廷を見渡した。


「――それに。

今は、魔王の罪を問う場です。

三年前の軍の誤報と、何の関係が」


「――あります」


僕は言った。


「――アルベルト殿下を死なせたのは。

魔王軍の剣だけではない。

……そのことを、知ってほしいんです。

この法廷の全員に」


僕は、陛下に向き直った。


「――二人目の証人をお呼びします」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆


扉が開いた。


そこに立っていたのは。


泥だらけの小田切だった。


髪はぼさぼさで。

外套は裂けて。

頬はこけて。

十日間、ほとんど、眠らずに、馬を走らせてきたのが一目で分かった。


その腕に。

小さな老婆を背負っていた。


灰色のぼろ布を、何枚も重ね着して。

頭の両側から、捻じれた小さな角を生やした。


法廷に悲鳴が上がった。


「――ま、魔族だッ!」

「――魔族が王城に――」


衛兵たちが、槍を構えた。


小田切は。

槍の穂先の前で。

老婆を背負ったまま。

一歩も退かなかった。


「――……替え馬、六頭、潰したっしょ」


小田切は、かすれた声で言った。


「――北の砦から峠まで。

峠から谷まで。

……谷からここまで。

婆ちゃん、落とさないように、ずっと背中にくくりつけて」


小田切は。

僕を見た。


「――……白峰。

遅れて悪い」


僕は。

何も言えなかった。


ただ。

首を横に振った。


小田切の背中から。

オルガさんが下りた。


杖をついて。

すり鉢の底を、ゆっくりと歩いて。

証人の席に立った。


そして。

法廷を見上げた。


何百という、人間の目を。

恐怖と嫌悪と敵意の目を。


濁った白い目で。

まっすぐに。


「――オルガ、と申します」


しゃがれた声が。

法廷に響いた。


「――夜の明けぬ谷の底の灯ノ里の。

……墓守でございます」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆


オルガさんは語った。


三百年前のことを。


四人の若者が、この世界に来たこと。

旅の途中で、一人が死んだこと。

一人が魔王になったこと。

二人が友を、置いて、帰れずに谷に来たこと。


誠さんが七十を過ぎるまで、魔王城へ上り続けたこと。

遥さんが一度も、誠さんを殺さなかったこと。


「――殺せと古き魔は命じたのです。

何百回も。

何千回も。

……けれど、遥様は一度も従わなかった。

誠様が来るたびに、自分の腕を、自分で押さえつけて。

血を流しながら追い返した」


法廷が静まっていた。


オルガさんは続けた。


遥さんが灯ノ里の家々に、灯を分けて回ったこと。

光のない谷で。

はぐれ者たちが、生きていけるように。


「――あたしは、角の生えかけの子供でした。

群れから追い出されて。

谷の底で凍えて、死にかけていた。

……遥様の灯が、あたしを温めてくださった」


オルガさんは。

柵の内側の遥さんを見た。


「――三百年、あたしは見てきました。

遥様がどれだけ古き魔に抗ってきたか。

年に一度、墓の前でどんな顔で歌っていたか」


オルガさんの声が。

震えた。


「――あの方は、魔王ではありませんでした。

魔王の檻、だったのです。

三百年、独りでこの世界を守り続けた檻」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆


議長が立ち上がった。


「――魔族の言葉を信じろと?」


冷たい声だった。


「――魔王の配下だった魔族が。

魔王を庇う。

それこそ、何の証拠にも――」


「――あたしの言葉が、信じられないなら」


オルガさんが、議長を遮った。


「――これを」


オルガさんは。

ぼろ布の懐から。

一冊の古びた帳面を取り出した。


「――蒼様の日誌です。

王都にある手記とは別の。

……蒼様が亡くなるまで毎日、つけていた日誌」


宇佐美が息を呑んだ。


「――それと」


オルガさんは、帳面の間から。

一枚の紙を抜き出した。


「――三年前。

メフィラが、谷に持ち帰った手紙を。

あたしがこっそり写したものです。

……あの女が魔王城の書庫に隠していた」


僕は、その紙を受け取った。


そして。

読んだ。


声に出して。


『北の砦の兵、半数を東へ移す手筈は整った。

冬至の三日後、北より攻めよ。

王太子は砦に残る。

これで改革派は頭を失う。

約束の報酬は、ドルマン経由にて。

G・V』


◆◆◆◆◆◆◆◆◆


法廷が。

爆発した。


怒号。

悲鳴。

椅子が倒れる音。


「――G・V……!?」

「――グレゴール・ヴァイスハイト……!?」

「――議長が魔王軍と……!?」


陛下が立ち上がった。


その顔は。

真っ白だった。


「――……グレゴール」


陛下の声が。

震えていた。


「――これは何だ」


議長は。

立ったまま。

動かなかった。


その顔から。

表情が消えていた。


それから。

ゆっくりと。

口を開いた。


「――偽造です」


議長の声は。

落ち着いていた。


「――魔族の老婆が、持ってきた紙切れ。

誰が書いたか、分かったものではない。

私を陥れるための――」


「――議長」


宇佐美が立ち上がった。


両手に帳簿を抱えて。


「――ドルマン侯爵家の裏帳簿です。

花菱莉愛が、ミレアの侯爵家の別邸から、持ち出しました。

……三年前の冬至の月。

グレゴール・ヴァイスハイトから、ドルマン侯爵へ。

金貨、三千枚」


宇佐美は、帳簿を掲げた。


「――そして、同じ月。

ドルマン侯爵から、『北の客人』へ。

金貨、二千枚」


花菱さんが立ち上がった。


震える足で。

けれど、まっすぐに議長を見て。


「――莉愛は見ました。

侯爵の屋敷で。

夜中に裏口から来る銀色の髪の人。

侯爵は、その人を、『議長閣下』って呼んでました」


花菱さんの声が。

法廷に響いた。


「――莉愛は嘘つきでした。

いっぱい嘘をつきました。

……だから、分かるんです。

嘘をついてる人の顔」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆


議長は。

長い間。

黙っていた。


法廷のすべての目が。

議長に注がれていた。


それから。


議長は。

胸を張った。


「――私は」


よく通る声で。

法廷の隅々まで、届く声で。


「――法官、グレゴール・ヴァイスハイトの名に、かけて誓います。

私は、ドルマン侯爵と、密かに通じたことなど一度もない。

魔王軍と通じたことも一度もない。

アルベルト殿下の死に、私は一切、関わっていない」


その瞬間だった。


ぴしりと。


小さな音がした。


議長の胸元。

金の天秤の紋章の下。


職業札が。


割れていた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆


法廷が。

凍りついた。


議長が。

自分の胸元を見下ろした。


職業札に。

一本の黒い亀裂が走っていた。


その亀裂が。

伸びていく。


枝分かれして。

蜘蛛の巣のように。

札の表面を覆っていく。


【職業:法官】


その文字が。

亀裂に沿って。

ひび割れて。

剥がれ落ちていく。


ぱらぱらと。

古い漆喰のように。


遥さんの【魔王】の文字が、剥がれ落ちた、時と同じように。


けれど。

その下からは。

何も、浮かび上がってこなかった。


ただ。

最後に。


【職業:なし】


それだけが。

残った。


「――……な」


議長の口から。

声が漏れた。


「――……なぜ。

なぜ、だ」


古賀が立ち上がった。


眼鏡の奥で。

目が淡く光っていた。


「――鑑定、しましたぞ」


古賀の声が、法廷に響いた。


「――法官の戒律。

『法の前にて、偽りを語るなかれ』。

……法官の名にかけて、偽りを誓った瞬間。

戒律は破られました」


古賀は。

眼鏡を押し上げた。


「――職業札は、嘘をつきませんぞ。

議長」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆


議長は。

膝から崩れ落ちた。


金の天秤の紋章が。

胸元から外れて。

石の床を転がった。


からん、からん、と。


乾いた音を立てて。


誰も。

議長に手を差し伸べなかった。


議長に同調していた貴族たちは。

目を逸らしていた。


陛下が。

衛兵に命じた。


「――グレゴール・ヴァイスハイトを、拘束せよ。

……アルベルトの死に関する、取り調べを行う」


衛兵たちが、議長を両脇から抱え上げた。


議長は。

抵抗しなかった。


ただ。

連れていかれる、その間際に。

一度だけ。

僕を振り返った。


「――……なぜ」


議長が言った。


「――なぜ、お前たちは。

宝を手放せる。

……力を。

魔王を倒した力を。

なぜ、自分のものにしない」


僕は。

答えた。


「――灯は、奪えないからです」


議長は。

意味が分からないという顔をした。


それから。

扉の向こうに消えた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆


法廷が。

静かになった。


陛下が。

ゆっくりと、玉座に腰を下ろした。


長い、長い沈黙。


それから。

陛下は。

柵の内側の遥さんを見た。


「――結城遥」


遥さんが立ち上がった。


「――そなたの罪を問う」


陛下の声は。

静かだった。


「――そなたは、魔王であった。

そなたの名の下に、多くの民が死んだ。

それは消えぬ」


遥さんは。

頷いた。


「――されど」


陛下は続けた。


「――そなたは三百年、檻であり続けた。

古き魔をその身に封じ。

誰にも知られず。

誰にも感謝されず。

……独りで」


陛下の目が。

潤んでいた。


「――アルベルトは、言っておった。

『魔王も、元は、誰かの息子だったのだろうな』と」


陛下は。

立ち上がった。


「――判決を言い渡す」


法廷のすべての人が。

息を止めた。


「――結城遥。

極刑は課さぬ」


ざわめきが起きかけて。

陛下の次の言葉に遮られた。


「――その代わりに。

命ずる。

夜の明けぬ谷の灯ノ里に戻り。

その生涯をかけて。

三百年、そなたの名の下に、失われた命を弔え。

そして」


陛下は。

上の席の民たちを見上げた。


石を投げた、男の子とその母親を。


「――二度と谷に夜が来ぬよう。

灯を守り続けよ」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆


遥さんは。

柵の内側で。

深く、深く頭を下げた。


声は出なかった。


ただ。

肩が震えていた。


志賀が。

柵を乗り越えて。

遥さんの隣に立った。


剛が。

エレオノーラさんが。

澪さんが。

古賀が。

宇佐美が。

三枝さんが。

桐生が。

小田切が。


一人ずつ。

柵を越えて。

遥さんの周りに立った。


僕も。

遥さんの隣に立った。


上の席から。

拍手が起きた。


最初は。

一人だった。


治療院の、マルタさん。


それから。

パン屋の主人。

鍛冶屋の親方。


そして。

石を投げた男の子の母親が。


男の子を抱いたまま。

片手で自分の膝を叩いていた。


男の子は。

泣き腫らした目で。

遥さんをじっと見ていた。


それから。

小さな手を。

ぱちん、と。

一度だけ叩いた。






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