第83話「十五人」
裁判は、十日後と、決まった。
貴族院の、決議だった。
国王陛下は、最後まで、渋っておられたという。
けれど、王国法は、王の、上にある。
それが、この国の、決まりだった。
その、十日の、間に。
王都に、二台の、馬車が、着いた。
一台目は、南の、川の街、リンドールから。
馬車の、扉が、開くと。
一人の、女の子が、転がるように、降りてきた。
明るい、茶色の、髪を、後ろで、ひとつに、束ねて。
薬草の、染みが、ついた、前掛けを、したまま。
「――ゆ、柚木ッ!」
姫野さんは。
澪の、名前を、呼んで。
そのまま、澪に、抱きついた。
澪は。
一瞬、固まって。
それから、ぎこちなく、姫野さんの、背中に、手を、回した。
「――……久しぶり」
「――久しぶりじゃないよッ!
魔王城に、行ったって、聞いて……ッ!
あたし、毎晩、眠れなくて……ッ!
柚木に、教わった、気付け薬、自分で、飲んでたんだからね……ッ!」
「――……あれ、眠れなくなる、薬」
「――知ってるよッ!」
姫野さんは、泣きながら、怒っていた。
澪は、ほんの、少しだけ、笑っていた。
姫野さんの、前掛けの、ポケットから。
職業札が、覗いていた。
【職業:調合見習い】
その、「見習い」の、三文字が。
ほんの、少しだけ。
薄くなっているように、見えた。
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二台目の、馬車は。
西の、港町、ミレアから。
馬車の、扉を、開けたのは。
金髪の、背の高い、青年だった。
ルーカスさん。
北の砦の、戦いの、後。
メフィラの、呪縛から、解き放たれて。
花菱さんに、手紙を、書くと、言っていた。
ルーカスさんは。
馬車の、中に、手を、差し伸べた。
その手を。
小さな、手が、取った。
花菱さんが、降りてきた。
髪は、短く、切られていた。
派手な、巻き髪も。
きらきらした、髪飾りも。
もう、なかった。
質素な、灰色の、服。
胸元に、職業札。
【職業:術師見習い】
花菱さんは。
馬車を、降りて。
王城の、前庭に、並んだ、僕たちを、見た。
そして。
エレオノーラさんの、姿を、見つけて。
その場に、膝を、ついた。
「――……殿下」
花菱さんの、声が、震えた。
「――……莉愛は。
ミレアで、ずっと、考えてました。
殿下に、言ったこと。
魔女、って、言ったこと。
……莉愛は、殿下に、会う、資格なんて、ない。
でも」
花菱さんは。
顔を、上げなかった。
「――遥さんの、裁判で。
莉愛も、証言、したいんです。
……ドルマン侯爵が、何を、していたか。
メフィラが、何を、していたか。
莉愛が、知ってること、全部」
エレオノーラさんは。
花菱さんの、前に、歩み寄った。
そして。
膝を、ついた。
花菱さんと、同じ、高さに。
「――顔を、上げなさい、花菱殿」
花菱さんが、おずおずと、顔を、上げた。
「――あなたの、罪は、消えません。
志賀殿に、申し上げたのと、同じことを、あなたにも、申し上げます」
エレオノーラさんは。
花菱さんの、手を、取った。
「――けれど。
真実を、語るために、ここまで、来たことを。
わたくしは、ちゃんと、見ていますわ」
花菱さんの、目から。
涙が、溢れた。
ルーカスさんが。
花菱さんの、肩に、そっと、手を、置いた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
その夜。
王城の、東の、塔の、一室に。
十五人が、集まった。
召喚されてから。
初めて。
全員が。
大きな、長机を、囲んで。
十五の、椅子に。
僕。
剛。
澪。
古賀くん。
宇佐美くん。
陽菜さん。
美咲さん。
奏さん。
志賀。
堂島くん。
桐生くん。
小田切くん。
吉岡くん。
姫野さん。
花菱さん。
壁際には。
エレオノーラさんと、遥さんが、立っていた。
「――これは、皆さんの、ゼミですもの」と、エレオノーラさんは、言った。
遥さんは、黙って、頷いていた。
誰も、何も、言わなかった。
十五人が、揃って。
互いの、顔を、見て。
それぞれの、胸の、職業札を、見て。
【勇者】。
【重騎士】。
【薬師】。
【鑑定士】。
【物知り】。
【結界師】。
【料理人】。
【吟遊詩人】。
【なし】。
【狂戦士】。
【暗殺者】。
【なし】。
【弓兵】。
【調合見習い】。
【術師見習い】。
鑑定の儀の、あの日。
誰が、こんな、並びを、想像しただろう。
「――……なんか」
吉岡くんが、ぽつりと、言った。
「――合宿の、初日の、自己紹介、思い出すね」
誰かが、小さく、笑った。
それで。
空気が、少しだけ、緩んだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
僕は、立ち上がった。
「――それじゃあ」
僕は、言った。
ノートを、開いて。
合宿用の、ノート。
召喚された、あの日から、ずっと、持っていた、ノート。
「――ゼミを、始めます」
古賀くんが、吹き出した。
「――白峰氏、それ、本気で、言ってますか」
「――本気だよ」
僕は、笑った。
「――今日の、議題は、二つ。
一つ目は、遥さんの、裁判のこと。
二つ目は」
僕は、一度、息を、吸った。
「――古代の、門のこと」
部屋が、静まった。
「――門が、見つかった。
元の、世界に、帰れる、門だ」
ざわめきが、起きた。
堂島くんが、立ち上がりかけた。
姫野さんが、口を、両手で、覆った。
美咲さんが、目を、見開いた。
小田切くんが、顔を、上げた。
「――ほ、本当っすか!?」
「――本当だよ。
この目で、見てきた。
……門の、向こうから、蝉の、声が、聞こえた」
美咲さんが、泣き出した。
「――帰れる……。
帰れるんだ……。
お父さんと、お母さんの、定食屋……」
奏さんが、美咲さんの、肩を、抱いた。
けれど。
宇佐美くんだけは。
黙って、手元の、紙を、見ていた。
そして。
志賀も。
剛も。
澪も。
谷に、行った、全員が。
黙っていた。
その、沈黙に。
最初に、気づいたのは、桐生くんだった。
「――……白峰」
桐生くんが、言った。
「――続きが、あるんだろ」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
僕は、頷いた。
真実を、分かち合え。
隠すことは、できた。
「門が、見つかった、みんなで、帰ろう」と。
それだけ、言って。
最後の、一行は、黙っていることも。
けれど。
それは、遥さんが、三百年前に、したことと、同じだった。
独りで、背負うこと。
「――門には、条件が、ある」
僕は、言った。
宇佐美くんが、紙を、読み上げた。
一つ。
四つの、誓約を、刻んだ、灯の主が、門に、触れること。
二つ。
通れるのは、灯を、持つ者と、その灯を、分かたれし者。
三つ。
門は、開いてから、満月、三つの、間だけ、在る。
そして。
「――四つ」
宇佐美くんの、声が、かすれた。
「――門を、開きし、灯の主は、門の、此方に、留まる」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
最初は。
誰も、意味が、分からなかったようだった。
それから。
一人ずつ。
顔色が、変わっていった。
「――……え」
姫野さんが、言った。
「――灯の、主って。
……白峰、だよね。
四つの、誓約、持ってるの、白峰だけ、だよね」
「――うん」
「――じゃあ。
白峰が、門を、開けたら。
……白峰だけ、帰れない、ってこと?」
僕は、頷いた。
部屋が。
爆発した。
「――ふざけんなよッ!」
小田切くんが、机を、叩いた。
「――なんで、白峰が、残らなきゃ、いけねえんだよッ!
一番、頑張ったの、白峰だろッ!」
「――そ、そうっすよッ!
そんなの、絶対、おかしいっすッ!」
堂島くんが、叫んだ。
「――じゃ、じゃあ、莉愛たちが、帰るために、白峰くんが……?」
花菱さんが、青ざめた。
「――論理的に、言って、別の、方法を――」
「――そんなもの、あるの!?」
美咲さんが、宇佐美くんに、詰め寄った。
「――今、探している」
「――探してるって、三か月しか、ないんでしょ!?」
吉岡くんが、両手を、上げた。
「――まあまあ、まあまあ、落ち着こう、みんな――」
「――落ち着けるかよッ!」
声が、重なる。
椅子が、倒れる。
誰かが、泣いている。
僕は。
それを、黙って、見ていた。
そして。
不思議と。
胸の、奥が、温かかった。
半年前。
この十五人は、ばらばらだった。
志賀たちと、僕たち。
テンプレを、信じる者と、信じない者。
城を、出て、行った者と、残った者。
その、十五人が。
今。
僕、一人の、ために。
本気で、怒っている。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「――みんな」
僕は、言った。
大きな、声では、なかった。
けれど。
部屋が、静かに、なった。
「――ありがとう」
全員が、僕を、見た。
「――怒って、くれて。
……ありがとう」
僕は、ノートを、閉じた。
「――最初に、言っておきたいことが、ある。
僕は、まだ、何も、決めてない。
帰るとも。
残るとも」
僕は、十五人の、顔を、一人ずつ、見た。
「――門は、まだ、開けてない。
開けたら、三か月で、閉じる。
だから、みんなが、それぞれ、決めてから、開ける。
帰りたい人。
残りたい人。
……それを、一人ずつ、ちゃんと、聞いてから」
「――残りたい、人?」
姫野さんが、言った。
「――うん」
僕は、頷いた。
「――この世界で、大事な、ものが、できた人も、いると思う。
大事な、人が、できた人も。
……帰るのが、正しいとは、限らない。
残るのが、間違いとも、限らない」
花菱さんが。
隣の、ルーカスさんの、ことを、思ったのか。
目を、伏せた。
小田切くんが。
窓の、外の、厩舎の、方を、ちらりと、見た。
「――だから」
僕は、言った。
「――僕のことは、最後で、いい。
みんなが、決めて。
それから、僕が、決める。
……それが、ゼミ長の、仕事だと、思うから」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
長い、沈黙が、あった。
最初に、口を、開いたのは。
志賀だった。
「――……白峰」
「――うん」
「――お前、そういうところ、本当に、むかつくな」
部屋の、何人かが、ぎょっとした。
志賀は。
頭を、がしがしと、掻いた。
「――最後で、いい、じゃねえよ。
そういうのを、独りで、背負うって、言うんだろ。
……谷で、さんざん、聞いたぞ」
僕は、言葉に、詰まった。
「――俺は、もう、言ったからな。
お前を、置いて、帰るなら、俺も、残る」
志賀は、腕を、組んで、椅子に、ふんぞり返った。
「――だから、お前が、決めるのを、待つ、とか、ねえ。
みんなで、決めるんだろ。
お前も、入れて、全員で」
壁際で。
遥さんが、小さく、笑った。
「――……誠が、言いそうな、ことだ」
剛が、頷いた。
「――難しいことは分からんが。
志賀が、正しい」
澪が、言った。
「――……白峰の、悪い、癖」
古賀くんが、眼鏡を、押し上げた。
「――ゼミ長、ゼミ長と、言いますがな、白峰氏。
ゼミ長は、議事進行役であって、生贄役では、ありませんぞ」
宇佐美くんが、紙を、机に、置いた。
「――議題の、修正を、提案する。
『白峰陽翔が、門の、此方に、留まらずに、済む、方法の、検討』。
……十日後の、裁判と、並行して、全員で、取り組む」
「――賛成っす!」
堂島くんが、手を、挙げた。
「――賛成」
「――賛成っしょ」
「――まあまあ、賛成」
「――い、いいね、それ」
「――賛成ッ!」
「――……莉愛も」
十四の、手が、挙がった。
僕は。
しばらく、何も、言えなかった。
それから。
自分も、手を、挙げた。
「――……賛成、です」
美咲さんが、泣き笑いの、顔で、言った。
「――全会一致!
……ちゃんと、議事録に、書いといてね、ゼミ長!」
僕は、ノートを、開いて。
震える、手で、書いた。
『議題:白峰が残らずに済む方法 全会一致』
その、隣に。
十五人分の、名前を。




