第80話「門の前で」
三日、灯ノ里で、休んだ。
誰もが、疲れ切っていた。
灯を、ほとんど、使い果たして。
身体の、芯まで、冷え切って。
けれど。
三日目の、朝には。
胸の、奥の、火が。
少しずつ、戻ってきていた。
不思議だった。
あれだけ、分けたのに。
分けた分だけ、どこかから、また、灯ってくる。
「――分けたものは、巡って、帰ってくるのさ」
オルガさんが、言った。
朝の、光の、中で。
里の、井戸の、水を、汲みながら。
「――遥様が、そう、言っていたよ。
三百年前に。
……あたしは、ずっと、嘘だと、思ってたけどね」
オルガさんは、桶を、置いて。
谷の、東の、空を、見上げた。
「――本当だったねえ」
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三日目の、昼。
古賀くんの、水晶が、光った。
谷の、闇が、晴れて。
峠の、向こうと、繋がるように、なったのだ。
水晶の、中に。
宇佐美くんの、顔が、浮かんだ。
『――白峰ッ!』
宇佐美くんが、叫んだ。
いつも、冷静な、宇佐美くんが。
眼鏡が、ずれるほど、身を、乗り出して。
『――無事か!?
全員、無事か!?』
「――うん。
全員、無事だよ」
宇佐美くんの、顔が。
くしゃっと、歪んだ。
それから。
眼鏡を、外して。
目元を、押さえて。
しばらく、何も、言わなかった。
『――……論理的に、言って』
やっと、声が、出た。
『――三日前、王都の、空が、光った。
北の、空が。
真昼みたいに。
……学院の、全員が、それを、見た。
いや、王都の、全員が』
宇佐美くんは、息を、吸った。
『――胸の、奥から、何かが、抜けていく、感じがした。
でも、嫌な、感じじゃ、なかった。
……温かい、ものを、誰かに、手渡すような』
「――宇佐美くんの、灯も、届いたよ」
僕は、言った。
「――ありがとう」
宇佐美くんは。
眼鏡を、かけ直した。
『――……礼を、言われる、筋合いは、ない。
合理的な、判断を、しただけだ』
その、耳が。
真っ赤だった。
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水晶の、向こうに。
次々と、顔が、映った。
砦からの、中継で。
『――白峰さんッ!
剛さんッ!
無事っすかッ!?』
堂島くん。
『――……坊主。
よくやった』
ガルドさん。
『――いやあ、すごい、光だったねぇ。
砦の、みんな、腰、抜かしてたよぉ』
ヴェルダさん。
王都の、厩舎から。
『――……べ、別に、心配とか、してなかったっしょ』
小田切くん。
その、後ろで、馬が、嘶いていた。
厨房から。
『――まあまあ、よかったよかった。
おにぎり、足りた?
……え、食べてない?
峠で、落とした?
……まあ、いいや、帰ってきたら、また、握るから』
吉岡くん。
『――白峰くん!
ちゃんと、食べて、ちゃんと、寝て、ちゃんと、帰ってきなさいよ!』
美咲さん。
『――いいね、それ。
歌になる。
……っていうか、もう、作り始めてる』
奏さん。
一人、一人の、声が。
水晶を、通して。
谷の、底まで、届いた。
僕は。
その、一つ一つに。
「ありがとう」と、返した。
途中から。
声が、震えて。
上手く、言えなくなった。
澪が。
黙って、僕の、背中に、手を、置いてくれた。
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最後に。
宇佐美くんが、もう一度、映った。
その顔は。
さっきとは、違って。
硬かった。
『――白峰。
伝えなければ、ならないことが、ある』
「――……うん」
『――記録の、最後の、一行だ』
水晶の、周りに。
全員が、集まった。
遥さんも。
オルガさんも。
『――三日前、古賀から、椎名蒼の、最後の、手記の、写しが、届いた。
オルガ殿が、預かっていた、本物の、方の。
……学院の、写しで、傷んで、読めなかった、部分。
それと、照らし合わせて。
昨夜、ようやく、読めた』
宇佐美くんが、一枚の、紙を、掲げた。
『――古代の、門の、条件。
これまで、分かっていたのは、二つ。
一つ。
四つの、誓約を、刻みし、灯の主が、門の前に、立つこと。
二つ。
門を、通れるのは、灯を、持つ者、および、その灯を、分かたれし者』
宇佐美くんの、声が。
少し、低く、なった。
『――そして、最後の、一行』
全員が。
息を、止めた。
『――「門を、開きし、灯の主は、門の、此方に、留まる」』
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風が、吹いた。
谷の、底を。
芽吹いたばかりの、緑を、揺らして。
誰も。
何も。
言わなかった。
言えなかった。
門を、開いた、灯の主は。
門の、此方に。
こちら側に。
留まる。
つまり。
「――……白峰は」
志賀が、言った。
掠れた、声で。
「――……白峰は、帰れない、ってことか」
宇佐美くんは。
答えなかった。
ただ。
唇を、噛んで。
眼鏡の、奥の、目を、伏せた。
『――……それと、もう一つ。
蒼の、手記の、余白に、書き込みが、あった。
「門は、開いてより、満月、三つの、間のみ、在る」』
満月、三つ。
三か月。
『――門は、一度、開いたら。
三か月で、閉じる。
……二度と、開かない、かもしれない』
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「――……そんな」
陽菜さんが、両手で、口を、覆った。
「――そ、そんなの、ひどい……ッ!
白峰くんが、一番、頑張ったのに……ッ!
白峰くんだけ、帰れないなんて……ッ!」
剛が。
拳を、握りしめていた。
何も、言わずに。
古賀くんが、眼鏡を、外して。
額に、手を、当てていた。
桐生くんが。
黙って、谷の、壁を、睨んでいた。
エレオノーラさんは。
僕を、見ていた。
その、青い、瞳が。
大きく、揺れていた。
喜びなのか。
悲しみなのか。
自分でも、分からない、というように。
澪は。
僕の、袖を、掴んでいた。
強く。
指が、白くなるほど。
遥さんが。
小さく、呟いた。
「――……三百年前と、同じ、だ」
その、顔が。
青ざめていた。
「――誰かが、独りで、背負う。
誰かが、残る。
……蒼は、それを、知ってたんだ。
だから、最後の、一行を――」
「――遥さん」
僕は、言った。
自分でも、驚くほど。
静かな、声だった。
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「――門を、見に、行きませんか」
全員が、僕を、見た。
「――まだ、開けません。
開けたら、三か月で、閉じちゃうから。
みんなが、揃う、前に、開けるわけには、いかない」
僕は、立ち上がった。
「――でも。
どんな、門なのか。
この目で、見ておきたいんです。
……それから、考えます。
みんなで」
志賀が。
何か、言いかけて。
口を、閉じた。
それから。
立ち上がった。
「――……行くぞ」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
星の、神殿。
その、祭壇の、さらに、奥。
星の、海の、果て。
石の、橋が、もう一本、伸びていた。
前に、来た時には、なかった、橋。
いや。
あったのかもしれない。
闇に、隠れて、見えなかっただけで。
その、橋の、先に。
門が、あった。
大きくは、なかった。
魔王城の、城門の、ように、巨大でも。
北の、砦の、門の、ように、頑丈でも、なかった。
ただ。
石の、柱が、二本。
その上に、弧を、描く、石の、梁。
鳥居に、似ていた。
いや。
鳥居、そのものだった。
石で、できた。
苔むした。
どこかの、神社の、境内に、ありそうな。
日本の、鳥居。
「――……嘘、だろ」
剛が、呟いた。
柱の、間は。
空っぽだった。
向こう側に、何も、見えない。
星の、海の、続きさえ、見えない。
ただ。
白く。
霧のように。
何かが、揺らいでいる。
その、霧の、向こうから。
音が、聞こえた。
かすかに。
ほんの、かすかに。
蝉の、声。
遠くを、走る、電車の、音。
踏切の、警報機の、かんかん、という、音。
誰かが。
自転車の、ベルを、鳴らす、音。
「――……っ」
陽菜さんが、膝から、崩れ落ちた。
剛が、顔を、覆った。
古賀くんが、眼鏡を、外して、泣いていた。
志賀が。
一歩。
門に、向かって、踏み出しかけて。
止まった。
遥さんは。
動かなかった。
ただ。
三百年ぶりに、聞く、蝉の、声に。
目を、閉じて。
立ち尽くしていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
僕は。
門の、前に、立った。
鳥居の、柱の、表面に。
文字が、刻まれていた。
日本語でも、この世界の、文字でも、なかった。
けれど。
なぜか。
読めた。
『四つの誓約を刻みし灯の主よ』
『汝が手を、この柱に、触れよ』
『門は開かれん』
『されど、開きし者は、此方に留まる』
僕は。
手を、伸ばしかけて。
止めた。
まだ。
今じゃない。
堂島くんも。
小田切くんも。
吉岡くんも。
宇佐美くんも。
美咲さんも。
奏さんも。
姫野さんも。
花菱さんも。
みんなが、揃って。
みんなで、決めて。
それからだ。
僕は。
手を、下ろした。
振り返った。
八人と、一頭と、一人が。
僕を、見ていた。
エレオノーラさん。
剛。
澪。
古賀くん。
陽菜さん。
桐生くん。
志賀。
シロガネ。
遥さん。
誰も。
何も、言わなかった。
ただ。
全員の、目が。
同じことを、言っていた。
――お前を、独りで、残したりしない。
僕は。
少しだけ、笑った。
「――……帰ろう」
僕は、言った。
「――まずは、砦に。
それから、王都に。
みんなに、会いに。
……門のことは、それから、みんなで、考えよう」
「――白峰」
志賀が、言った。
「――俺は、諦めねえぞ」
「――うん」
「――お前を、置いて、帰るとか。
絶対、ねえからな」
「――……うん」
「――誠さんが、遥さんを、置いて、帰らなかったみたいに。
……俺も、お前の、隣に、残る。
最悪、それでもいい」
「――志賀、それは――」
「――うるせえ。
決めた」
志賀は。
そっぽを、向いた。
剛が、その、肩を、叩いた。
「――難しいことは分からんが。
……俺も、同じだ」
「――……わたしも」
澪が、言った。
「――……全部、終わってから、って、言った。
……まだ、終わってない」
エレオノーラさんが。
静かに、言った。
「――白峰様が、此方に、留まるのなら。
……わたくしは、それを、悲しめばいいのか、
喜べばいいのか、分かりません。
けれど。
一つだけ、分かることが、あります」
エレオノーラさんは、僕の、手を、取った。
「――白峰様が、望まない、別れは。
誰一人、望んでいない、ということですわ」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
星の、海を、背に。
僕たちは、橋を、戻った。
門の、向こうから。
蝉の、声が、追いかけてくる。
振り返らなかった。
いや。
一度だけ。
振り返った。
白い、霧の、向こうに。
ほんの、一瞬。
見覚えのある、風景が、見えた気がした。
銀杏並木。
三号館の、四階の、窓。
ゼミ室の、灯り。
誰かが。
まだ、残って。
灯りを、つけたままに、しているような。
――帰るなら、みんなで、帰る。
メフィラに、そう、言った。
その、言葉を。
僕は、嘘に、するつもりは、なかった。
開いた者は、此方に、留まる。
それが、門の、決まりなら。
――決まりを、分かち合う、方法を、探せばいい。
灯は、奪えず。
ただ、分かつのみ。
もし、灯を、分けられるなら。
誓約を、分けられるなら。
門を、開く、役目も。
きっと。
僕は。
胸の、札に、手を、当てた。
【職業:勇者】
その、下の、五つの、誓約が。
温かかった。
――正しい、職業を、知りたい。
召喚された、あの日。
ずっと、そう、思っていた。
今は、分かる。
勇者だ。
これが、僕の、正しい、職業だ。
けれど。
勇者が、何を、するべきなのか。
その、答えは。
まだ。
門の、前に、置いたままだった。
これで、第4部「星の神殿」は、完結です。
ここまで、読んでくださって、本当に、ありがとうございます。
最終部も、どうぞ、よろしくお願いいたします。
まもなく 最終部 ~灯の帰る場所~ 開演いたします。




