↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【最終章突入】職業「勇者」って言われたのですが、一緒に転移した同級生いわく違うらしい ~正しい職業を知りたい今日この頃~  作者: 有馬 茶
第4部 ~星の神殿~ 開幕

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

78/91

第78話「古き魔」

第78話「古き魔」



夜が谷から溢れようとしていた。


崩れ落ちた、魔王城の最上階。

屋根も、壁も吹き飛んで。

残ったのは、黒い石の床と。

半ばから折れた玉座と。

そして。


頭上を覆い尽くす空洞。


それは、空を喰っていた。


谷の縁のさらに向こう。

峠の上に見えていた灰色の空が。

じわり、じわりと。

黒に侵されていく。


谷の闇が。

三百年、この谷に閉じ込められていた夜が。

谷の外へ。

世界へ。

流れ出そうとしていた。


『――寒い』


空洞が言った。


『――寒い。

寒い。

寒い。

……灯を。

灯を寄越せ』


空洞の縁から。

黒い触手が伸びた。


何百本も。

何千本も。


それは、谷の四方へ散って。

岩を這い。

峠を越えて。


その一本が。

谷の底の灯ノ里へ、向かうのが見えた。


四十の家の入口に灯した。

小さな金色の灯りへ。


「――オルガさんッ!」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆


僕たちは駆けた。


崩れかけた、城の壁を伝って。

螺旋の階段の残骸を飛び降りて。


けれど。

空洞は大きすぎた。


一本の触手を斬っても。

十本が別の方角へ伸びていく。


エレオノーラさんの剣が閃く。

志賀の剣が閃く。

剛の盾が触手を受け止める。

三枝さんの結界が、灯ノ里の上に広がる。


それでも。

足りない。


空洞は谷、全体だった。

谷のすべての闇が、それの身体だった。


僕たちは。

その身体の中にいるのだ。


「――……斬っても無駄ですわ……ッ!」


エレオノーラさんが、息を切らせた。


「――斬ったそばから闇が埋めてしまう……ッ!」


剛の盾が。

触手の一撃を受けて。

石の床にひびを走らせた。


「――難しいことは分からんが……ッ!

これ、終わりがねえぞ……ッ!」


桐生が影から影へ跳ぶ。

けれど、この谷の影は、すべて空洞の一部だ。

影に沈むたびに。

桐生の灯が削られる。


「――……ッ、影が喰いに来る……ッ!」


古賀が叫んだ。


「――鑑定、しましたッ!

あれには、核がありませんッ!

心臓も、急所も何も……ッ!

……ただの空洞ですッ!」


空洞。


倒すべき、核もない。

斬るべき、首もない。


ただ。

寒くて。

飢えていて。

満たされたいだけの。


巨大な穴。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆


触手の一本が。

三枝さんの結界を貫いた。


「――きゃっ……ッ!」


三枝さんの身体が吹き飛ぶ。

桐生が影から、飛び出して、それを受け止める。

二人で石の床を転がる。


その上に。

次の触手が降ってくる。


「――三枝さんッ!」


間に合わない。


その時。


触手が。

斬られた。


金色の光が。

一閃。


触手がほどけて霧散した。


三枝さんと、桐生の前に。

一人の青年が立っていた。


痩せた背中。

長い黒い髪。


遥さんだった。


その右手に。

剣はなかった。


ただ。

掌に灯を灯して。

その灯を刃のように、細く長く伸ばしていた。


「――……三百年ぶりに振ったけど」


遥さんが呟いた。


「――意外と覚えてるもんだね」


志賀が。

遥さんの隣に駆け寄った。


そして。

腰の誠さんの剣を、鞘ごと外して。

遥さんに差し出した。


「――遥さん。

これ」


遥さんは。

その剣を見た。


飾り気のない、片刃の剣。

何度も、巻き直された柄の布。


遥さんの目が。

大きく揺れた。


「――……誠の」


「――オルガさんから預かりました。

誠さんが遺したって」


遥さんは。

長い間。

その剣を見つめていた。


それから。

そっと手を伸ばして。

柄に触れて。


そして。

押し返した。


「――……君が持ってて」


「――でも――」


「――誠はね」


遥さんは笑った。


「――僕の隣で剣を振りたかったんだ。

僕に剣を渡したかったんじゃない。

……だから、君が持ってて。

そして」


遥さんは。

志賀の隣に立った。


「――僕の隣で振って」


志賀は。

唇を噛んだ。


それから。

剣を抜いた。


「――……はい」


二人が。

並んだ。


三百年前の勇者と。

勇者になれなかった男が。


同じ、【職業:なし】の札を、胸に下げて。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆


けれど。

それでも。

空洞は、止まらなかった。


斬っても、斬っても。

触手は生えてくる。


谷の縁の空が。

半分、黒に染まっていた。


「――……このままでは、谷の外まで――」


エレオノーラさんが、言いかけた。


僕は。

空洞を見上げていた。


斬っても無駄だ。

倒すべき、核もない。


なら。


「――……分ける」


僕は呟いた。


全員が振り返った。


「――星の印。

灯は、闇の中にこそ灯せ。

……あれに灯を分けるんだ」


「――あ、あれに……ですか……ッ!?」


三枝さんが叫んだ。


「――で、でも、あんなに大きいのに……ッ!

わ、私たちの灯なんて全部、合わせても……ッ!」


その通りだった。


空洞は谷、全体だ。

三百年分の夜だ。

九人と一頭と一人の灯を全部、合わせても。

そのほんの一角も、満たせないかもしれない。


満たせなければ。

僕たちは全員、空っぽになって。

消える。


遥さんが三百年前に恐れたように。


「――……それでも」


僕は言った。


「――やらなきゃ、また三百年前と同じだ」


誰かが独りで背負って。

誰かが犠牲になって。

闇を閉じ込めて。

蓋をして。


それでは、何も終わらない。


「――倒すんじゃない。

閉じ込めるんじゃない。

……満たして終わらせる」


沈黙があった。


それから。


剛が盾を下ろした。


「――難しいことは分からんが」


剛は、僕の隣に立った。


「――お前がそう言うなら、そうなんだろ」


エレオノーラさんが、剣を収めた。


「――わたくしの灯も、お使いくださいまし」


澪さんが僕の手を握った。


「――……一緒に消えるなら、いい」


「――澪さん」


「――……消えないけど。

……たぶん」


古賀が眼鏡を押し上げた。


「――最終決戦で、敵に愛を注ぐ。

……お約束、ですな」


三枝さんと、桐生が手を繋いで並んだ。

シロガネが、僕の足元に座った。


志賀と遥さんが。

僕の左右に立った。


十一の灯が。

一つの輪になった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆


僕たちは。

空洞に向かって。

両手を掲げた。


灯を。

差し出した。


奪われるのでは、なく。

こちらから。

分け与えるために。


十一の灯が。

一つの光の柱になって。

空洞の中心へ。

まっすぐに昇っていった。


空洞が。

震えた。


『――……何を』


何千もの声が戸惑った。


『――何をしている。

差し出すのか。

自ら。

……灯を』


光が。

空洞の中に、吸い込まれていく。


吸い込まれて。

消える。


まるで底のない井戸に、一滴の水を、垂らしたように。


何も起きない。


いや。


僕たちの灯が。

削られていく。


一気に。

猛烈な勢いで。


空洞が。

差し出された灯を。

貪るように、呑み込んでいく。


「――ぐぅ……ッ!」


膝が折れかけた。


胸の奥の火が。

小さくなっていく。


剛の盾から、金色の光が消えていく。

エレオノーラさんの髪の輝きが褪せていく。

澪さんの手が、冷たくなっていく。


足りない。


やっぱり。

足りない。


空洞は大きすぎる。


『――もっと』


空洞が言った。


『――もっと。

もっと。

足りない。

寒い。

……まだ寒い』


僕の視界が。

暗くなっていく。


遥さんが三百年前に見た光景。

独りで分ければ消える。


いや。

独りじゃ、ない。

十一人、いる。


それでも。

足りないのか。


――灯は、独りでは燃えず。


最初の誓約が。

胸の奥で響いた。


独りでは燃えない。


十一人は。

独りではない。


でも。

十一人だけでも、ない。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆


その時。


谷の底から。

光が昇ってきた。


灯ノ里の。

四十の家の入口の。

小さな金色の灯りが。


一つ。

また一つ。


宙に浮かび上がって。

僕たちの光の柱へ。

流れ込んできた。


丘の上に。

オルガさんが立っていた。


杖を両手で掲げて。

皺だらけの顔で。

叫んでいた。


「――持っておいき……ッ!

あたしたちの灯も……ッ!

遥様にもらった灯だよ……ッ!

今度は、あたしたちが返す番さ……ッ!」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆


地の底から。

光が昇ってきた。


星の神殿の。

何千、何万の灯の欠片が。


城の地下から。

岩盤を透かして。

床のひびから。

星屑のように、噴き上がって。


その無数の星の中に。

一つだけ。

他のどの星よりも、明るい光があった。


『――遥くん』


声がした。


『――今度は独りじゃ、ないね』


遥さんが。

その光を見上げた。


涙が頬を伝った。


「――……詩織」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆


谷の外から。

光が来た。


峠を越えて。

灰色の平原を越えて。


北の砦から。


堂島の灯。

ガルドさんの灯。

ローデリヒさんの灯。

ヴェルダさんの灯。

砦の兵士たちの灯。


王都から。


宇佐美の灯。

小田切の灯。

吉岡の灯。

美咲さんの灯。

奏さんの灯。

トマスさんの灯。

ルーカスさんの灯。


もっと遠くから。


ミレアの花菱さんの灯。

リンドールの姫野さんの灯。

これまで旅をしてきた街の。

村の。

治療院の。

冒険者ギルドの。


僕が出会ってきた、すべての人たちの。


灯。


【誓約の灯】。

他者の信頼と、自分の誓いを、力に変えるスキル。


僕の灯は。

最初から。

僕だけのものでは、なかった。


そして。


ノルデの村から。


歌が聞こえた。


あの、子守唄。

村の子供たちが。

大人たちが。

白い髭の村長が。


声を合わせて。

峠の向こうから。

三百年、歌い継いできた歌を。


その歌に乗って。

光が来た。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆


光の柱が。

膨れ上がった。


十一の灯ではなく。

数えきれない灯の。

数えきれない人たちの。


谷を満たすほどの。

光。


それが。

空洞の中心へ。

流れ込んでいく。


空洞が。

震えた。


さっきまでの貪るような、震えでは、なかった。


戸惑うように。

怯えるように。

……そして。

何かに気づいたように。


『――……これ、は』


何千もの声が。

揺らいだ。


『――これは。

何だ。

……奪っていない。

喰らっていない。

なのに』


空洞の闇が。

内側から。

淡く光り始めていた。


黒が。

灰色に。

灰色が。

薄い金色に。


『――……あたたかい』


声が言った。


何千もの声が。

一つまた一つと。

消えていく。


重なり合っていた声が。

ほどけて。

最後に。


小さな。

一つの声だけが残った。


メフィラの声だった。


いや。

メフィラでも、古き魔でもない。


ただの。

寒くて。

寂しくて。

ずっと満たされたかった何か。


『――……あったかい』


声が言った。


『――……奪わなくても。

……あたたかくなれるのね』


空洞が。

ほどけていく。


光の中で。

夜が。

溶けていく。


『――……知らなかった。

……ずっと。

……誰も、くれなかったから』


僕は。

最後の灯を、差し出しながら。

言った。


「――これからは、もらえるよ。

誰かが分けてくれる。

……あなたも、誰かに分ければいい」


声は。

しばらく黙っていた。


それから。

とても小さく。


『――……ありがとう』


そう、言って。


光の中に。

消えた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆


空洞は、なくなっていた。


頭上には。

何もなかった。


闇も。

触手も。

夜も。


ただ。

薄い灰色の空が。

どこまでも、広がっていた。


谷の天井を、覆っていた闇が。

三百年ぶりに。

晴れていた。


僕は。

石の床に膝をついていた。


灯は。

ほとんど、残っていなかった。

胸の奥に。

ほんの小さな火が、揺れているだけ。


けれど。

消えては、いなかった。


周りを見た。


全員が。

同じように、膝をついて。

あるいは倒れて。

荒い息をしていた。


けれど。

誰も。

消えては、いなかった。


一人も。


剛が仰向けに、倒れたまま笑っていた。

エレオノーラさんが、髪を乱したまま、空を見上げていた。

澪さんが僕の手を、握ったまま、目を閉じていた。

古賀が割れた眼鏡をかけ直していた。

三枝さんと、桐生が背中合わせに座り込んでいた。

シロガネが、赤い布をなびかせて、空を見つめていた。


志賀と遥さんが。

並んで座っていた。


肩を寄せ合って。

同じ空を見ていた。


「――……白峰」


志賀が言った。


「――……うん」


「――……空、見えるな」


「――……うん」


第65話の、夜。

志賀は、「星、見えるな」と言った。


今は。

星も、見えなかった。


ただ。

谷の東の縁の向こうに。


ほんのかすかに。


白い光の線が。

滲み始めていた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。