↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【最終章突入】職業「勇者」って言われたのですが、一緒に転移した同級生いわく違うらしい ~正しい職業を知りたい今日この頃~  作者: 有馬 茶
第3部 ~裏切りの華~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

66/91

第66話「なしの札」

第66話「なしの札」



翌朝の北の砦は、静かだった。


二万の魔王軍が退いた平原には、雪が降っていた。

戦いの跡を、覆い隠すように。

踏み荒らされた土を。

黒く枯れた草を。

魔物の亡骸を。

そして、平原の真ん中に残された、小さな灰の山を。


白く。

静かに。

降り積もっていった。


砦の仮設の治療所は。

負傷兵で溢れていた。


澪さんが寝台の間を、休みなく行き来していた。

リンドールから届いた薬の最後の何十本かを。

一本ずつ大切に使いながら。


その治療所の一番奥の寝台に。

志賀が座っていた。


大学の私服の上から、毛布を被って。

膝の上に真っ白な職業札を乗せて。


【職業:なし】

【灯:分かたれし者】


志賀は。

その札を。

朝からずっと。

見つめていた。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「――志賀拓真」


治療所の入り口から。

低い声が響いた。


ガルドさんだった。


その隣に。

エレオノーラさん。


二人の後ろに。

ローデリヒさんと、トマスくん。


治療所の中の空気が。

張り詰めた。


志賀が。

顔を上げた。


ガルドさんが。

志賀の寝台の前に、立った。


傷だらけの顔が。

志賀を見下ろしていた。


「――お前の罪を確かめに来た」


志賀の肩が。

わずかに強張った。


けれど。

目は、逸らさなかった。


「……ああ」


志賀は。

うなずいた。


「……分かってる」


「――ドルマン侯爵の手先として、動いた。

満月の夜会で、王女殿下を、魔女だと偽りの証言をした。

魔王軍の先陣として、この砦に刃を向けた」


ガルドさんの声は。

静かだった。

けれど、その一言一言が。

重かった。


「――この国の法に照らせば。

どれ一つとっても、重罪だ」


「……ああ」


志賀は。

またうなずいた。


「……全部、本当のことだ。

……言い訳は、しねえ」


治療所の中が。

静まり返った。


寝台の上の負傷兵たちが。

息を殺して。

その光景を、見つめていた。


志賀は。

寝台から降りた。


毛布が肩から滑り落ちた。


それから。

エレオノーラさんの前に。

膝をついた。


額を。

治療所の冷たい石の床に。

擦りつけた。


「――王女様」


志賀の声が。

震えていた。


「――夜会であんたのことを、魔女だって言った。

……みんなの前で。

……あんたは、何も悪くなかったのに」


エレオノーラさんは。

何も、言わなかった。


ただ。

床に額を擦りつける志賀を。

静かに。

見下ろしていた。


「――ごめん、なさい」


志賀の声が。

掠れた。


「――……本当にごめんなさい」




◆◆◆◆◆◆◆◆◆




長い沈黙だった。


それから。


エレオノーラさんが。

志賀の前に。

膝をついた。


王女が。

罪人の前に。


「――顔を上げなさい、志賀殿」


志賀が。

ゆっくりと。

顔を上げた。


その目が。

赤く腫れていた。


エレオノーラさんの青い瞳が。

志賀をまっすぐに見つめていた。


「――あなたの罪は、消えません」


静かな声だった。


「――あなたの言葉で、わたくしは、大勢の前で、魔女と罵られました。

……あの夜の、あの瞬間の恐ろしさを。

わたくしは、きっと一生、忘れないでしょう」


志賀の肩が。

震えた。


「――けれど」


エレオノーラさんは。

志賀の膝の上の真っ白な職業札を。

見下ろした。


【職業:なし】

【灯:分かたれし者】


「――昨夜、わたくしは見ていました。

黒い巨人の全身から、金色の華が咲くのを。

……あなたが古き魔を自分の中から追い出すのを」


エレオノーラさんの声が。

わずかに柔らかくなった。


「――『偽物でいい。二番目で、いい。こいつの隣に、立てるなら』。

……あなたは、そう言ったそうですね。

白峰殿から、聞きました」


志賀の顔が。

真っ赤になった。


「……っ、あいつ……ッ」


「――わたくしにも、同じ想いがあります」


エレオノーラさんの言葉に。

志賀が息を呑んだ。


「――あの人の隣に立ちたい。

……ただ、それだけを願って。

わたくしは、剣を振ってきました」


エレオノーラさんは。

小さく。

微笑んだ。


「――同じ人の隣に立ちたいと願う者を。

わたくしは、憎むことができません」


エレオノーラさんは。

立ち上がった。


ガルドさんを、振り返った。


「――ガルド。

志賀殿の裁きは、この戦が終わるまで、預かります。

王都に戻ってから、父上と宰相と正式に定めましょう」


「――殿下」


「――それまでは」


エレオノーラさんの青い瞳が。

志賀を見下ろした。


「――あなたが自分の罪に、どう向き合うのか。

わたくしは、この目で見せていただきます」


志賀は。

床に膝をついたまま。

エレオノーラさんを、見上げていた。


それから。

もう一度。

深く。

頭を下げた。


「――……はい」




◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「――それと」


ガルドさんが。

低い声で言った。


「――一つ確かめておきたい。

お前は、魔王城を知っているな」


志賀が。

顔を上げた。


「……ああ。

……メフィラに、連れていかれた。

夜の明けぬ谷の底の黒い城だ」


「――道は」


「……覚えてる」


志賀は。

立ち上がった。


膝が震えていた。

けれど。

立った。


「――俺に案内させてくれ」


治療所の中が。

ざわめいた。


「――北の山脈を越えて。

夜の明けぬ谷を下って。

魔王城まで。

……俺が知ってる限りの道を全部、教える」


志賀は。

僕を。

見た。


それから。

ガルドさんを見た。


「――職業は、なしだ。

剣も魔法も、もう、使えねえ。

……戦いの役には、立たないかもしれない。

でも、道案内くらいはできる」


志賀の声が。

少しだけ震えた。


「――それに。

遥さんに言われたんだ。

『君は、まだ間に合う』って。

……あの人に返事をしなきゃいけない」


ガルドさんは。

長い間。

志賀を見下ろしていた。


それから。

僕を見た。


僕は。

うなずいた。


ガルドさんは。

深く。

息を吐いた。


「――……坊主がそう言うなら。

……好きにしろ」




◆◆◆◆◆◆◆◆◆








その日の昼過ぎ。

砦の城壁の上で。


志賀は。

一人ずつ。

頭を下げて回っていた。


「――三枝」


櫓の上で。

結界の疲れで、毛布にくるまって座り込んでいた三枝さんの前に。

志賀が立った。


三枝さんが。

びくりと肩を震わせた。


半年前。

ヴェルンで。

三枝さんに、荷物を背負わせ続けた男。

「お前の結界なんか、誰も当てにしてねえよ」と、言い放った男。


志賀は。

三枝さんの前に。

膝をついた。


「――……荷物持ちなんかじゃ、なかったなお前」


三枝さんの目が。

見開かれた。


「――昨夜、城壁の上からずっと見てた。

……巨人の中に入る前も、出た後も。

お前の結界が、ずっと砦を守ってた。

……ルーカスまで救って」


志賀は。

頭を下げた。


「――ヴェルンで、ひどいこと言った。

……ごめん」


三枝さんは。

しばらく。

何も、言えなかった。


それから。

毛布の中から。

小さな手を出して。


「……う、うん」


小さくうなずいた。


「……い今の志賀くんの顔。

……最初のゼミの飲み会のときの、顔と同じだね」


志賀が。

顔を上げた。


三枝さんの後ろの影の中で。

桐生が。

腕を組んで。

小さく。

笑っていた。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「――大河内」


城壁の正門の上で。

剛が包帯だらけの体で、座り込んでいた。

その隣に。

堂島が。


志賀は。

二人の前に立った。


「――……堂島のこと。

ありがとな」


剛は。

しばらく志賀を見上げていた。


それから。

にっと笑った。


「――難しいことは、分からんが。

……礼なら、堂島に言え。

帰ってきたのは、こいつ自身だ」


志賀は。

堂島を見た。


堂島は。

真っ赤な顔で。

うつむいていた。


「……し、志賀さん……。

お、俺……もう、志賀さんの子分じゃ、なくていいんすか……?」


志賀が。

目を丸くした。


それから。

吹き出した。


「――……ばか。

最初から子分なんかじゃ、ねえよ」


志賀は。

堂島の大きな肩を、拳で軽く叩いた。


「――……ダチだろ」


堂島の目から。

涙が溢れた。


「――ウッス……ッ!」




◆◆◆◆◆◆◆◆◆




砦の裏手の、兵糧の荷馬車の脇で。

吉岡が。

厨房の前掛けを、着けたまま。

握り飯を兵たちに配っていた。


その手が。

志賀の姿を、見た瞬間に。

止まった。


「――……あ」


吉岡の顔が。

真っ青になった。


ブラウエンの宿屋で。

夜明け前に。

何も言わずに。

志賀を置いて逃げた男。


志賀が。

吉岡の前に立った。


長い。

長い。

沈黙だった。


吉岡の握り飯を持つ手が。

震えていた。


「……ま、まあまあ……。

ひ、久しぶりだな志賀……。

い、いや、そのブラウエンのことは……その……」


「――吉岡」


志賀が。

吉岡の言葉を遮った。


吉岡が。

びくりと肩を震わせた。


志賀は。

吉岡の手から。

握り飯を一つ。

取った。


かぶりついた。


もぐもぐと。

噛んで。

飲み込んだ。


「――……うまいなこれ」


吉岡が。

ぽかんと口を開けた。


「……え」


「――お前が握ったのか?」


「……い、いや……。

芹沢と料理長が……。

お、俺は運んできただけで……」


「――運んできたんだろ。

……王都から北の砦まで。

厨房の前掛け、着けたまま」


志賀は。

もう一口、握り飯をかじった。


「――……逃げたことは、怒ってねえよ。

あのとき逃げなかったら。

お前も、メフィラに喰われてた」


志賀は。

吉岡をまっすぐに見た。


「――でもさ。

……今度は、逃げずに来たんだな」


吉岡の顔が。

くしゃくしゃに、歪んだ。


「……ま、まあまあ……。

な長いものには、巻かれろって、言うだろ……。

お、王様が北に援軍出すって言うから……。

ついでにっていうか……」


吉岡の声が。

震えていた。


「……ご、ごめんな志賀。

……ブラウエンで、一言も言わずに逃げて」


志賀は。

握り飯の最後の一口を、飲み込んだ。


それから。

笑った。


「――……ああ。

お互い様だ」




◆◆◆◆◆◆◆◆◆








その夜。

砦の仮設の治療所の片隅で。


一人の金髪の青年が。

寝台の上で、目を覚ました。


ルーカス。


灰色だった肌は。

すっかり人の色に戻っていた。

赤く濁っていた目は。

澄んだ青い色を、取り戻していた。


「……ここは……」


ルーカスが。

掠れた声で、つぶやいた。


寝台の脇に。

澪さんと三枝さんが座っていた。


「……アルセリアの北の砦です」


澪さんが静かに言った。


「……もう、大丈夫。

古き魔の霧は全部、抜けました」


ルーカスは。

しばらく天井を見上げていた。


それから。

その目から。

涙がこぼれた。


「……覚えています。

……全部」


ルーカスの声が。

震えていた。


「……父上が灰になったのも。

……莉愛が夜会で泣いていたのも。

……莉愛の魅了にかかったのも。

……メフィラに、操られたのも」


ルーカスは。

両手で顔を覆った。


「……莉愛は……今、どこに……」


三枝さんが。

おずおずと、口を開いた。


「……み、ミレアに……。

こ、国外追放になって……。

で、でも、元気に旅立ちました……。

さ、最後に笑ってたって……」


ルーカスは。

しばらく。

何も、言わなかった。


それから。

小さく。

つぶやいた。


「……莉愛の魅了は。

……最初は、確かに魅了だった。

……でも」


ルーカスの青い目が。

窓の外の星空を見上げた。


「……侯爵家の屋敷の庭で。

二人で薔薇を見ていたとき。

……莉愛が、『ルーカス様、薔薇の名前全部、

覚えてるの、すごいね』って、言ってくれたんです。

……誰も、そんなこと、気にしたことがなかったのに」


ルーカスは。

涙を拭った。


「……あれは魅了じゃ、なかった。

……あの言葉だけは、きっと本物でした」


澪さんと三枝さんが。

顔を見合わせた。


「……手紙を書いてもいいでしょうか」


ルーカスが言った。


「……ミレアの莉愛に。

……あなたの言葉は、ちゃんと届いていたと」


三枝さんが。

目を潤ませて。

大きくうなずいた。


「……う、うん……!

き、きっと届けます……!」




◆◆◆◆◆◆◆◆◆




その頃。

砦の北の城壁の上で。


志賀が。

一人。

北の夜空を見上げていた。


僕は。

その隣に並んだ。


「……ここにいたんだ」


「……ああ」


志賀は。

北の闇の向こうを、見つめていた。


北の山脈。

そのさらに向こうの。

夜の明けぬ谷。


「……遥さん、今もあそこで歌ってんのかな」


志賀が。

ぽつりと言った。


「……玉座の足元で。

膝、抱えて。

……日本の古い童謡」


「……うん」


僕は。

うなずいた。


「……王都の城壁の上で。

僕たちも、同じ歌を歌ったよ。

王都大侵攻の前の夜に」


志賀が。

僕を見た。


「……そっか」


志賀は。

また北の空を見上げた。


「……メフィラが、言ってたな。

古き魔の本体は、まだ、遥さんの中にあるって。

……お前の灯を、遥さんの手で、喰わせるって」


「……うん」


「……どうすんだよ」


志賀の声が。

少しだけ低くなった。


「……遥さん、本気でお前を、喰いに来るかもしれねえぞ。

……三百年分の古き魔の全部の力で」


僕は。

胸のポケットから。

職業札を取り出した。


金色の炎が。

札の表面を。

端から端まで。

覆い尽くしていた。


その中に。

淡く。

透き通るように。

「候補」の二文字が。

まだ残っていた。


「……分ける」


僕は。

言った。


「……遥さんにも。

……灯を分ける。

志賀に分けたみたいに」


志賀は。

長い間。

僕を見ていた。


それから。

小さく。

笑った。


「……お前ほんと変な奴だな」


「……最近、よく言われる」


「……知ってるよ」


志賀は。

真っ白な自分の職業札を。

ポケットから、取り出した。


【職業:なし】

【灯:分かたれし者】


その金色の二行目を。

星明かりにかざした。


「……なあ、白峰」


「……うん」


「……俺も、分けていいか。

……遥さんに。

……俺の灯」


僕は。

志賀を見た。


志賀の黒い澄んだ目が。

まっすぐに。

僕を見ていた。


「……あの人に聞かれたんだよ。

『誰の隣に立ちたかったの』って。

……答えは、出た。

……だから、今度は俺があの人に聞きたい」


志賀は。

北の空を見上げた。


「――『あんたは、誰の隣に立ちたかったんだ』って」


胸のポケットが。

ふわりと。

温かくなった。


「……うん」


僕は。

うなずいた。


「……一緒に行こう。

……隣で」


志賀は。

照れくさそうに。

鼻を鳴らした。


「……ああ。

……隣でな」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。