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【本編完結】職業「勇者」って言われたのですが、一緒に転移した同級生いわく違うらしい ~正しい職業を知りたい今日この頃~  作者: 有馬 茶
第3部 ~裏切りの華~

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第58話「大陸の灯」

第58話「大陸の灯」



次の新月まで二十一日。


王城の作戦室の長い卓の上に、大陸全土の地図が、広げられていた。


北の砦。

その向こうの灰色の平原。

さらにその向こうの北の山脈。

そして、山脈のさらにさらに向こうの。

地図の北の端の何も描かれていない白い余白。


その余白の真ん中に。

ヴェルダさんが、黒い石を一つ置いた。


「魔王城、さ」


しわがれた声が、作戦室に響いた。


「三百年、誰一人、たどり着いた者はいない。

地図にも、描かれていない。

……ルーメリアの、ディートリヒの爺さんが送ってくれた、

古い記録に、わずかに書かれていただけさ。

『北の山脈を越えたその先。

永遠に夜の明けぬ谷の底に』とね」


「……永遠に夜の明けぬ谷」


エレオノーラさんが、低く繰り返した。


「そして、その城の真下に」


ヴェルダさんの皺だらけの指が、黒い石を叩いた。


「四つ目の神殿。

星の神殿が眠っている。

花菱の嬢ちゃんの証言どおりならね」


作戦室が静まり返った。


「次の新月に、魔王軍が北の砦から南下してくる」


ガルドさんが、地図の上の北の砦を、太い指で叩いた。


「その先頭に、黒き勇者。……志賀とかいう小僧だ」


ガルドさんは、僕をちらりと見た。


「ならば待つ必要はない。

こちらから、北へ打って出る。

魔王軍が南下を始める前に、北の砦を取り戻す。

……三年前に王太子殿下が、命を懸けて守ったあの砦をな」


「兵は」


国王が静かに問うた。


「王都の騎士団、二千。

東の諸侯から三千。

……昨夜、貴族院で諸侯が揃って、申し出てまいりました」


バルトロさんが、手元の帳面を開いた。


「夜会の夜に白峰様と大河内様に、

命を救われた者たちが、中心となって。

『今度こそ、王家と共に立つ』と」


国王の目が。

わずかに。

潤んだ。


「ですが」


バルトロさんの声が、わずかに硬くなった。


「五千では足りませぬ。

北の砦の向こうに集結している、魔王軍は、斥候の見立てでは二万。

王都大侵攻の倍でございます」


作戦室が。

再び。

静まり返った。


二万。


その数字が。

卓の上に。

重く。

冷たく。

沈んでいった。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆




その日の夕刻。


王城の西の塔のてっぺんの丸い研究室に。

ヴェルダさんと、宇佐美と古賀と僕が集まっていた。


「検証、してみたいんだ」


宇佐美が羊皮紙の束を抱えて言った。

インクで汚れた指。

ひびの入った眼鏡。

けれど、その目は真剣だった。


「灯を分かち合った者は、灯を持っていることになるのか。

……論理的に確かめる方法が、一つだけある」


宇佐美は、古賀を見た。


「古賀の鑑定だ。

白峰が誰かに灯を、分かち合っているその瞬間に。

分かち合われた側の職業札を鑑定する。

……もし、札に何かの変化があれば」


古賀が眼鏡を押し上げた。


「……やってみる価値は、あるね」


「誰に分かち合う」


僕が尋ねると、宇佐美は、少しだけためらった。

それから、言った。


「……俺に」


研究室が静まり返った。


「……俺は物知りだ。

戦えない。

灯を分かち合ってもらう理由が、一つもない」

宇佐美の声が、少しだけ震えた。

「……だから、検証にちょうどいい。

白峰と一緒に戦ったことも、灯を分けてもらったこともない、

俺の札に変化が出るなら。

……それは、本物の証拠だ」


僕は、宇佐美の前に立った。


包帯を巻いた、左手は使えなかった。

右手を。

宇佐美のインクで汚れた右手に。

重ねた。


「……宇佐美」

「……なんだ」

「……オルド村で、燃える館の書斎の扉の前で、僕が言ったこと。

覚えてる?」


宇佐美の眼鏡の奥の目が。

わずかに。

揺れた。


「……宇佐美の知識と、ベンさんの知恵が合わさったら。

きっとこの村は、今よりも、ずっと豊かになる」


「……ああ」


宇佐美は。

小さく。

うなずいた。


「……昨日、ベンさんの孫から手紙が届いた。

……北の斜面の排水溝。

ちゃんと機能してるって。

芋の苗が一本も、腐らずに根を張ったって」


宇佐美の声が。

震えた。


「……論理的に言って。……俺の人生で一番嬉しい手紙だった」


胸のポケットが。

灯った。


右手から。

金色の光が。

宇佐美の手へと。

流れていった。


宇佐美の体が。

びくりと震えた。


「……あ、たたかい」


宇佐美が掠れた声でつぶやいた。


「鑑定」


古賀の目が。

淡い光を帯びた。


宇佐美の腰の亀裂の入った職業札を。

じっと見つめた。


【職業:物知り】


その文字の下に。


古賀の唇が。

震えた。


「……出た」


古賀の声が。

掠れていた。


「……宇佐美の札に。

一行、増えてる。

……白峰氏が手を、離したら消えるかもしれない。

……でも、今は確かに」


古賀は。

眼鏡を外した。

目元を拭った。

もう一度、かけ直した。


「『灯:分かたれし者』」


研究室が。

静まり返った。


ヴェルダさんが。

杖を握りしめていた。

皺だらけの顔が。

くしゃりと歪んでいた。


宇佐美が。

自分の札を、見下ろしていた。


ひびの入った眼鏡のその奥で。

涙が。

溢れていた。


「……要、検証……だった」


宇佐美が掠れた声で言った。


「……検証、できた」


宇佐美は。

僕の手を。

強く。

握り返した。


「白峰。

……門は、開くかもしれない。

……灯を分かち合ったみんなで。

……三百年前の四人が、できなかったことを。

……今度こそ」




◆◆◆◆◆◆◆◆◆








次の新月まで十八日。


王城の正門の前に。

早馬が駆け込んできた。


南から。

リンドールの商人ギルドの赤い外套を纏った騎手。


その背に。

大きな革の袋。

中に一通の手紙。


『候補の勇者様

北へ向かわれると聞きました。

リンドール商人ギルドより、麦を荷馬車百台分。

それから、剣と槍と盾を千組。

すでに北の街道へと、送り出しております。

代金は、いただきません。

森で救われた命のこれが、使い道でございます。

――リンドール商人ギルド、マルガ』


『追伸。

薬師ギルドより、魔力中毒の解毒薬と、傷薬を三千本。

姫野殿が寝ずに、錬成してくださいました。

姫野殿より言伝です。

「柚木さんへ。

三十一本目からは、イルマさんに、一回で合格もらえたよ」と』


『追伸の、追伸。

ニコがシロガネにと。

干し肉を一袋。

「北は、寒いから、たくさん、食べてね」とのことでございます』


僕は。

その手紙を、澪さんに手渡した。


澪さんは。

二つ目の追伸を、何度も、何度も読み返していた。


その目から。

涙が。

ぽろりと。

こぼれた。


「……姫野さん」


澪さんは。

手紙を胸に抱きしめた。


シロガネが。

干し肉の袋の匂いを嗅いで。

尾を千切れんばかりに振っていた。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆




次の新月まで十五日。


南の港町セイレンから。

潮の匂いのする、手紙が届いた。


『候補の勇者へ

セイレンの船乗り総勢三百。

北の大河を遡って、兵と物資を運ぶ。

北の砦の近くまで、川が通じてる。

陸路よりずっと早い。

舵は、俺が握る。

潮じゃなくて、川の流れだけどな。

まあ、読めるさ。

――セイレン、潮読みの船頭、カイル』


『追伸。

網元の婆ちゃんより。

「花菱って娘が、この港から、ミレアへの船に、乗っていったよ。

港の連中みんなで、見送ってやった。

泣いてたけど、最後には笑ってたよ」

――オーダ』


僕は。

その追伸を、エレオノーラさんに見せた。


エレオノーラさんは。

しばらく黙って、その文字を見つめていた。


それから。

小さく。

微笑んだ。


「……よかった」




◆◆◆◆◆◆◆◆◆




次の新月まで十二日。


東のオルド村から。

土の匂いのする、拙い文字の手紙が届いた。


『こうほのゆうしゃさま

じいちゃんのかわりにかきます。

ベンのまごのトーマです。

むらのみんなで、いもとむぎを、にぐるま、二十だいおくります。

ことしは、いもがいっぱいとれました。

ものしりのせんせいの、はいすいこうのおかげです。

じいちゃんがいってました。

「つちは、うそをつかん。

ちゃんときいてやれば、ちゃんとこたえてくれる。

ゆうしゃさまにも、そうつたえてくれ」

――トーマ』


僕は。

その手紙を、宇佐美に渡した。


宇佐美は。

ひびの入った眼鏡を外して。

長い間。

その拙い文字を見つめていた。


「……物知りの先生、か」


宇佐美は、掠れた声でつぶやいた。


「……論理的に言って。……悪くない呼ばれ方だ」




◆◆◆◆◆◆◆◆◆




次の新月まで十日。


西の灰の荒野のルーメリアから。

古い、羊皮紙の匂いのする、手紙が届いた。


『灯の候補殿

ルーメリアの地下書庫のさらに奥。

三百年、誰も開けなかった小さな箱の中に。

北の山脈の古い地図がございました。

三百年前の四人の若者が最後の旅で、

使おうとしていた、道が記されております。

永遠に夜の明けぬ谷へと、続く道でございます。

写しを同封いたします。

――ルーメリア王立書庫、書庫番、ディートリヒ』


『追伸。

地下街のあの小さな娘が、申しておりました。

「こうほのゆうしゃさまに、むぎばたけを、みせてあげるやくそく。

わすれないでね」と』


僕は。

懐の中の小さな、白い石を握りしめた。


麦の穂の模様が刻まれた。

ルーメリアのお守り。


胸のポケットが。

温かかった。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆




手紙は。

それからも、届き続けた。


ハルン村から。

リゼさんの父、ヨハンさんと、弟のカイくんから。

『村の男たち、十人。北の砦まで、荷運びの手伝いに参ります』


ミルスの森の麓の村から。

『灰色ゴブリンから、村を救ってくださった、あの日の恩を。羊を五十頭』


灰色峡谷の石橋を落とした工兵たちから。

『北の大河に、船橋を架けます。

今度は、落とすためではなく、渡るために』


王都の城下から。

果物売りの女性とその息子から。

『勇者様へ。坊やが描いた絵です』

くしゃくしゃの羊皮紙に。

拙い子どもの絵。

剣を持った若い男と、銀色の狼とその周りを囲む、

たくさんのたくさんの人の顔。


『銀の竪琴亭』の白髪の老人から。

『名乗らんでも、わしらが呼ぶ。

……北でも、呼んでやるわい。

候補の勇者様、とな』


一通。

また一通。


手紙が届くたびに。


胸のポケットの職業札の炎の紋様が。

大きく。

大きく。

なっていった。


夜会の夜に、針の先ほどにまで、しぼんでいた種火が。


指先ほどに。

親指ほどに。

手のひらほどに。


そして。


――次の新月まで七日。


職業札の表面を。

金色の炎が。

端から端まで。

覆い尽くしていた。


「……これは」


ヴェルダさんが。

研究室で僕の札を水晶玉の前に置いて。

息を呑んだ。


「……王都大侵攻のときより、大きい。……いや、比べものにならないね」


ヴェルダさんの皺だらけの指が。

金色の炎の紋様を。

なぞった。


「……王都の十万だけじゃない。

リンドールのセイレンのオルド村の、

ルーメリアのハルン村のミルスの森の。

……あんたが半年の旅で、出会ったすべての人の灯だよ」


僕は。

金色に燃える、職業札を見下ろしていた。


そして。


【職業:勇者(候補)】


その「候補」の二文字が。


金色の炎の中で。


ほとんど。

見えなくなるほど。

淡く。

透き通っていた。


けれど。

まだ。

そこにあった。


「……まだ、足りないんだね」


ヴェルダさんが。

静かに言った。


「……大陸じゅうの灯を、集めても。まだ、足りない」


ヴェルダさんの目が。

地図の上の北の端の白い余白の黒い石を。

見つめていた。


「……たぶん。最後の一つが足りないのさ」


「……最後の一つ」


「三百年、一人で泣き続けてるあの男の灯がね」




◆◆◆◆◆◆◆◆◆








次の新月まで五日。


その夜。

治療院の一番奥の特別な部屋で。


剛が。

寝台の脇の椅子の上で。

うたた寝をしていた。


全身の包帯はほとんど、取れていた。

けれど、澪さんに北への出陣までは、安静と言い渡されていた。

それでも、毎晩、ここに来ていた。


寝台の上の堂島の大きな手を。

握ったまま。


窓の外で。

細い、細い月が。

新月に向かって。

最後の光を放っていた。


その月明かりの中で。


堂島の指が。

動いた。


ほんのわずかに。


剛の手を。

握り返した。


剛が。

目を覚ました。


「……ん……」


寝ぼけた目で。

自分の手を見下ろした。


堂島の大きな手が。

自分の手を。

握っていた。


剛の目が。

大きく。

見開かれた。


寝台の上を。

見上げた。


堂島の目が。

開いていた。


赤く濁っては。

いなかった。


ぼんやりと。

焦点の合わない。

けれど。

確かに。

堂島自身の。


黒い瞳。


その瞳が。

ゆっくりと。

天井から。

寝台の脇の剛へと。

移っていった。


「……お、お……こう……ち……」


掠れた声。


半年分の狂化の果てに。

ようやく絞り出された。


「……おお……こう……ち……」


剛の顔が。

くしゃくしゃに歪んだ。


「……おう」


剛は。

堂島の手を。

両手で。

握りしめた。


「……おう。大河内だ。……ここに、いるぞ」


堂島の黒い瞳から。

涙が。

こめかみを伝って。

枕の上に。

落ちていった。


「……か……え……って……」


堂島の唇が。

震えていた。


「……き……た……っす……か……」


「ああ」


剛は。

泣いていた。


声を上げずに。

大きな肩を震わせて。


「帰ってきたぞ。……お前は、ちゃんと帰ってきたぞ、堂島」


部屋の扉の外で。

僕と澪さんが。

その光景を見ていた。


澪さんが。

僕の袖を小さく握った。


「……狂戦士の戒律」


澪さんが掠れた声で言った。


「……『狂化には、帰るべき場所を持て』」


「……うん」


僕は。

うなずいた。


「……堂島の帰る場所は。剛だったんだ」


胸のポケットの職業札の金色の炎が。


また。

ほんの少しだけ。

大きくなった。

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