第5話「城を出た十人」
※今回は、 城を出た古賀悠の視点でお届けします。
つまりね、俺はずっと、こういう展開を待っていたわけ。
王都から馬車で半日。
交易都市ヴェルンは、王都よりも雑然としていて、
王都よりも、ずっと「それっぽい」街だった。
石と木を継ぎ接ぎにした建物。
革鎧に剣を下げて歩くいかつい男たち。
酒と汗と獣の匂い。
そして、街の中心に建つ、三階建ての大きな建物。
入り口に掲げられた看板には、剣と盾を交差させた紋章が描かれていた。
冒険者ギルド。
「……キタ」
志賀が看板を見上げて、小さくつぶやいた。
その横顔は、新しいゲームを買ってもらった子どもみたいに、
きらきらしていた。
たぶん、俺も同じ顔をしていたと思う。
異世界転移して、城を出て、冒険者ギルドに登録する。
お約束でしょ。
ここから俺たちの本当の物語が始まるんだ。
――このときは本気でそう思っていた。
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「はい、新規登録ですね。皆さん、最初はFランクからになります」
ギルドの受付に座っていたのは、ネリと名乗る、
そばかすの目立つ若い女性だった。
愛想よく笑いながら、手際よく十枚の登録用紙を並べていく。
「F? 俺たち、異界から召喚された勇者パーティーなんだけど」
志賀がカウンターに肘をついた。
「職業、魔剣士。上位職。飛び級とか、あんだろ?」
「申し訳ありません。
どのような職業の方でも、最初はFランクからと決まっておりまして」
ネリさんは笑顔を崩さなかった。
「ランクは、実績で上がっていきます。
皆さんほどの職業でしたら、すぐに上がられますよ」
「おいおい、聞いたかよ。異界の勇者サマだとよ」
背後で酒焼けした声が笑った。
振り返るとギルドの酒場の卓に、
筋骨隆々の大男が足を投げ出して座っていた。
腕にも顔にも、古傷が縦横に走っている。
「勇者ってのは、城でぬくぬくしてる坊ちゃんのことだろ?
こんな薄汚ねえとこに何しに来やがった」
大男の取り巻きらしい男たちが、げらげらと笑った。
来た。
来た来た来た。
俺は、思わず拳を握りしめていた。
新人冒険者に、ガラの悪い先輩冒険者が絡んでくる。
で主人公がそれを、一瞬で返り討ちにする。
お約束中の、お約束でしょ。
志賀も、同じことを考えていたらしい。
口の端がにいと吊り上がった。
「……へえ。試してみるか、おっさん」
結論から言うとお約束は、お約束どおりに進んだ。
ギルドの裏手にある訓練場で、
大男――Cランク冒険者のゴードンとかいう奴――は、
大振りの戦斧を振り回して、志賀に襲いかかった。
志賀はそれを半歩でかわした。
そして、青白い魔力を纏った剣で、戦斧の柄を、真っ二つに断ち切った。
返す刀の切っ先が、ゴードンの鼻先でぴたりと止まる。
一瞬の静寂。
それから、見物していた冒険者たちから、どっと歓声が上がった。
「マジかよ……! ゴードンを、一撃で……!」
「なんだあの剣は……!」
志賀は、剣を鞘に収めて、尻餅をついたゴードンを見下ろした。
「勇者サマじゃねえよ。俺は、本物のほうだ」
……正直に言う。
最高にかっこよかった。
認めたくはないけど志賀は強い。
本当に強い。
城で見た白峰氏の見習い騎士に木剣を弾き飛ばされた姿と比べたら、
誰が見たって、どっちが主人公かは明らかだった。
その夜、俺たちのことは、ヴェルンじゅうの噂になった。
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それから、半月が過ぎた。
志賀の言ったとおりいや、それ以上に俺たちは順調だった。
志賀と堂島が前に出て、魔物を薙ぎ払う。
宇佐美が賢者の魔法で後ろから援護する。
吉岡が弓で取りこぼしを仕留める。
俺の鑑定士のスキルで、魔物の弱点や、素材の価値を見抜く。
依頼は次々と片付き、ランクは、あっという間にDまで上がった。
けれど。
順調すぎるパーティーの中で、俺は、
少しずつ小さな違和感を覚え始めていた。
「三枝、これも持っとけ」
「え、あ、は、はい……」
討伐依頼の帰り道。
三枝さんは、自分の体よりも大きな荷物を背負わされて、
よろよろと最後尾を歩いていた。
魔物の素材。
野営の道具。
全員分の水と食料。
「結界師なんて、戦闘じゃ役に立たねえんだから。荷物持ちくらいしろよ」
志賀は、振り返りもせずにそう言った。
「ご、ごめんなさい……。が頑張ります……」
三枝さんの結界は、本当は、何度も俺たちを守っていた。
不意打ちの矢を弾いたのも、毒の霧を防いだのも、三枝さんの結界だった。
でも、誰もそれを口にしなかった。
俺も口にしなかった。
「志賀、さすがだよなあ。やっぱり、長いものには巻かれろってね」
吉岡は、いつの間にか、志賀の隣が定位置になっていた。
誰より先に志賀を褒め、誰より先に志賀の意見に賛成する。
吉岡はそうやって、一番安全な場所を確保していた。
「ウッス! 志賀さん、今日の狂化、見てくれました!?」
堂島は、戦闘のたびに、狂戦士のスキル【狂化】を使うようになっていた。
狂化を使えば力は倍になる。
その代わり理性が少しずつ削れていく。
三日前の戦闘では、狂化が解けるのが遅れて、
吉岡の腕を、剣の腹で殴り飛ばした。
吉岡は笑って許したけれど、その腕には、今でも青黒い痣が残っている。
「まあまあ、気にすんなって堂島」
「ウッス。すんません」
堂島は本当に、何も気にしていないようだった。
そして。
「……おい、いい加減、言うこと聞けよ!」
宿の裏手の厩舎から、小田切の怒鳴り声が聞こえてきた。
覗くと小田切があの魔狼に向かって、鞭を振り上げていた。
魔狼は一度も、小田切に懐かなかった。
テイマーのスキル【使役】は、
相手の魔物が心を許さないと、効果を発揮しない。
小田切は、何度もスキルを使った。
餌で釣ろうとした。
怒鳴りつけた。
叩いた。
けれど、魔狼は、そのたびに牙を剥き、低く唸るだけだった。
「なんでだよ……!
テイマーの最初の相棒は、最強の魔物って決まってんだろ!
テンプレ通りなら、もうとっくに懐いてるはずっしょ!」
鞭が空を切る音。
魔狼の押し殺した呻き声。
俺は思わず目をそらした。
「……小田切。さすがにそれは」
「うるせえよ、古賀。
お前解説役だろ。
テイマーものの主人公って、こういうとき、どうしてたっけ?」
「え……いや、普通は、時間をかけて信頼関係を……」
「時間かけてらんねえっしょ!
志賀たちは、どんどん強くなってんのに、
オレだけ使える魔物がゼロなんだぞ!」
小田切は、鞭を地面に叩きつけた。
それから、何かを思いついたように、にやりと笑った。
「……なあ、古賀。確か、あったよな。そういうアイテム」
「アイテム?」
「隷属の首輪。無理やり言うこと聞かせるやつ」
俺は、何も答えられなかった。
確かにある。
そういう作品も、そういうアイテムも、いくらでも知っている。
でも、それを使う側はたいてい――。
「お約束っしょ? ほら、闇市とか行けば売ってるやつ」
小田切は、そう言って、厩舎を出ていった。
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ほかの連中も、それぞれ、自分のテンプレを追いかけていた。
「……ありえない」
ヴェルンの商業区にある、王立特許院の出張所。
その前の石段に、宇佐美が座り込んでいた。
手には、びっしりと文字が書き込まれた羊皮紙の束。
「活版印刷。
複式簿記。
輪作農法。
上下水道。
手押しポンプ。
……全部、登録済みだってさ。
三百年前の勇者がな」
「全部?」
「全部だよ。
論理的に言っておかしいだろ。
三百年前の勇者は何者だったんだよ」
宇佐美は、羊皮紙の束を握りつぶした。
それから、ゆっくりと立ち上がった。
眼鏡の奥の目が妙にぎらついていた。
「……だったら、発明じゃなくて運用だ。
知識を持ってるだけじゃ駄目なら、知識を使う立場に立てばいい。
領地経営だよ。
どこかの貴族に取り入って、代官の座を手に入れる。
それなら、誰にも先は越されない」
姫野さんは、ヴェルンの錬金術師の工房に通い始めていた。
「ポーション作りマジでめんどい。
薬草をすり潰して、煮詰めて魔力を込めて、
で最後に『浄化』っていう工程があんの。
これが丸一日かかるわけ。
ウケない?」
「浄化って何のための工程なの?」
「さあ?
魔力の毒抜き、とか言ってたけど。
別に、飲んでもすぐ死ぬわけじゃないっぽいし」
姫野さんは、硝子の小瓶を指先でくるくると回した。
「これ省いたら、三倍は作れるんだよね。
効き目も、むしろ強くなるらしいし」
花菱さんは、ギルドの酒場で、若い男と話し込んでいることが多くなった。
上等な仕立ての服を着た金髪の青年。
「ルーカス様、ドルマン侯爵家の次男なんだってー。
莉愛、お屋敷の夜会に招待されちゃったかなー?」
花菱さんが頬を染めて言う。
ルーカスとかいう青年の目は、どこか、とろんとしていた。
魅了術師のスキル【魅了】。
花菱さんはそれを少しずつ、少しずつ使っているようだった。
そして、桐生。
ある夜、宿の裏路地で俺は、桐生が誰かと話しているのを見かけた。
相手は、黒い外套のフードを目深にかぶった男だった。
その手首に黒い蛇の刺青がちらりと見えた。
「……あんたの職業、暗殺者なんだってな。
いい腕を腐らせるのはもったいない」
男は、何か小さなものを桐生の手に握らせた。
「その気になったら、その硬貨を持って、港の三番倉庫に来な。
影で生きる者には、影の居場所ってもんがある」
男は、闇に溶けるように去っていった。
桐生はしばらく、手のひらの中の硬貨を見つめていた。
黒い蛇が刻まれた銀貨だった。
「……影から全部を操る」
桐生は、小さくつぶやいて、銀貨をポケットにしまった。
俺は物陰で息を殺していた。
声をかけるべきだったのかもしれない。
でも、かけられなかった。
だってこれはお約束だから。
主人公の仲間が、闇の組織に勧誘される。
それは、物語が盛り上がるためのただのイベントのはずだから。
……そう、自分に言い聞かせた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
三日後の夜。
宿の裏の厩舎で魔狼が啼いていた。
遠吠えではない。
喉の奥から絞り出すようなか細く、
途切れ途切れの悲鳴のような声だった。
魔狼の首には、黒い革の首輪が巻かれていた。
首輪には、赤黒い紋様が刻まれている。
その紋様が明滅するたびに、魔狼の体がびくりと痙攣した。
「よーし、お座り。……お座りっつってんだろ」
小田切が指を鳴らす。
首輪の紋様がひときわ赤く光った。
魔狼は、震える脚を折り曲げて、その場に伏せた。
金色の瞳から光が消えていた。
「ほら見ろよ、古賀! 完璧っしょ!」
小田切は、満面の笑みで振り返った。
「闇市のザイルっておっさんから買ったんだ。
隷属の首輪。
ちょっと高かったけど、支度金の残り、全部突っ込んだ価値はあったっしょ。
これでオレも、テイマーとして本番スタートだ」
「……それ、違法なんじゃ」
「バレなきゃいいんだよ。
それにこれ、テイマーもののテンプレじゃん。
最初は首輪で縛って、そのうち、本当に懐くってやつ」
小田切は、魔狼の頭を乱暴に叩いた。
魔狼は、ぴくりとも動かなかった。
「マジでテンプレ通りっしょ。
名前何にしよっかな。
ポチでいっか。
ウケる」
小田切が宿に戻っていった後も、俺は、
しばらく厩舎の前に立ち尽くしていた。
魔狼は伏せたまま動かない。
首輪の紋様が鈍く赤く脈打っている。
その後ろ脚には、まだ、古びた布が巻かれていた。
城を出るとき、すでに巻かれていた布だ。
小田切は一度も、それを替えようとはしなかった。
ふと思い出した。
城にいた頃。
夜中に喉が渇いて、部屋を抜け出したことがある。
中庭を通りかかったとき、厩舎の脇の檻の前に、
誰かが座っているのが見えた。
白峰氏だった。
月明かりの下で、檻から三歩離れた石畳に、膝を抱えて座っていた。
檻の中の魔狼は、牙を剥いて、唸り続けていた。
それでも、白峰氏は何かをずっと話しかけていた。
声は小さくて、何を言っているのかは聞き取れなかった。
あのときは笑った。
何やってんだあの委員長、って。
魔物相手に、人生相談でもしてんのか、って。
でも。
「……白峰氏なら」
気がつくと声に出していた。
「白峰氏なら、今、どうしたんだろうな」
答える者は誰もいない。
魔狼がほんのわずかに首をもたげた。
光の消えた金色の瞳が俺を見た。
いや、俺の向こうのどこか遠くを見ているようだった。
王都の方角を。
俺は、たまらなくなって、厩舎を後にした。
宿の自室に戻り寝台に倒れ込む。
天井の木目を見上げながら、頭の中で何度も繰り返した。
大丈夫。
これはお約束だ。
物語は、テンプレ通りに進んでいる。
志賀は強い。
俺たちは順調だ。
本物の主人公は志賀で。
白峰氏は、噛ませのエセ勇者で。
……そのはずなんだ。
窓の外で魔狼がまたか細く啼いた。
第5話までお読みいただき、 ありがとうございます。
今回は、 城を出た十人の「その後」を、 古賀の視点でお届けしました。
裏話を一つ。
実は当初、 この回は志賀の視点で書く予定でした。
しかし志賀は、 自分の物語を一ミリも疑っていない、と思いまして……
だから、 志賀の目で見ると、 この半月は、 ただの「順調な成り上がり」になりました。
一方で古賀は、 誰よりもテンプレに詳しい。
だからこそ、 テンプレと現実の「ズレ」に、 誰よりも早く気づいてしまう冷静さがあるかな、と思いまして視点主をそっちにしてみましたが……
それで良かったのか悩んだままの私です。
損な本作ですが、引き続き長い目で見守っていただけたら嬉しいです。




