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【最終章突入】職業「勇者」って言われたのですが、一緒に転移した同級生いわく違うらしい ~正しい職業を知りたい今日この頃~  作者: 有馬 茶
第1部 ~新たな出会いと別れ~

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第4話「王女の剣と、 灯らない火」

「ほれ、これがあんたたちの職業札だよ」


宮廷魔術師長ヴェルダさんの研究室は、王城の西の塔のてっぺんにあった。

螺旋階段を百段以上のぼった先の丸い部屋。

壁という壁が本棚で埋め尽くされ、天井からは乾いた薬草の束や、

正体の分からない骨の飾りが、いくつもぶら下がっていた。


ヴェルダさんが机の上に並べたのは、

手のひらほどの大きさの薄い金属の札だった。

銀色の表面に、細かな紋様が刻まれている。

「鑑定板の写しみたいなもんさ。

持ち主の職業と、使える技――あたしらはスキルと呼んでるがね、

それが刻まれる。

鍛えればスキルが増えるし、戒律に背けば、文字が曇っていく。

自分の今を知るための鏡だと思えばいい」


城に残った五人が、一枚ずつ札を受け取った。

指先が触れた瞬間、札の表面に、じわりと文字が浮かび上がる。


「おお、出た出た」

剛が札を目の高さに掲げた。

「重騎士。スキル、【不動】。……動かないってことか?」

「踏ん張りが利くってことさ。重騎士の基本だよ」

「なるほどな。難しいことは分からんが、ラグビーのスクラムと同じだな」


「……薬師。【薬草知識】と【調合】」

澪さんは、札をじっと見つめていた。

「料理人。

【味覚】と【火加減】ですって。

ふふ、なんだか家庭科の成績表みたいね」

美咲さんが楽しそうに笑う。

「吟遊詩人。【旋律】。いいね、それ。歌になる」

奏さんは、札を胸に抱いて、くるりと一回転した。


最後に僕の札。


【職業:勇者(候補)】

【スキル:誓約の灯 ーちかいのともしびー】


その文字の隣に、小さな炎の紋様が刻まれていた。

けれど、炎の紋様は灰色のままだった。

他の皆の札の紋様が、淡く光を帯びているのに、

僕の札の炎だけが、冷えた灰のように、色を失っている。


「ヴェルダさん。この誓約の灯というのは」

「……さあねぇ」

ヴェルダさんは、皺だらけの指で、僕の札の炎をなぞった。

「三百年前の勇者のスキルは、【聖剣術】と【勇者の加護】だった。

その前の勇者もそうさ。

誓約の灯なんてスキルは、どの記録にもありゃしない」

「火が灯っていないですよね」

「ああ。灯っていない」

ヴェルダさんは、しばらく黙って炎の紋様を見つめていた。

それから、ふっと息を吐いて、札を僕の手に戻した。

「灯っていないってことは、いつか灯るってことさ。……たぶんね」

「たぶん、ですか」

「あたしにも分からないことは、分からないって言うよ。

年寄りの知ったかぶりほど、たちの悪いもんはないからねぇ」


僕は灰色の炎を、しばらく見つめていた。

何が火を灯すのか。

誰との誓いなのか。

何一つ分からなかった。


「……まあ、いいか」

僕は、札を胸のポケットにしまった。

「分からないことが一つ増えただけです。

探すものが一つ増えたと思えば」

ヴェルダさんが、ふぇっふぇっと喉の奥で笑った。

「あんた、本当に変な坊やだねぇ」




◆◆◆◆◆◆◆◆◆




城に残った五人は、それぞれの居場所を見つけ始めていた。


澪さんは、王城の東にある治療院に通うことになった。

国境から運ばれてくる負傷兵が、毎日のように運び込まれる場所だ。

治療院を取り仕切っているのは、マルタさんという、

背筋のしゃんと伸びた初老の修道女だった。

「薬師様が来てくださるなんて、ありがたいことです。

けれど、ここでは肩書きは関係ありません。

包帯を巻くところから、覚えていただきますよ」

「……はい。お願いします」

澪さんは、その日のうちに、百本の包帯を巻いた。


美咲さんは、王城の厨房に入り浸るようになった。

料理長のボルグさんは、熊のような大男で、

最初は「異界の娘っこに、鍋は触らせん」と腕を組んでいた。

けれど、美咲さんが、

余った野菜くずだけで作ったスープを一口すすった途端、黙り込んだ。

「……明日から朝の仕込みに来い」

それがボルグさんなりの最大の褒め言葉らしかった。


奏さんは、夕方になると、城下の酒場に出かけていく。

城の楽師から借りた小さな竪琴を抱えて。

「この国の歌を覚えたいの。

歌を覚えれば、この国の人の心が分かる気がするから。

いいね、それ。

歌になる」

自分で言って、自分で納得していた。


剛は、騎士団の守備隊に加わった。

重騎士の【不動】は盾役として、

すでに騎士たちから一目置かれ始めていた。

「陽翔、聞いてくれ。

今日、俺、隊長に『壁』って呼ばれた。

褒め言葉らしい」

「すごいね、剛」

「難しいことは分からんが壁は得意だ」


そして、僕は。


「――遅い」


木剣の切っ先が僕の喉元で、ぴたりと止まっていた。

今日、もう何度目かも分からない。

「構えが崩れています。

打ち込むたびに、右肩が上がる癖がある。

それでは、次の一撃が読まれます」

エレオノーラさんは、木剣を引き、一歩下がった。

息一つ乱れていない。

「もう一度」

「……はい」


訓練場の片隅。

朝の冷たい空気の中で、僕とエレオノーラさんの稽古は、

毎朝、夜明けと同時に始まった。


見習い騎士程度、と彼女は言った。

とんでもない。

エレオノーラさんの剣は、速く正確でそして、一切の無駄がなかった。

僕の木剣は、一度として、彼女の体に触れることすらできなかった。


「はあっ……!」

打ち込む。

弾かれる。

打ち込む。

いなされる。

足を払われ、石畳に転がる。

見上げた空は、まだ朝焼けの色をしていた。


「……立てますか」

「はい……立ちます」

膝に手をついて体を起こす。

腕も脚も鉛のように重かった。

それでも、木剣を握り直す。

親指はここ。

小指で締める。

ガルドさんに教わったとおりに。


エレオノーラさんは、そんな僕を黙って見ていた。

「……一つお聞きしても」

「はい」

「なぜ、勇者の力を使わないのです。

誓約の灯、というスキルがあると聞きました」

「使い方が分からないんです。札の火も、灯っていなくて」

僕は、胸のポケットから職業札を取り出して、彼女に見せた。

灰色の炎の紋様。

エレオノーラさんは、それを見て、わずかに眉をひそめた。

「……灯っていない」

「はい。だから今の僕は、剣を握ったばかりのただの素人です」

僕は札をしまって、木剣を構え直した。

「だったら、素人なりに、できることをやるしかないので」


エレオノーラさんは、しばらく何も言わなかった。

それから、小さく息を吐いて木剣を構えた。

「……右肩」

「え?」

「右肩が上がる癖。

打ち込む直前に一度、息を吐きなさい。

肩の力が抜けます」

「……はい!」


その日、僕は、やっぱり一度も彼女に触れられなかった。

けれど、最後の一本だけ。

ほんの一瞬だけ、エレオノーラさんが半歩、下がった。


「……今日は、ここまでにしましょう」

エレオノーラさんは、そう言って、木剣を下ろした。

朝日が訓練場の石畳を、金色に染め始めていた。


「エレオノーラさんは、どうして剣を習ったんですか」

汗を拭きながら、僕は何気なく尋ねた。

王女様がこれほどの剣を身につけるには、

きっと並大抵ではない理由があったはずだ。


エレオノーラさんの手が、一瞬だけ止まった。


「……それは、勇者様には関係のないことです」

静かな声だった。

けれど、そこには、それ以上踏み込むことを許さない硬い壁があった。

「明日も夜明けに」

それだけ言って、エレオノーラさんは、訓練場を去っていった。


僕はその背中を見送りながら、

余計なことを聞いてしまったかな、と少しだけ反省した。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「ハルト様!」


訓練場を出たところで、弾むような声に呼び止められた。

振り返ると、メイド服姿のリゼさんが、盆を抱えて駆けてくるところだった。

盆の上には、水差しと畳まれた白い布が載っている。


「リゼさん。おはよう」

「おはようございます!

 あのお稽古、お疲れ様でございました。

よろしければこちらを」

差し出された布は、ほんのりと温かかった。

湯で絞ってくれたのだろう。

「ありがとう。わざわざ、毎朝」

「とんでもございません! わたしが、勝手にしていることですから」


あの日以来、リゼさんは毎朝こうして、

訓練場の出口で待っていてくれるようになった。

最初は「勇者様」と呼ばれていたけれど、

何度もお願いして、ようやく「ハルト様」に落ち着いた。

本当は、様もいらないのだけれど。


「指の傷はもう大丈夫?」

「はい! 治療院の柚木様が、お薬をくださって。跡も残らないって」

リゼさんは、嬉しそうに、もう傷のない指を見せてくれた。

「それに……ハルト様のハンカチ、洗って、アイロンをかけて、

お返ししようと思っていたのですけれど……」

「うん」

「……そのもう少しだけ、お借りしていても、よろしいでしょうか」

リゼさんは、頬を赤らめてうつむいた。

「お守りみたいなものなんです」

「もちろん。よかったら、そのまま使って」

「ありがとうございます!」


リゼさんと話していると、回廊の向こうから、二人のメイドが歩いてきた。

すれ違いざま、二人は僕に向かって、小さく会釈をした。

「おはようございます、勇者様」

「あ、おはようございます」

僕が頭を下げると、二人は顔を見合わせて、くすりと笑い合った。

嘲るような笑いではなかった。

どこか、温かい笑いだった。


「……最近、城の人に、よく挨拶をされる気がするんだけど」

「それは……」

リゼさんは、少しだけ得意げに胸を張った。

「わたしが言いふらしているからです」

「え」

「割れたカップを、一緒に拾ってくださった勇者様がいるって。

メイド仲間に全員に」

リゼさんはにっこりと笑った。

「みんな、最初は信じてくれませんでした。

でも、毎朝ハルト様が、誰よりも早く訓練場にいらっしゃって、

誰よりも遅くまで素振りをしていらっしゃるのを見て。

今ではみんな信じています」


僕は、なんと返していいか分からず、ただ、頭をかいた。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆




夕方。

日課の素振り千回を終えた僕は、いつものように、

訓練場の隅で防具の手入れをしていた。


「勇者様、その留め金は、外してから磨いたほうが早いです」

隣でそばかすの少年が、控えめに教えてくれた。

トマスくん。

騎士見習いの中で一番年下の十四歳。

初めて防具磨きを手伝った日に、布切れを貸してくれた子だ。

「本当だ。ありがとう、トマスくん」

「い、いえ……」


トマスくんは、しばらく黙って、革の籠手に油を塗っていた。

それから、ぽつりと言った。

「……勇者様は、どうして、こんなことをなさるんですか」

「こんなこと?」

「防具磨きなんて、見習いの仕事です。

勇者様がなさることじゃありません。

それに毎日、王女殿下にあんなに打ち負かされて……。

ほかの異界の方たちは、みんな、城を出ていかれたのに」


僕は、磨いていた胸当てを膝の上に置いた。

「トマスくんは、どうして騎士になろうと思ったの?」

「え……」

トマスくんは、少し驚いたように目を瞬かせた。

それから、籠手を握りしめた。

「……ぼくの村、北のほうにあったんです。

三年前魔物に襲われて。

父さんと母さんはそのとき」

「……そうか」

「騎士様たちが、助けに来てくれました。

ぼくと妹だけ助かりました。

だから、ぼくも、誰かを助けられる騎士になりたいんです」

トマスくんは、そう言って、照れくさそうにうつむいた。

「……すみません。勇者様にこんな話」

「ううん。話してくれてありがとう」


僕は、胸当ての留め金を、一つずつ丁寧に磨いた。

「僕も同じだよ」

「え?」

「誰かを助けられるようになりたい。

でも、今の僕は剣もろくに振れない。

勇者の力も使い方が分からない。

だったら、せめて、誰かを助けようとしている人たちの、

手伝いくらいはしたいなって」

磨き終えた胸当てを夕日にかざす。

鈍く光る鉄の表面に、オレンジ色の光が映っていた。

「この胸当ては明日、誰かが着るんだよね。

その人が誰かを守るために。

そう思うと、ちゃんと磨かなきゃって思うんだ」


トマスくんは、しばらくぽかんと僕を見ていた。

それから、くしゃりと顔を歪めて笑った。

「……勇者様って変な人ですね」

「最近、よく言われる」

「でも」

トマスくんは、磨きかけの籠手を、大切そうに膝の上に置いた。

「ぼく勇者様みたいな人が、勇者様でよかったです」


そのときだった。


胸のポケットの中で、何かがほんのりと温かくなった。


「……?」

職業札を取り出す。

灰色だった炎の紋様のその芯のところに。

針の先ほどの小さな、小さな光が灯っていた。


橙色の頼りない光。

吹けば消えてしまいそうな種火のような光。


「勇者様? どうかされましたか?」

「……ううん。なんでもない」

僕は札を握りしめた。

手のひらの中で、その小さな光は、確かに温かかった。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆








その夜。

西の塔のてっぺんで、ヴェルダは、一冊の古文書を広げていた。


擦り切れた羊皮紙。

滲んだ文字。

三百年前、最後に召喚された勇者に仕えた、名もなき従者の手記だという。

長い間、誰にも顧みられることなく、書庫の奥で埃をかぶっていたものだ。


「……誓約の灯」

ヴェルダは、指先で一行の文字をなぞった。

そこに書かれていたのは、「誓約の灯」という言葉ではない。

けれど、よく似た言葉があった。


――勇者を選ぶは天にあらず。

――灯を分かつ者たちのその手にあり。


「灯を分かつ者たち、ねぇ……」

窓の外を見下ろすと、訓練場の隅に、まだ小さな人影が一つ残っていた。

月明かりの下で黙々と木剣を振っている。

その傍らには、そばかすの見習い騎士が、膝を抱えて座っていた。

帰れと言われても、帰らなかったのだろう。


「……今日、何かあったね、あの坊や」

ヴェルダは古文書を閉じた。

皺だらけの顔に、ほんのわずか、楽しげな笑みが浮かんでいた。

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